「あっははは、いいねえこの子! 隠密に向いてるよ」
 審査員のひとりが膝を叩いた。
 B会場のとあるモニターに映るは、ぶかぶかのジャージを身に纏った少女。肌は白く、目の下には薄らと隈が浮いている。脂肪も筋肉も無いような痩せぎすの身体。
 大人しそうな顔で堂々とフライングを決めた少女に対し、愉快そうに笑う審査員たちの後ろで、相澤は冷静にモニターを眺めていた。手に持った受験者リストをめくる。
 名字名前、『個性』――『蘇生』。数センチ四方の写真の向こうから、物憂げな眼差しでこちらを見つめている。
 路地を走る少女に視線を戻した。
 動きは中々どうして悪くない。
 演習会場への扉が開き、開始の合図も無いと見るや走り出す思い切りの良さ。恐らくは1P仮想敵を狙ってのことだろう、すぐさま路地に向かう判断力。途中でマイクの声に足を止めかけたのはまだまだだが、悪くはない。
 間もなくして二体の仮想敵と会敵。石を投げ、一体の足を崩した――その後の少女の行動にはさすがの相澤もぎょっとした。

「おいおい、指切り落としたぞ、なんだありゃ⁉」
「止めなくていいのか?」
 こちらの動揺など知らずに単身仮想敵に向かった少女は、血塗れの手を仮想敵の首にかけた。衝撃波が空気を揺らしたのが分かる。二体の敵はそれぞれ足と首を破壊され、行動不能。
 態勢を崩して一度地面に転がる様子が、無表情で自身の指を切り落とした姿と比べ、奇妙に幼くアンバランスだ。
 そして、かのじょを見ていた審査員は絶句した。つい今しがた失ったはずの少女の指は、平然とその形を取り戻していたのだから。
 『蘇生』――なるほどね。傷付けなきゃ始まんないってことか。相澤は僅かに眉を顰めた。
 この試験は情報力や戦闘力を見極めるものだ。相澤に言わせれば合理的ではないが、ヒーローの基礎能力を見るには足りる。
 基礎能力とはつまり情報力、機動力、判断力、戦闘力等。まだまだ未熟さは残るが、名字名前は受験生としては十分及第点だ。
 だが、ヒーローの大前提、自己犠牲の精神は。
 名字名前の個性の発動条件が自傷であったとしても、いま審査員が注目する点はそこではない。憂慮すべきは別にある。問題は自分の身体を傷付ける躊躇いの無さだ。かのじょのそれは、自己犠牲精神とは大きく異なる。致命的なズレだ。
 相澤はモニターを睨み付けた。見極めもせず勝手に騒ぐ審査員たちに小さく舌打ちを見舞う。
 他人の痛みや自分の痛みを敏感に認識するからこそ、自己を犠牲にできる。痛覚を無視するやつなんか論外だろうが。

 再びモニターの向こうで鮮血が舞った。



 敵ポイント32、救助ポイント21。筆記試験と合わせるとトータル三十六位。同率の者がいたが、審議の結果、名字名前は異例の四十一人目のヒーロー科生となった。


「だからあの試験は合理的じゃねえって言ってるんだ」
 校長室を出て廊下を歩きながら、相澤はもう何度目かも分からない言葉を吐く。
 新しい一年A組の名簿を小脇に抱えたまま立ち止まり、茜色の景色を眺めた。捕縛帯に口元を隠し、背を丸めて脳裏に描く。共にヒーローを目指していた男の姿は、未だ鮮やかだ。
 歩き出す。新年度、新しい生徒たちの名簿はいつも重い。
 合理的じゃない。それでも、雄英に来たからには育てよう。

 誰かを引っ張って、救けて……何より、長く生きる為の力を持ったヒーローを。

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