第一章 七
プレアデス国王が「おお」と感嘆の声を漏らす一方で、三人は事情を呑み込めなかった。
「えっ? アルデバランの王子様? どうして、今?」
リリィは思わず心の声をそのまま外に出してしまい、慌てて口を両手で塞いだが、国王と王女、とりわけ近衛騎士の視線を痛く感じる程に浴びた。「し、失礼しましたっ」と頭を下げながら失言を詫びると、国王は咳払いを一つしてから、廊下の伝令役の騎士に返事をする。
「殿下を直ちにこの謁見の間にお連れせよ」
短い返事の後に遠ざかっていく足音を確認してから、国王は三人に簡潔に説明した。
「昨日、アルデバランから緊急会談の要請が入っていたのだ。今日はナスタの成人の儀の前日ではあるが……」
自国の第一王女の成人の儀という国事の直前に突然の訪問を受け入れるとは只事ではないと、シュードとナスタは悟った。隣国の王子という重要な国賓をもてなす暇がない程、王族同士の重く、且つ迅速な会談が必要な事態とは一体――。
不穏な空気に困惑する三人に、国王が一時退室を命じる。その苦虫を噛み潰したような顔に、シュードは胸騒ぎを覚えた。
謁見の間を出た三人は、どこに向かえばいいものか分からず、ナスタの一言でひとまず七星の間に戻ることにした。
シュードは襲撃を受けたばかりの場所が安全だとも思えなかったが、いや、と思い直した。今は、そこに近衛騎士や侍女が何人もいる手筈であるのだ。侵入者の実力は分からないが、王女を守り戦う人数は多いに越したことはないし、あの女――チェルシーも、自らの行いで警備が厳しくなっている場所にわざわざ戻ってくるような真似はしないだろう。他に姫君の身をより確実に守れそうな所も思い浮かばなかった。
ナスタが七星の間を選んだのは、彼女も同じ考えだったからであろう。
(おかしい。アルデバランからは、ナスタ様の成人の儀の来賓として、確か国王陛下がおいでになると聞いた。名代であれば、王子はもう国内におられる筈だ)
考えを巡らせるシュードの隣で、リリィは視線を彷徨わせていた。思いもよらないことが続き、動揺していたのだ。彼女の泣き出しそうな顔に気付いていたナスタが、ふと立ち止まってリリィを顧みた。
「……そのように……心配なさらずともよいのですよ、……リリィ」
「ナスタ様……」
そこに、一人の騎士が走ってきた。
「ナスタ様。陛下より、お言伝がございます。シュード殿とリリィ殿と共に、直ちに謁見の間へお戻り下さい」
「えっ?」
「……分かりました。只今、参ります」
口をぽかんと開けるヒーラーの少女の前で、姫君は頷いた。失礼致します、と去っていった騎士を追うように歩き始めるナスタに付き従うシュードに、リリィが首を傾げながら問いかける。
「ねえ、シュウ、何が起きてるの? さっぱり分かんない」
「ナスタ様の御前でその口の利き方は無礼だと言っているだろう。――私も分からない」
眉間に皺を刻む深緑の目の青年と頬を膨らませる焦げ茶色の目の少女の前のミッドナイトブルーの目の姫君が、歩みを止めないままわずかに振り向いて二人を諭す。
「……私にも、分かりません。しかし……今回の会談と先程の事件は、何か関係があるのでしょう。……急ぎましょう。陛下と殿下がお待ちです」
短く返事をした二人に頷いてみせたナスタは、ずっと無表情であった。しかし、彼女の真夜中の空のような深い色の瞳の奥には、強い不安が確かにあった。
三人が謁見の間に戻ると、近衛騎士が開いた襖の奥ではプレアデス国王と見知らぬ青年が待っていた。
「そなた達、呼び戻してすまなかったな。こちらの御方はセージ殿下にあらせられる」
「お初にお目にかかります。只今ご紹介いただきました、私はアルデバラン王国第三王子、セージと申します。皆様、どうぞよろしくお願い致します」
爽やかな笑みを浮かべ、胸に手を当てて恭しく腰を折った見知らぬ青年は、アルデバラン王国の三番目の王子、セトウィルド・ゼアスーン=アルデバラン――セージだった。
鮮やかな金の巻き毛は耳の後ろで束ねられ、紫色のリボンがよく映えている。ちらりと見える大きな耳朶には赤い石のシンプルなピアスが煌めいていた。アルデバランの衣――首回りに赤とオレンジ色と黄色の三本のラインが入った白い襟なしのシャツに青いジーンズ、その上に黒を基調とした、襟付きの薄い半袖のロングコートを羽織っている。年の頃はナスタ達三人と変わらないであろう。高い鼻や長い睫毛、明るい茶色の目が彼の顔立ちを端正にしていた。見た者に華やかな印象を与える青年だ。
「殿下、こちらは明日の成人の儀の姫ナスタにございます」
「ということは、ナスタ様はもしや?」
「……この者はプレアデス王家の娘にございます。未成年の王位継承者を国内外に隠すのは我が王家のしきたり故、どうかご内密に願います」
「そうとは存じ上げず、大変失礼致しました。勿論、口外など致しません」
セージは目の前の美しい少女の正体にはっとしたような顔つきになったが、すぐに柔らかな笑顔に戻った。
一方、ナスタは何も言わずに一礼する。彼女の顔は人形のように無表情であったが、目が揺らいだようにも見えたセージは、目を瞬いた。
「こちらは近衛騎士シュード、この娘は王家直属のヒーラー、リリィにございます」
プレアデス国王に紹介された二人は、ナスタに倣って深々と頭を下げた。深緑の髪の青年は隙のない優雅な所作で、そこに近衛騎士らしからぬ貴族的な匂いを感じたセージは怪訝に思い、わずかに首を傾げる。一方、明るい茶髪の少女は慌てたようにお辞儀していたが、その頬が赤く染まっていたのを見たセージは、感情が表に出そうになる前に、少女の髪飾りに目を留めた。
(あの髪飾り、もしかして――)
「この者達が、一昨日のアルデバランでの事件の手がかりになるやもしれませぬ」
国王のその一言に、シュードとナスタとリリィとセージは弾かれたように顔を上げた。
「ああ、そなた達には言うておらんかったな。実は――」
言葉を切ったプレアデス国王が、アルデバラン王国第三王子を痛々し気な目で見やる。
セージは、苦い顔で重々しく三人に告げた。
「……我がアルデバラン城に侵入者が現れ、古代兵器を強奪したのです」
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