「同期会?」
たまたま出勤時にエレベーターで会ったキリの言葉を復唱する。
五月中旬にあった一斉摘発からもう二週間。
腕や足の傷もほとんど治り、僅かに痣が残る程度になった。
その間にも小さな事件は多発していて、何度か悪魔と対峙した――……が。
いまだ戦力になれず、最近自分の身の置き場に悩んでいる。
「伊織も誘って、三人で行こうぜ。ほら、そろそろ愚痴とか溜まる頃だろ」
橘くんも来るのか。
あれ以来あまり会っていない。
それは置いておいて、飲み会のタイミングとしては最高。
「行きたい!」
「決まり。今日店予約取っとくから」
「え、今日?」
「都合悪いのか?」
都合は悪くないが、あまりにも急だ。
「悪くない……、今のところだけど」
「まあ、それはこっちも同じだから」
いつどこで呼び出しがかかるかわからない仕事なのは、キリも私も同じで。
となると、逆に落ち着いている当日に決めた方が、都合がつくかもしれない。
「じゃあ、今日は頑張って定時に仕事終わらせなきゃだね」
「お。がんばれ」
伊織にはこっちから伝えておく――というキリに頷いて別れる。
よーし。今日は飲むぞ……!
「おはようございます!」
気合十分で課に入る。
と、諏訪さんと目があった。
「え、なに、怖」
「……いやこっちのセリフですよ、なんですか」
変なものでも見るかのような視線を向けられて、自然に眉がよる。
「佐々木は朝から元気だな」
「中瀬さん、おはようございます!」
諏訪さんの奥から聞こえた爽やかな声に、眉間の皺が一気に吹き飛ぶ。
その様子を見ていた西浦さんが「あー」と低く唸った。
「デートか」
「はい?」
思いがけない方向に話題がいき、目を剥く。
「なるほど? ていうか菜々ちゃんそんな相手いたんだ」
「外見に騙された男だな」
西浦さんに乗っかって、諏訪さんがニヤニヤし始める。
というか。
「外見に騙された……ってどういうことですか」
口を尖らせて西浦さんを睨むと、怪訝そうな顔をされた。
「そのままだろ。おまえの見た目に騙される男がいたんだな、って」
んんん……?
それはどう受け止めればいいんだ。
見た目を褒められて……?
「菜々ちゃん見た目だけは、ザ・女の子って感じですもんね」
「……はい?」
「その見た目で馬鹿みたいにビール飲むなんて詐欺だよな……」
西浦さんの目が憐れむようなものになる。
「せめてビールじゃなくて、葵が飲むようなカクテル系飲んでおけよ」
「そ……趣味嗜好は自由じゃないですか!」
一体自分は何のアドバイスをされているんだろうか。
というか、「そんなこと言ったら」と西浦さんを再び睨む。
「……西浦さんは可愛い女の子らしい女の子が好みなんですね」
「……はあ?」
図星なのか、珍しく声を裏返らせた。
「カクテルとか頼んじゃうタイプの、お酒弱い系が好みですか」
「……おまえ」
口角が引き攣っている。
これは……当たりだなあ。
「菜々ちゃん、正解。ついでに言うと、見た目もかわいー感じの子が好みですよねー?」
「葵、おまえ、あとでシメる」
「えー、いやですよ」
なるほど。案外わかりやすい好みだ。
「西浦さんが可愛い系、松田さんが美人系……」
「佐々木? 俺を巻き込むなー?」
傍観者に徹していた松田さんが苦笑いで口を挟む。
とはいえやはり否定はされない。
「……諏訪さんと中瀬さんはどんな子が好みなんですか?」
「おまえ、葵はともかく中瀬さんにまで……」
西浦さんがちらりと中瀬さんを伺う。
特に普段と変わらない様子で、中瀬さんが口を開いた。
「あんまりそういうのは考えたことがないな」
ファンからすれば百点満点の答えだ。
でも、部下としてはもう少し突っ込んで聞きたい。
「今までお付き合いされた方とか、こういう系統っていうの、ないんですか?」
「おい、失礼だぞ」
……どうも、西浦さんは中瀬さんに対して過保護っぽいところがある。
中瀬さんを見ると、困ったような笑顔だ。
「どうだろう」
これは――……本当に言いたくないやつだ。
となれば、これ以上突っ込むのは西浦さんのいう通り失礼にあたる。
「……アイドルとして百点ですね……」
「は?」
「っ、なに、菜々ちゃんついに中瀬さんがアイドル、に、みえ、あははは!」
「さっ……佐々木、はは、ふ、ははは」
唖然とする西浦さん、耐えきれず蹲って大笑いする諏訪さんと松田さん。
「あい、どる?」
そして当の本人である中瀬さんは目を丸くしている。
……空気を変えるためとはいえ、アイドルは言いすぎたかな。
いや、割と本気だったけど。
「思う存分笑えばいいですよー、だ……」
不貞腐れてみせると、すでに落ちている二人に加えて西浦さんまで笑いはじめた。
笑われすぎてさすがにそろそろ恥ずかしくなってくる。
ばれないように中瀬さんを盗み見ると、ばっちり目があってしまった。
「……――」
眉が下がった、いつもの笑顔。
――に見える。
「ほら。笑いすぎだ」
一瞬滲んだ違和感をあっさり消して、中瀬さんが手を叩く。
それを合図に三人がのろのろと復活した。
(気のせい……?)
普段通り爽やかな顔でデスクに座る中瀬さんに、さっきのような違和感はない。
「は――。ほんと菜々ちゃん飽きないなー」
諏訪さんが伸びをして自分のデスクへ戻る。
中瀬さんを気にしつつ、私も自分のデスクへ足を向けると、不意に諏訪さんが振り返った。
「そういや、菜々ちゃんの好み聞いてないね」
「えっ。いや、諏訪さんのも聞いてませんよ」
忘れていた話題を急に振られて慌てる。
「俺は予想外なことをしてくれる子が好きだよ。菜々ちゃんは?」
よ、予想外?
ギャップ的な意味だろうか――……と、思いつつ自分の好みを考える。
「うーん、そう言われると難しいですね……」
今まで好きになった人を思い返してみても、とくにこれといった共通点がない。
あ。強いていえば。
「いっぱい笑う人……かなあ」
「へー。この課に三人もいるじゃん」
「それは馬鹿にした笑いじゃないですか!」
にやにや顔の諏訪さんに噛みつく。
正直に言わなきゃよかった――……不貞腐れていると、「佐々木」中瀬さんが呼んだ。
「ちょっと頼まれてくれないか」
◇ ◇ ◇ ◇
中瀬さんのお願いに二つ返事で了承して、向かった先は同じフロアにある資料室。
捜査企画課が合同で使っているこの部屋には、過去の案件に関するファイルが隙間なく詰められている。
データ化してしまえば見るのも楽なのに……とは思いつつ、この量のデータ化はなかなか難しそうだと現実を考える。
「えーと……2017年の……」
中瀬さんから頼まれたファイルは四つ。
ざっと棚を見て、ようやく一つファイルを手に取る。
額にじんわり汗が滲むのを感じた。
資料室は人がいなかったため、冷暖房がつけられていない。
(暑いけど、短時間のためにつけるのも憚れるんだよね……)
六月は目前に迫っており、日によっては昼間半袖でも過ごせそうな気温だ。
今日も外はかなり暑い。
油断すると垂れそうな汗を抑えながら、頼まれた資料を引き続き探す。
「……あれ」
背表紙とにらめっこしていると、後ろから女性の声が聞こえた。
唐突な音に、思わず肩が跳ねる。
「あ……おつかれさまです」
「お疲れ様です」
挨拶しつつ声の方をふりむく――……
(う、わ)
今まであった人の中で、一番といってもいいほどの美人。
モデルだと言われても普通に納得できる体型、身長、顔立ち。
私が欲しかったものを全部詰め込んだような女性。
「……一課の、佐々木さん?」
「アっ、はい! 佐々木と申します!」
声まで素敵だなんて。
油断すれば見惚れそうになる脳を叱咤して、きっちり腰を折る。
「四月から捜査企画一課に配属となりました、佐々木菜々です。よろしくお願いいたします」
二十階の資料室を使っているということは、おそらくこの美人さんも捜査企画課だ。
頭をあげると、ふわりと花が咲くように微笑んだのがダイレクトに目に入った。
ま、まぶしい……。
「二課の河合美波です。……一課の松田くんとは同期だよ」
こんな美人な同期がいるとか、松田さん羨ましい……。
というか、河合さんとか松田さんのタイプど真ん中なのでは。
「あ、その、松田さんにはいつも大変助けていただいてます……!」
「……ふ。うん、仲良くしてあげて」
特に変なことは言ってないはずだが、小さく笑われて首を傾げる。
「ごめん。聞いてたウワサどおり、可愛い子だなーって思ってね」
「かっ、かわっ……!?」
こんな美人の方にかわいいなんて褒めてもらう要素は、どこにも見当たらない。
……うん? うわさ?
「私、なにかウワサになってるんですか……」
「うん? 中瀬さんがやけに可愛い子引っ張ってきたーってウチの課長は言ってたかな」
「ええ……」
それは身長と童顔的な意味だろうか。
どうコメントしようか悩んでいると、河合さんが再び微笑んだ。
「もし相談したいことできたら、いつでも聞いてくれていいから。菜々ちゃん」
「え! ほんとですか! 嬉しいです、ありがとうございます!」
思ったままお礼を伝える。
河合さんは相変わらず綺麗な笑顔のままだ。
「うん。それじゃあ、またね」
「はい!」
さらっと、必要なファイルを抜き取って去っていく様子すら美しい。
扉が閉まると同時に、感嘆の息が漏れた。
(あんな綺麗でかっこいい取締官……憧れない方が無理……)
ときめく胸を押さえて余韻に浸る。
いつかあんな風になれたら……とは思うが、高望みだろう。
せめて童顔じゃなければ。
「佐々木?」
ぼけーと棚に並ぶ背表紙を眺めていると、再びドアが開き、声がかかる。
「わ! な、中瀬さん!」
「……うん。大丈夫か?」
慌てすぎて今度は持っていた資料を床に落とした。
恥ずかしい。
「大丈夫です、すみません……。あの、遅かったですか?」
羞恥に顔が赤くなるのを感じつつ、ファイルを拾う。
中瀬さんがこちらに近づく気配がした。
「いや、追加でもう二つ欲しいのがあって」
「なんでしょう?」
「……せっかくだから二人で持って行こうか」
近距離で、爽やかな笑顔。
私のすぐ近くにあった資料が目当てなのはわかったが、これは心臓に悪い。
(もうほんとに……捜査企画課の顔面偏差値どうなってるの……)
一課はもちろん、二課の河合さんや藤岡さんも綺麗な顔立ちだ。
その整った顔との距離感に耐えられず、そっと一歩後ずさる。
「……さっきは」
なんとか心臓を落ち着かせて、並んで背表紙に目を滑らせていると、同じように追加の資料を探す中瀬さんが静かに口を開いた。
「助かったよ」
「……え?」
思いがけない言葉に横を見る。
中瀬さんは相変わらず本棚に視線を向けたままだ。
「話題変えてくれただろう」
言われて――……思い当たる。
もしかして、課でしていた好きなタイプ云々の話のことだろうか。
「そんな、むしろ中瀬さんに話題振ったの私ですし……」
そもそもの原因は私だ。
「ごめんなさい、かなり突っ込んだことを聞いてしまって」
西浦さんの言う通り、上司に対して失礼な態度だった。
改めて頭を下げる。
(中瀬さんの前で失敗してばっかだ……)
不甲斐ない自分が嫌になる。
つま先を見つめていると、不意に自分のものではない手が肩に乗った。
その手に導かれるように視線を上げる。
「佐々木が謝ることは何もないよ」
中瀬さんの顔はいつも通りなのに、声がどこか――……寂しい。
「こっちこそ佐々木に気を使わせてしまって、悪かったね」
「そんな! 中瀬さんは何も悪くないです!」
知らず知らず、手に力が入る。
両手で持っていたファイルは硬い素材で、ひしゃげたりはしなかった。
「中瀬さんこそ……気にしすぎですよ」
以前、中瀬さんは私に『気にしすぎるところがある』と言ったけれど。
私からしてみれば、中瀬さんこそ『気にしすぎ』だ。
「私は部下ですし、新人なんですから、もっと……もっとこう思いっきりですね」
「思いっきり?」
中瀬さんが続きを促すようにこちらを見た。
声に寂しさはもう乗っていない。
そんなことに安堵して、続きを口にする。
「思いっきり言いたいこと言っていいんです! なんなら、パシリにしてもいいですし、愚痴聞くだけの壁にもなります!」
これは、新人のくせに生意気だろうか。
でも、なんとかして、中瀬さんの気分を変えたかった。
「……そんなこと言って、俺の愚痴が止まらなかったらどうするんだ」
「そのときはいくらでも付き合います! お酒弱くはないので」
「壁なのに酒は飲むんだな?」
「あっ、それは……」
「ハハ。冗談だよ」
小さく、でも屈託なく中瀬さんが笑った。
(笑った……)
きゅうっと心臓が痛む。
あまり見ることのない、中瀬さんの心からの笑顔。
このレア感、ときめいてもしょうがない。
「いつでも、付き合いますからね」
「……ああ」
誤魔化すように、再び資料探しに戻る。
もうしばらくうるさい心臓は落ち着いてくれそうにない――……。
「……実際のところ、本当にわからないんだ」
誰に話すわけでもなく。
口から自然と落ちた、という表現がまさに当てはまるような話し方だった。
「……もう大事な人は、作らないと決めているから――……」
応えるべきか、否か。
さっき私が言ったように壁だと思って話しているのか。
ひどく寂しい、悲しい声でこぼれた言葉の受け止め方がわからない。
「……ファイル見つかったか?」
「――……あ、まだ二つですけど」
「よし。じゃあ戻ろう」
そう言って中瀬さんが軽く私の背中を押す。
頼まれていたファイルは四つと、追加で二つの合わせて六つなはずだ。
私の手元には元々頼まれていたファイルが二つ。
中瀬さんが持っているのも――……
「佐々木?」
「あ、いえ……行きます!」
思考を振り払うように、慌てて追いかける。
どう見たって、合わせて四つしかファイルはない。
(……わざわざ、二人で話すために来てくれた、とか)
自惚れだろうか。
でも。
(――……そうじゃないとファイルの数の説明がつかない……)
もうずっとうるさかった心臓が、さらに音を立てた。
◇ ◇ ◇ ◇
「おつかれー!」
「おつかれ!」
「おつかれさま」
ガシャン、とジョッキのぶつかる音が響く。
そのまま勢いよく呷れば、喉に染み渡る冷たいビール。
「仕事終わりの一杯最高……!」
「あいっかわらずだな、菜々は」
その様子をキリが笑う。
正面に座る橘くんも笑顔だ。
「意外だな、佐々木さんあんまり飲まなそうなのに」
「それもう散々言われましたー」
初めて一緒に飲むときに言われる言葉、堂々のベストワンだ。
「そんなに飲めなそうな顔してる?」
「え、うん」
憚る事なく橘くんが頷く。
「まあ普通に童顔だから、二十歳超えてるようには見えないしな」
キリが同意してビールを飲んだ。
未だにコンビニとかで年齢確認される身としては耳に痛い話だ。
「でもいいんじゃない? ギャップあって」
「……橘くんって意外と適当だね」
「そう?」
優しそうな顔をしているが、遠慮はないし、話のまとめ方が雑だ。
風の噂で聞いた、捜査企画課は一癖二癖ある人が集まる――というのはあながち嘘じゃなさそうな。
「それで? イケメン一課はどうよ」
キリがにやりと笑って話題を振った。
どうって――……考えながら、残ったビールを一気に流し込む。
「曲者ぞろいですね……」
たしかに顔はみんな整っていて、芸能事務所と見間違えたくらいだ。
けれど、それを忘れるほどの……個性。
厄介なのは主に二人だけど。
「一課長のさ、中瀬課長? 就任二ヶ月でもうすでに理想の上司って言われてるよね」
言いつつレモンサワーを軽い調子で傾けたのは橘くんだ。
「そうなの?」
初めて聞いた話に興味を惹かれる。
「あ、それ俺も聞いた。総務部主体のファンクラブあるらしいじゃん」
「ファンクラブ自体は結構前からあるみたいだけど」
二人の口からぽんぽんと出てくる新情報に頭が追いつかない。
ちょ、ちょっと。待って。
「な、中瀬さんの話だよね……?」
「他に誰がいんだよ」
呆れ顔のキリに構う余裕はない。
(理想の上司――は、わかる)
あの手腕に何度敬服したか。
仕事するにあたって、誰よりも尊敬に値する人だというのは日々実感している。
それは、課の全員の共通認識で――……。
にしたって。
(ファンクラブって……)
私が口を滑らせてアイドルと称したのも、あながち間違いじゃなかったってことなのか。
「私も入ろうかな……ファンクラブ……」
もう公式にファンでいたい。
惚けた頭で考えていると、追加で頼んだビールが到着した。
「やめとけよ。課での中瀬さんの様子とか情報搾り取られるだけだろ」
「隠し撮りしてー、とか言われそう」
それぞれの飲み物を受け取りつつ、二人が冷静にツッコむ。
なるほど、たしかに。
「それはありえるし、……視線が怖いな」
現状、中瀬さんの直属の部下では唯一の女。
そんな私がファンを名乗ろうものなら、袋叩きになる可能性もある。
うん。やっぱりファンクラブ加入はやめておこう。
それに加入がバレたとき、須和さん西浦さんあたりがうるさい。絶対うるさい。
「そういえば、今日二課の河合さんに会ったんだけど……くっそ美人だね」
「だろ! やばいよな」
なぜか自慢げなキリが身を乗り出した。
「二課さ、河合さんともう一人宮部さんって女性がいて、美人系と癒し系揃ってんの」
「羨ましいな」
言いつつ全く羨ましそうじゃない橘くん――は置いておく。
「そっか……二課は女性取締官二人もいるんだ」
一課二課三課それぞれ捜査する事件に偏りがあるとは聞いている。
そうはいっても同じ捜査企画課。
悪魔と対峙する数はおそらくほとんど変わらない。
「その、河合さんたちも悪魔捕まえたりしてるんだよね?」
「ん、ああ――……菜々、それで悩んでんのか」
どこか納得して頷くキリに疑問符が浮かぶ。
「悩んでること、話したっけ」
「いや。……あー……実は中瀬課長からさ、菜々が悩んでるみたいだから話聞いてやって欲しいって昨日言われてさ」
「……え」
予想外の人物の登場に戸惑う。
目を白黒させていると、キリがハイボールを呷ってから続けた。
「上司や先輩に愚痴は言いにくいだろうから――……って。お前大切にされてんな」
「ほんとに理想の上司だね、中瀬課長」
橘くんも感嘆したように小さく息を漏らす。
(完璧すぎる……。もう一生中瀬さんの部下でいたい……)
切に思っていると、キリが「で」と話を元に戻した。
「女性取締官がどう現場に臨んでるか――とかだろ、悩んでんのは」
「……御名答」
あっさり当てられて少し恥ずかしい。
そんなにわかりやすいかな。
思いつつビールで喉を潤す。
「橘くんは知ってると思うけど、やっぱり男性に扮した悪魔に力負けしちゃって。そこから前線に出てない――というか、どう対峙していいか悩んでる」
新人というのを抜きにしたって、任される役割は後方支援に近いことが多い。
中瀬さんの采配や現場の指揮は『理想の上司』と称される所以を感じさせるものがあるから、文句はない――……けれど。
「今後、私もちゃんと前線に立ちたいなって」
思うのは自由だが、実力が伴ってないから悩んでる。
どう足掻いたって大柄な男には勝てない。
「それはさ」
口を開いたのは意外にも橘くんだった。
「佐々木さんには佐々木さんの役割があるんじゃないの」
それは――例の事件後に中瀬さんから似たような言葉をかけられた記憶がある。
私の役割って、なんだろう。
この二週間考えなかった日はない。
「悪魔を確保することが、力負けさせることが全てじゃないじゃん」
「それは……うん、そう、だね」
淡々と事実を話す橘くんに耳を傾ける。
「勝つんじゃなくて、負けない戦をする――……って大切だよ」
負けない戦。
どういうものか考えようとすると、キリが口を挟んだ。
「例えば、菜々は捕まえたら軽いしどうとでもできるけど、小さいからか結構捕まえにくい」
「ああ、そういうイメージある。研修の時の組手とかね」
橘くんも同意して頷いた。
「そ。だから正直に言うと、菜々と組むのはかなり嫌だった」
「ええ……そうなの?」
「そうなの。ガタイいい男の方が技はかけやすいし、相手の力を使って投げるのも楽」
初めて聞く評価に開いた口が塞がらない。
そんなの、誰も言ってくれなかった。
「体術研修、時間切れで終わること多かっただろ。あれはぜんっぜんお前が捕まんないから」
ここでキリがハイボールを口に含んだ。
代わって橘くんが続ける。
「もちろん実践に制限時間はないけど、味方が来るまで引きつけておく、とかはアリだよね」
「アリ。ただ、もちろん怪我とか無理がないの前提」
そっか……。
不思議な気持ちで二人の顔を見比べる。
「目から鱗……って感じ」
さすが実力で悪魔取締本部になった二人だ。
上層部の気の迷いで配属になった私とは考え方が違う。
「あ、でもさ、相手が逃げようとすることの方が多いじゃん。そういうときは……どうしよう」
参考までに二人の意見を知りたくて訊く。
このあいだの現場も、悪魔は逃げようとして捨て身でぶつかってきた。
「足引っ掛けるとか。避けたと見せかけて背中に飛び蹴りかますとか」
「まあ……意表をつくのが一番だろうな」
「そうすればバランスぐらい崩すと思うよ」
意表を突く……か。
なるほど。その意表を突く方法は今後考えていくとして。
「ありがとう! やる気になってきた」
お礼を言い、残ったビールを全部流し込む。
ややあって橘くんが小さく笑った。
「佐々木さんって単純で分かりやすくておもしろいね」
「……褒めてないね?」
「そうかな、褒めてるよ」
うん。やっぱり橘くんも一癖二癖ある。
レモンサワーを傾ける橘くんと、枝豆を頬張っているキリと、空になったジョッキを持ったままの私。
バランスがいいのか悪いのか、不思議な同期会は楽しく続いた。