名前の『個性』は『蘇生』。自身のエネルギーと引き替えに、死んだ状態の生物を蘇らせる。腕が飛ぼうが指を詰めようが、元の状態に戻すことが可能だ。生物には植物も含まれる。
 衝撃波は『蘇生』を応用した能力である。
 蘇生する際に体内に集約するエネルギーの一部を、体外に放出する。死んだものを生き返らせる程のエネルギーは、狭い体内から解放されることで分散し、衝撃を生む。それを攻撃手段として用いるのだ。あくまでも蘇生を伴う必要があり、また体外に放出する分多くのエネルギーを使うために負担も大きい。使いすぎれば体力が尽き倒れる上、猛烈な飢餓感に襲われた。

 そんな衝撃波を連発し、その度に指を切り落としては蘇生してを繰り返していた名前の体力は、実際限界に近付いていた。
 路地での戦闘を諦め大通りに出る。残り時間、狭い路地で凌ぎきるのは厳しい。他の受験生の援護に回る腹積もりだった。
 飴をひとつ、ふたつと噛み砕くが、全く足りない。この飢餓感は毒だ。
 現在の名前のポイントは二十九。あと何体倒せるか、自身の体力が持つかも分からない。
 大通りには仮想敵の残骸や折れた電柱、倒れた街路樹などが広がっていた。間を抜け、中央に走る。
「標的捕捉!」
 機械音声が耳を刺す。はっと身構え索敵をするが、仮想敵の目標は別にあった。開始前にも見かけた茶髪の少女に真っ直ぐ向かっている。
 少女の顔色は、ほんの数分前と比べていささか悪い。名前が援護に走り出すが、流石ヒーロー志望と言うべきか、少女は仮想敵の突進を危なげなく回避した。手の平で触れる。敵が宙に浮かび上がった。
 名前は浮いた敵の目下、倒れた街路樹に狙いを定めた。遠隔発動は苦手だが、悠長なことは言っていられない。植物なら、いける。

「よみがえれ」

 衝撃を伴わぬ『蘇生』を発動した。
 歪な断面の切り株が見る間に天高く伸び、太い枝葉が空中にいた仮想敵を貫く。
「……えええぇっ⁉」
 少女が叫んだ。
 仮想敵の重みに耐えきれず枝がたわむ。亀裂が円を描き幹と枝を切り分ける。鉄の塊を貫いたまま地面に落下した。
 同時に、コンクリートに横たわっていたかつての樹は、腐敗したように崩れ、灰のごとくさらさらと風に飛ばされていってしまった。再生された方の枝葉は、薄情にも「何事もなかった」とばかりに鮮緑をさらさらと揺らすのだった。
 どんな原理か、同じ場所に同じものを蘇生すると、『死んだ』と見做された方――先ほども切り落とした親指と人差し指など――は、その瞬間崩れ落ちる。まるで用済みだとでも告げているのか、跡形もなく消え去ってしまうのだ。
 風に舞った亡骸を見送った名前は、いまの手助けが完全に要らぬお節介だったことを知る。

 こちらを向いた少女は目を輝かせていた。顔色の悪さは変わらないが、とても倒れそうには見えない。
 第一、浮かせられるのなら、わざわざ名前が止めを刺す必要はなかった。咄嗟のことだったとは言え、敵を横取りしたと思われてもおかしくはない。少女の明るい表情を度外視して悪い方へ沈んでゆく名前の思考を、快活な声が叩き切った。
「す……っごいねぇ!」
 肩を揺らし顔を上げる。少女がきらきらとした瞳に名前を映していた。
「助かったよー! ありがとう! 試験あとちょっとだけど、頑張ろうね」
 ふんす、と可愛らしく拳を固める。そうして晴れやかに笑うと、少女は再び中央の仮想敵と受験生の渦に飛び込んでいった。タフだ。
 かのじょみたいな子が、ヒーローに選ばれるのだろう。
 やはり余計なことをしたなと名前は恥ずかしくなった。
 素直に礼を受け取れば良いものを、名前にはそれができない。隠した感情を勘ぐってしまうのだ。出会い関わってこなかっただけで、忌憚なく相手に敬意を払うひとは、名前が思っているよりずっと多いのに。
 しかし再び走り出し、倒壊した木々を蘇らせ対抗し続けた頭の中で、少女の台詞はずっとリフレインしていた。
『すっごいねぇ!』
 感謝を素直に受け取れずとも、その真っ直ぐな言葉だけは、試験が終わるまで、終わってからも名前のすかすかな心を仄かに温めた。



 この日、名前はふたりのヒーローの姿を見た。
 春の陽ざしのような少女と、かのじょを助けんと飛び出した実直な瞳の少年。最後、地面に伏したふたりの姿に、言い表せぬ敗北感と羨望を持った。
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