文ストプラスA

首領になった太宰さんと首領に厳しい秘書の女の子。

「首領、時間です」「ええ、未だ一時間前だよ?」「今から仕度しないと間に合いません」無表情で淡々と返す。首領付きの秘書は厳しい事で有名だ。時間は厳守。彼女が役に就いてからと云うもの、太宰が会議に遅刻したことはなく、何時も時刻ピッタリに姿を現す。
「あのさ、一寸行きたい処が有るのだけれど」「何処でしょうか?寄り道をしていては……」「お願い、直ぐだから。君が居れば大丈夫でしょ?」「……判りました」
寄ったのは、海の見える丘の上に眠る友人の元。「忙しくて中々墓参りも出来なかったからね。これ、一輪だけだけど」
小さな花を供え、まるで相手が生きているかのように話しかける。秘書はそれを黙って見守り、やがて「首領、そろそろ……」と声を掛けた。時間にして一分と少々。然し太宰は頷き、「また来るよ」と墓地を後にした。
会議室に着くと、幹部達に睨まれる。「遅ぇぞ太宰。手前が居ねえとなんねえ件がどれだけ山積みになってると思ってんだ?」「はあ?数十秒くらい遅刻じゃ無くない?」「数十分の遅刻だ!莫迦が!」「え?」その云い争いを秘書が「申し訳ありません」と止めた。「私の時計が狂っておりました。私の責任です」
滅多に無い秘書のミスに幹部達は驚いたが、軽い注意だけをしてその話題は終わった。「まあ、手前が来てから失敗らしい失敗も聞かねえが、偶にはミスも有んだろ」「済みません」「……」

会議後―――「有難う」「何でしょうか」「ううん。ただ、良い部下を持ったなって」
ツイート:2017.05.28


『壊れたのは何時だったのだろう』
※不倫

 籠に菓子と飲み物を入れる。財布の中身は確認していないが足りる筈だ。一緒に購い物に来ている男には支払いは期待できないので考えない。
「ねえ、これもこれもー」
 其れ処か籠に自分の欲しい物を放り込んでくる。
「太宰君」
 新たに追加された小さな箱を見て、私より高い目線を睨み付けた。
「なあに?君だって困るでしょ?避妊しないと」
 そう云って昔馴染みの、友人より深い関係になってしまった男は笑う。
「旦那さんにばれてしまうよ?」

 何時からこんな関係になったのか。初めは訪ねてきた彼と『久しぶり』なんて一緒にお茶して。『あの人が最近冷たいの』なんて夫の愚痴を云ったりして。『なら、私と、』嗚呼、何と云われたんだっけ。熱い、あつくて全部忘れそうで、
「……っ」
「何考えてるの」
「……」
「非道いな。私の腕の中で他の事を考えないでよ」

「おめでとうございます」
 あの男との子供ではない。避妊していたしその確認も怠らなかった。だからこの子はあの人との子。
「ありがとう、ごめんな、これからはもっと大事にするから」と泣く夫に、初めて目が覚めた気がした。

「貴方とは……もう、逢わない」

「そう」存外静かに頷く太宰に不信感を覚えつつ少し安心する。結局遊びだったのだ。そして私も―――
「矢張り、君が愛すのはあの男だけなのだね」
 心の中を読んだ様に太宰が云う。
「ずっと、ずっとあの男だけ。私との事だって、ただの気の迷い。そんな事知ってるよ」
「……太宰君?」
「ねえ、その子供は私との子だって旦那さんに云ったら如何なるかな」
 ―――目の前が暗くなった気がした。
「そんなのっ……大体貴方との子じゃな、」
「そうだね。でも私の存在はあの男の中に刻まれるだろうねえ?」
 そんな事は絶対に厭だ。一番傷つけることをしたのは私だというのに、そんな身勝手な事を想う。
「ほらね、厭だろう?」
「何が、望み?お金なら」
「要らないよ、そんな物。君がこれまで通り私と逢ってくれればいい」
 何故、如何して、今まで通り貴方と繋がれと云うの。貴方を愛することは無いこんな女と何故。
「君があの男だけを愛していて良かった。お陰で君を縛ることが出来る」
「それを知っているのなら、何故私を放してくれないの」
「私の物に為る前に、勝手にあの男の物になったのは君だよ。だから君が、一番私を忘れられない方法で壊してあげるね」

 そう云って綺麗に歪む顔が、『結婚おめでとう』と云った時のあの笑顔と一緒だったから。滲む結婚指輪に悟った。私達は、とっくに手遅れだったのだと。
ツイート:2017.05.29


『壊れた後は堕ちるだけなのね』

※『壊れたのは何時だったのだろう』続き
※バッドエンド

「何で?如何して」
 嗚呼、結局こうなったのだ。壊れていると悟った時にもう諦めるべきだった。私は中途半端に幸せに戻ろうとするべきじゃなかった。
「如何して……ねえ、―――」
 夫の、否、『夫だった物』の前で私は泣く。口から洩れる名はこの人の名ではないのだ。こんな、もう、いのちが、天井から、ぶら下がった―――
「首吊りとは粋だねえ」
 後ろから聞こえる声に応える気力も無い。然し否応なく体は反応した。無理矢理振り返り、立ち上がって襟元を掴み上げる。
「貴方が、貴方の所為で―――」
「そうだよ、私の所為だ、そして君の所為」

 壊れかけても持ち直した私達の生活で、私達は幸せだった。私の夫は子供が好きだったらしく、これまでが嘘のように明るくて優しい父親になった。
『この子の入学祝、何を購おうか』
『まだ早いわ、一歳よ?』
『だって、待ち遠しくて……』
 幸せだった。
『わあ、可愛いお子さんですね』
『そうだろう、この黒い髪、君にそっくりじゃないか?将来は美人さんになるな』
 ――――その光景を見た時、悪夢かと思った。
『ああ、お帰り。此方は太宰さんと云って―――』
『嗚呼、何と』
 ―――さんではないですか、なんて、その男は他人の様に私の名を呼んだ。何だ、知り合いだったのか、なんて夫が驚いた様に云ったのが遠くに聞こえた。
 あの男ははっきりと囁く事はしなかった。彼がやったのは、ただ種を撒いただけ。種を撒いて、疑惑の芽を育て、崩壊が実るのを待っていた。淡々と。自分はあくまで蚊帳の外に居乍ら。
 気の所為だった。全部貴方の気の所為だったのよ。何処か、貴方と私の子が、あの男に似ていたのは髪の色だけ。あの男が貴方より若々しいなんて思った事はない。優しいのだって貴方が一番だった。貴方と逢うより前に出逢った人間なんて沢山居た。貴方と逢う前に、あの男と恋人に為った事なんて無かった。あの男を愛した事なんて無かったの。
 崩壊は確実に実った。私達は何よりも愛しい存在を失った。車にはねられた小さな命は儚く散った。
 ねえ、貴方。あれはただの事故だったの。貴方はふと目を離してしまった。確かに貴方は自分の子ではないと疑ったかもしれない。でもその所為で一瞬注意を逸らしてしまった訳じゃないでしょう。自分を責め過ぎる事はなかった。
『嗚呼、若しかして、ほっとしているのですか?』
 その言葉は的確にあの人の心を抉った。『不実の子供だったのかもしれない』という疑いと『自分の子供を死なせてしまったのかもしれない』という苦しみと板挟みになった彼は壊れてしまった。

 そうして崩壊は終わった。「満足?」私は残された。
「ねえ、満足なの。私の家族をころして」
 手を汚さずに其れを眺め切ったただ一人の観客は拍手をする。
「ううん?まだだよ」
 だが喝采は無い。足りないと叫ぶ声が聞こえる。首に手が掛かった。やっと死ねるのかと思った。やっと楽になれるのかと。
「云っただろう、壊してあげるって。一番私を忘れられない方法で」
 然し、男は私を殺さず、其の場に押し倒した。びり、と音がする。切られた服の破片が舞う。ゆっくりと衣服が剥がされる。
「君の家族は無くなった。君は凡てを失った。此処からだよ」
 伸し掛かる重みはもう、あの人とは違う温度で。
「私達の子供は若しかして、この男に似るのかな?」
 ―――ああ、そうね、髪の色くらいは似るんじゃないのかしら、なんて。

 わらったのか、ないたのか、良く判らない侭に、自分の中に命を宿そうとする熱を受け入れていた。
ツイート:2017.05.29


「……無様ね」
吐き捨てる様に女が云った。
「おや、これは非道い物云いだ」
喰らう様に男が嗤った。

「だってそうでしょう。貴方が人助け?落ちぶれた元幹部様に用は無いの。去ってくれる?」
「……ふふっ」
「……何を笑っているの」
「だあってねえ?此処は探偵社の近くだよ?」
「―――」
「私が此処に居るのは可笑しくないよねえ?寧ろ何故君は此処に居るの?」
「あ、わ、私は……」
「君が毎日の様にこの道を通るのを知っているよ?私が組織を抜けて、探偵社に這入ってからだよね」
「ち、ちが……!」
「否定するの?嬉しいのになあ。君にそんなに愛されていたなんて」
「……っ……そうよ。嗤えば良い。確かに無様なのは私」
「まあ落ち着きなよ。ほら……」
「……?」
「おいで」
「な……!」
「大丈夫、もう寂しい思いはさせないよ。これからはずっと一緒だ。……何?真逆厭だなんて云わないよね?」

―――君はとっくに私のものなのだよ?

「…………嗚呼、本当に無様。こんな女に執着する貴方も、まんまと来てしまった私も」
吐き捨てる様に女が云った。
「そうだねえ、無様だね。でも、これが」
喰らう様に男が嗤った。

「私の一番望んだ姿だよ」
ツイート:2017.05.31
お題箱リクエストより「無様な姿だねぇ、君はそう言うけれど、」


「治、醤油取って」「……何処?」「其処」「ああ、はい」「ありがとう」「味付け如何?」「美味しい」「そう、良かった」

「……お二人って付き合っているんですよね」「ああ、そうだな」「でも、こう云ったら失礼ですけど、あまり仲良さそうに見えないというか……淡々としてますよね」「……一つ忠告しておくぞ。彼奴らにあまり関わらん方が良い」「え?」「でなければ疲労するのは此方だ」

「……醤油」「え、如何したんですか太宰さん」「私は醤油をかけたくは無かったのだよ敦君。でも彼女がかけるっていうから」「は、はあ」「矢張り美味しくなかったよ、彼女の手料理は余計な物が無い方が良い」「ではかけなくて良かったのでは?」「でもね、彼女がかけた方が良いって云ったのだよ」「は、はあ……じゃあ良かったのでは」「でも私は其の侭の味が……」

「ねえ、敦君」「はい」「私の料理って下手よね」「え、そんな事……」「いいえ下手よ。だから醤油で誤魔化したの」「否そんな……」「治何も云わないのよ」「否それは……」

「だから云ったろう敦。彼奴らに付き合ってるとこれが通常運転だぞ」「あ、あはは……でも、なんだか微笑ましいですね」「何処がだ」「だって、お互い嫌われない様に一生懸命なんでしょう?」「…………『嫌われない様に』、か」「何です?」「料理で此れだぞ?」

「ねえ、私の事嫌いになる?」
「料理くらいで?真逆」
「良かった」
「ねえ、私が『醤油厭だ』って云ってたら嫌いになった?」
「真逆」
「だよね!良かった!」

「あの二人、離れたら発狂するんじゃないか?」
ツイート:2017.05.31
お題箱リクエストより「共依存な二人の日常(探偵社時代)」


語り部たちは云いました。
「良いですか、お嬢様。外へ出てはいけません」
語り部たちは云いました。
「貴女は大事な方なのです」
語り部たちは云いました。云いました。云いました。
『お嬢様』は外に出ることなく過ごします。語り部たちが語る通り。毎日、毎日。同じ繰り返し。
まるで同じ本の目次を、最初から最後までなぞる様に。

「そうして、お嬢様は朝起きて、昼を過ごし、夜は眠るのでした。めでたし、めでたし」

「お兄さん、お兄さん」
「君は誰だい?」
「誰だい?は此方の台詞よ。初めて外の人に逢ったわ!」
「……君はあの家の子か。幽閉されているって話だったけど」
「ゆーへいは何か知らないけれど、籠っているのは詰まらないの!」
「ふうん…………じゃあ、これからは私が一緒に遊んであげよう」
「本当!?」
「うん、その代り、あの家の人の事、教えてくれる―――?」

語り部たちは云いました。
「お嬢様、もうアレに逢ってはいけません!!」
語り部たちは云いました。
「あれは『マフィア』です、危険な男なのです!」
語り部たちは―――
「おい!囲まれて―――誰かお嬢様を―――「嗚呼、五月蠅いな」

「……皆は何処?」
「皆、君を置いて行ったよ」
「……私も付いて行っていい?」
「君は駄目。君が来るのは私の下だよ」

語り部たちは消えました。本は無くなりました。
本の目次に逆らった時から、もう物語なんて無いのです。

「さあおいで。一緒に遊ぼう。もう退屈だっただろう?」
ツイート:2017.06.01
お題箱リクエストより「目次通りの毎日に飽きた末のお遊戯」

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