階段を一足飛びに飛び降りたオールマイトが、広場に残っていた敵を一瞬で昏倒させる。
「相澤くん、名字少女――すまない。よく耐えてくれた」
 名前たちの前に膝をついてオールマイトが囁く。名前は小さく首を横に振るしかできなかった。事実オールマイトのせいではないのだから。
 相澤と名前とを抱えたオールマイトが死柄木の方へ身体を向ける。ぐるんと視界が回り、呆然とする死柄木が過ぎったと思ったら、離れた場所に座らされていた。緑谷、蛙吹、峰田を逆の肩に担ぎ、五人纏めて避難させられたらしい。
「皆入口へ。相澤くんを頼んだ。意識がない、早く!!」

 緑谷が相澤を担ぎ、その足を峰田が持って入口に向かう。
「名前ちゃんも酷い怪我よ……無理しないで」
 背負いましょうかという蛙吹の申し出に、首を横に振った。息を吸う度に隙間風のような音が鳴っている。肺か肋骨か、両方か。背負われて圧迫されたら恐らく気絶する。
 それに現状は相澤がいちばんの重態だ。名前に気を回す前にかれを安全な場所まで運びたい。
 後ろで派手な土煙が上がった。峰田が感嘆する。
「何でバックドロップが爆発みてーになるんだろうな……!! やっぱダンチだぜオールマイト!!」
 オールマイトが戦っている。
 フードをぐっと掴み、怪我を庇う姿勢で歩を進める名前に振り返る余裕は無い。心配は不要だと思った。平和の象徴は倒れない。
 名前と反対にどこか思い詰めて唇を戦慄かせていた緑谷が、俯いたまま切迫した声を吐き出した。
「蛙ス……っユちゃん! 相澤先生担ぐの代わって……!!」
「うん……けど何で……」
 緑谷は、自分の声で自分の背中を押した様だった。蛙吹の戸惑いを振り切って赤いスニーカーが地を蹴る。涙の粒が弾けた。名前が咄嗟に伸ばした手は空を切る。

「オールマイトォ!!!!」
 緑谷に釣られ振り向いた先。黒霧と脳無によってオールマイトは地面に捕らわれていた。いつものように浩然とした笑みを浮かべているのかどうか、脳無に隠れたオールマイトの表情が分からない。けれども一直線にかれの元に向かう緑谷は必死な顔をしていた。緑谷の前に黒い霧が渦巻く。飲み込まれてしまう、
「どっ、け邪魔だ!! デク!!」
 霧が爆ぜた。爆発音と共に飛び込んできたのは、敵も斯くやと凶悪な笑みを宿した爆豪だった。そのまま黒霧を押し倒し拘束する。
 切島、轟が続き死柄木たちの前に立ちはだかった。

「私たちは行きましょ、大丈夫よ。オールマイトも皆も」
 蛙吹の少しざらついた音質が名前を促す。こくりと頷いた。小走りに相澤を運ぶふたりの後ろを付いて階段を上った。麗日が中腹まで下りてきて相澤を浮かす。
「名前ちゃんは⁉」
「平気」
 言葉少なに返したが、相澤を預けた蛙吹が横から名前を支えた。肋に手が触れて小さく息を止める。足が止まりかけたので察した蛙吹が、腕ではなく肩を抱きかかえた。
 やっとのことで入口まで辿り着く。すぐにでも安静にと地に横たえられそうになったが、それを断り13号の傍に膝をついた。芦戸の頬に涙の跡を見止めて、名前はおずおずと尋ねる。
「13号先生は……」
「あの黒い靄のヴィランの『個性』で、先生、自分の攻撃モロに受けちゃったんだよ」
「……わかった、ありがとう」
 自分の『個性』を受けた13号の背はぼろぼろだった。ある程度はコスチュームが防いだようだが、損傷が酷い。かれの『個性』は『ブラックホール』。跡形も残さずに、吸い込んでチリにする。ならばここは名前の出番だ。
「名字、なにやってんだ⁉ 早く安静にしねえと、」
 瀬呂の咎めを聞かず、名前は13号の背に手を当てた。
 きつく目を閉じて神経を集中させる。甦れ、蘇れ、生き返れ、心の中で何度も呟く。じゅくじゅく、ぐちゃぐちゃとあの音はなるべく聞かせたくない。肉が蠢く様も、骨が軋む悲鳴も、血管が首をもたげる姿も見せたくない。
 名前は自分の『蘇生』が醜いことを知っている。名前自身ならまだしも、蘇生を受けるひとが周囲から醜いと思われる事態は忌避すべきだ。
 だから身体に残った目一杯のエネルギーを流し込んだ。
 抉れた断面が元に戻り、13号の剥き出しの血肉が肌の色で覆われるまで十秒もかからなかった。
「これ、で……だいじょうぶ」
 もつれる舌で言った。脳みそが揺れている。限界だなと自覚した。半ば這って隅に横たわる。右の胸が押され呻くと、優しい手でゆっくりと仰向けにされた。小さく喉が鳴る。ありがとうというたった五文字さえ口にすることができない状態に呆れ返る。
 眠いしお腹が空いた。やはり肋骨は折れていると思う。息がし辛い。
 うつらうつらしながら時折顔を引き攣らせ、蛙吹や麗日の声掛けをどこか遠いところで聞く。
 不意に背中から振動が伝わってきた。大勢の足音だ。段々と近付いてくる。敵の増援か、それとも。

「1−Aクラス委員長飯田天哉!! ただいま戻りました!!」

 凛とした声が轟いた。やっぱり貴方は相応しかった、呑気なことを思う。ほとんど閉じた目でヒーロー達の姿を確かめ、名前はようやっと身体の力を抜いた。
 これで、もう本当に大丈夫だ。
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