針金よりはマシでしょうからね

 私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。
 今日は生憎の雨、湿気が多分な日となっている。今の私の気分に丁度良い。何かって?別に目標に逢引をキャンセルされた所為で意図しない休みになったとか?そんなんではない。断じて違うのだ。…………はいそうですごめんなさい。

 急だった所為で午前中が空いてしまった。あの五月蠅いのが来るのも午後の話である。かといって出掛けて時間を潰す気もこの天気では起きず、家で何もせず過ごすのも偶には良いだろうと、卓袱台に腕を伸ばして突っ伏すナマケモノと化した。静かな雨音が心地いい。サーっという音と共に、ぴちょん、ぴちょん、ガチャガチャッ、ぴちょんと―――。

 玄関を振り向くと、がちゃっと云う音がして戸が開いた。

「あれ?名前もサボり?」

 『も』って何だ『も』って。



「鍵変えても意味ないじゃないですか……」
「そりゃあ、私は万能の鍵で開けてるだけだから」
「針金は泥棒の始まり……」
「何方かと云うと、泥棒は名前でしょ?」
「は?」
「お嬢さん……貴女は大変な物を盗んでいきました……それは私の心」
「其れは大変失礼しました。熨斗を付けてお返しいたします」
「丁寧に梱包して贈ったのに……」

 矢張り雨の中は億劫なので、二人でダラダラと過ごしている。如何やらまた私の布団に勝手に包まりに来たらしいこの男、ついでにこの間私の部屋の合鍵を勝手に作ろうとしていたので丁重に窘めておいた。


『せめて私が居る時に来てもらえませんか』
『君が家に居る時は家に来てほしいって?いや〜積極的だなあ名前は』
『そう云う意味ではない』
『その時の為に合鍵頂戴』
『どの時の為に?…………針金の方がマシです……』
『地味にショック』
『だってそんな……………………恋人同士みたいな……』
『は……?』
『は?』
『私達は夫婦でしょ!?』
『何処でキレてるのか意味不明ですと云うか私達は夫婦ではない!!』
『だったら名前に私の家の愛鍵をあげれば何時か君もくれるよね!』
『待ちなさい今云い方が妙でした。字が変な気がした』

 とても意味不明な理論で後日渡された鍵は今も財布の中だ。以前何度か訪れた彼の家―――後から聞いた話では『家の一つ』らしいが―――その鍵らしい。もう細かい事は気にせず金運のお守り程度の認識で持ち歩いている。儲かりそうだから。何せマフィア幹部の私物。


 そんなこんなで我が家への不法侵入は許可していない筈なのだが、御覧の通りである。この男は此処をセーフハウスの一つと勘違いしてはいまいか。いや、確かにこんな襤褸アパートに幹部が居ると思って来る者も居ないだろうが。


 そんな事をぼんやり思っていると、「名前ー名前ー」と黒い犬のような塊から声がする。犬なら私も笑顔で答えただろう。

「何ですか」
「暇」
「良い暇潰しが有りますが」
「え?何?」
「睡眠」
「暇ぁあああ」

 この野郎。

「…………謎解(クイズ)でもしない?」
「では問題です。私が今思っている事を中てなさい」
「『面倒だから厭だ』」
「正解です」
「やったーご褒美に続行続行!」
「…………まあ、良いですよ」

 私だって暇だ。正直一日くらい何も考えずに過ごしたいものだが、そんなに思考能力を問われるものでもあるまい。

「問題!私の好きな物は何でしょう!」
 何だ、聞いた事が有る物だ。何も考えずに応えた。
「蟹、味の素、酒……自殺」
「…………」
「…………?」
「名前が私の好きな物憶えてくれてる……!」
「ええ……」

 口に両手を中てて目をキラキラさせる太宰に戸惑いしか浮かばない。記憶力の問題ではないか。別に好意とか関係無い……ない…………無いったら無い。と少しの間思考が散乱していた私は、近付く影に気付かなかった。

 ふと頬に温かい物が触れる。

「…………何をしたのか訊いても」
「ほっぺにちゅー」

 無言で振るった拳は軽々と避けられた。大丈夫だ、多分そのガーゼに阻まれて多少はダメージが軽減する筈だ、だから殴らせろ。

「正解したご褒美」

 えへへ、と笑う彼に厭な予感がする。これは次に私が出題した時、正解時の『ご褒美』を強請ってくる流れだ。何故こう云う事を勘付かねばならないのか。予測は可能でも回避は不可能だと云うのに。

「じゃあ次名前ね!正解したら何か頂戴」

 ほら来た。却説……。
 と思った時、私の脳裏に良い案が浮かんだ。

「…………では問題です。私が何かを思い浮かべるので、貴方は私に質問してください。私は貴方の質問に『はい』か『いいえ』で答えます。それらをもとに其れが何か当てて下さい」
「ふむ」
「景品は、

 ―――――合鍵です」


「其れは白い」
「いいえ」
「黒?」
「はい」
「黒一色?」
「はい」

 怒涛の質問攻めの真っ最中である。あの後がばりと起き上がり姿勢を正し、眠そうだった目をぱっちり開けた太宰による二分探索が始まった。何だこれ。

「ううーーーーーん…………黒くて一部細くてでも細くないところもあって名前と比べたら大きめで形は不均等で厚さは一部を除き薄くて生き物ではなくて燃やせるもので柔らかくて食べ物ではなくて作られた日時を名前は知らなくて名前の私物ではなくてこの家には有る時と無い時が在って……」

 であって、ではなくて、が飛び交う。覚醒したものの見た目よりは頭が働いてないのか、案外何時もの太宰より鈍い気がする。
 というかそろそろ時間切れではなかろうか。

「あと少し〜〜んーーー」
「はいはいどうぞ」
「んー、名前は其れが好き?」
「…………」

 おっと、これは返答に困る質問が来た。
 迷ったが―――『いいえ』は当てはまらないだろう。でも絶対に『はい』ではない。

「………………迷ったので判ったのだけれど」
「えっ」
「然も今視線が其方を見て……あ、仕舞った知らない振りで答えを聞くべき場面だった」
「い、いやそう云うの良いですから答えをどうぞ!」

 自分の失敗に一寸呆然としたような太宰を慌てて急かす。然し珍しく戸惑った様子の太宰は中々応えない。
 やがて観念したのか、はあ、と溜め息ともつかない息を吐いて、自分の脇に無造作に置かれていた黒い外套を持ち上げた。

「これ?」
「正解」
 ぱち、ぱち、と明らかにやる気の見えない拍手を一応贈る。
「…………一応訊くけど、何故?」
「そりゃあ目に這入ったので」
「だよねえー知ってた」

 ぶー、と唇を尖らせて太宰が云う。何故そんなに不満そうなのかと問うと不貞腐れた声で返事が返ってきた。

「だって。合鍵賭けるって云うから……でも適当な問題出したって事は」
「うわあ、ご明察ですね」

 してやったり。
 そうなのだ、私は『此処の合鍵』なんて一言も云ってない。

「これも『合鍵』ですよね」

 取り出したのは―――太宰の家の鍵だ。
 今の私は素晴らしい程の笑顔を浮かべているだろう。対して太宰の渋い顔と云ったら。

「お返ししますよ、幹部?」
「あ〜あ、こうなる気がしたんだよねえ〜乗った私も悪いけどさ〜」
「流石幹部は先見の明がある」

 珍しく一本取ったのでいい気分だ。
 太宰はぶつぶつ文句を云いながら、それでも渋々鍵を受け取る。

「久々に詐欺師としての威厳を見せつけた気分です」
「…………乗ってあげただけだもん」

 ふいと顔を逸らして彼が云う。拗ねた。これは面倒臭い奴だ。
 私の『良い案』はまだ終わってないのだが。何だか浮かぶはずがない罪悪感が湧き上がってきて、この先を云うのを躊躇わせる。

 というか何時もはこう云うのは向こうから云ってくる筈なのに。何故今日はこうも不調なのだ此奴は。雨の所為かそうか。

「あの、太宰治」
「なあに」
「…………あの、問題出してください。其れとも私が連続して出しましょうか?」
「…………あ」
「良いんですか?ご褒美の内容、出題者が決めていいんですよね?」

 漸く判った様で、太宰が目を見開いて此方を向く。

「じゃあ問題です。今の天気は?」
「…………晴れ」
「いや本気ですか貴方」
「私にとっては晴れ」
「うわあ如何しよう不正解にしたい」
「……名前」
「ああもう!正解です!はい、どうぞ!」

 はあ、と盛大に溜め息を吐いてやり。伸びてきた手に、小さな銀色を手渡した。



 その後の遣り取りは割愛するが、金運のお守りなら今も私の財布に這入っている。
 何故かって?
 そりゃまあだって、『理不尽なご褒美』だから、仕方ない。

(2017.08.05)
リクエスト企画2016.12 七海様リクエスト「結婚詐欺師が太宰さんを振り回す話」
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