第一章 八
「古代兵器を……」
顔を強張らせて絶句するシュードの前で、ナスタは袖を口元に当てて固まり、リリィは目を見開いて「嘘……」と呟いた。セージの言葉は、頭を鈍器で思い切り殴られたかのような重く強い一撃だった。
――古代兵器とは、その名の通り古代人、現代アズール文明が発生した千五百年前に存在していた古代アズール人が造ったとされる代物だ。武器をはるかに上回る性能を有し、その格上の存在の兵器の名を与えられている。しかし、肝心なことは伝わっておらず、本来の使い方はおろか、素材も構造も、現代アズール人の今の技術では解明できていない。未知なるものへの畏怖と現代人への戒めを込めて古の禁忌とも称される。一般人ならばまず実物を見ることもなく、また古代兵器と知らないままでいるような、平穏な生活とは遠くかけ離れた存在だ。
「殿下、どうぞお座り下さい。皆も座敷に上がるがよい」
国賓たるセージの為に、そして狼狽える三人を見かね、プレアデス国王が着席を促す。
勧められてからふかふかの座布団に腰を下ろしたセージは、その良い筈の座り心地に反応することなく、机の上の美しい茶碗の中の濃い緑色の水面にしばらく目を落としてから口を開いた。
「昨日から今日にかけての夜中のことです。アルデバラン城内を調査しておりましたところ、突然『アズール・ブルーのシュバルツ』と名乗る男が現れ、……古代兵器を奪っていったのです。私がいながら……不覚でした」
一同は驚きのあまりに言葉を失う。その中で、隣国の王子が発した別の単語にも耳を疑った者がいた。
(……シュバルツ?)
「古代兵器を個人、あるいは国家、特定の民族以外の団体が所有することすら、いかなる国でも大罪。それを、強奪するとは……」
激しい感情を抑えつけるように言葉を選んでいるセージに、国王は眉をきつく寄せて唸る。その険しい表情が、何かに思い当たったような、はっとしたものに変わった。
「セージ殿下、もしや、奪われた古代兵器は――」
酷く顔色を悪くしたプレアデス国王に、アルデバラン王国第三王子は嫌な予感の的中を知らせた。
「……アルタイル、でございます」
それを聞いた国王は、額に手を当てて深く長いため息をついた。ナスタは袖を口元に当てて目を伏せ、セージは薄い唇を千切れんばかりに噛む。一方、事情を知らないシュードとリリィは目を瞬かせる。しかし、二人は国王の呟きで、王族三人の悲嘆の理由を知る。
「何ということだ……古代兵器アルタイルは、アルデバラン王国と我が国が同盟を結んだきっかけだというのに」
省かれたことが多すぎて漠然とした内容だったが、今回奪われたものが極めて重要な代物だということは理解した二人の顔も、さっと青ざめる。
悲鳴のようなため息をついていた国王が気を持ち直し、セージに話を求めた。
「なんともお見苦しいところを、大変失礼致しました。して、殿下、先程のお話をナスタ達にお聞かせ願ってもよろしいですかな」
セージは「どうぞお気になさらず、致し方ないこと故」と了承の意を込めて微笑んでから、ナスタ達三人に向き直った。
「犯人は、深夜でしたので断言はできませんが、灰色っぽい髪を束ねた大柄な男で……目は暗い色のように見えました。あとは――確か、円いブローチを身に着けていました」
ブローチという単語に、ナスタとシュードはぴくりと、リリィは弾かれたように体を大きく震わせた。三人の反応の理由が分からないセージは、何か失言でもしたのかと思わず口を噤んだが、プレアデスの王が助け舟を出す。
「ナスタ達には説明がまだであったな。殿下のこのお言葉こそ、そなた達を呼び戻した所以」
国王は一旦言葉を切り、懐から何かを取り出す。
「セージ殿下。もしやとは思いますが、このブローチに見覚えはございませぬか?」
プレアデス国王の手のひらに乗っていたのは、ナスタが拾ったあのブローチであった。青い石の煌めき、そして金細工で施されたアルファベットの刻印に、アルデバランの王子の顔色がさっと変わる。
「これは……古代兵器強奪事件の犯人が着けていた物に似ています。一体、何故こちらに……」
震えを禁じ得ない様子のセージに、国王は彼には予想だにしない事実を告げた。
「つい先程、このプレアデス城にナスタの誘拐を企んだ女が強襲してきまして、侵入者が落としていったのです」
「な……」
年若い王子には、この言葉に上手く返すことは荷が重すぎた。いや、彼の父王やプレアデス国王でさえ難しかったかもしれない。あまりにも衝撃的な事件に、鮮やかな金髪の王子は目を見開いて固まってしまった。
その様子を見兼ねてか、プレアデス国王は彼を痛ましく思いながら、セージに茶と茶菓子を勧める。そして、ナスタにブローチと巾着を返し、彼女とリリィとシュードに、隣国の王子にプレアデスの王女誘拐未遂事件の証言をするように指示する。
三人は、国王に話したことをそのままもう一度話すようにセージに伝えた。明るい茶色の目の青年は、菓子をつまむどころか茶も飲んでいる場合ではない、といった風情で、三人の証言に神妙な面持ちで聞き入る。
「アルデバラン王国第三王子たる私が存じ上げなかったことを――プレアデス王国第一王女殿下のこと、さらには殿下の真名まで知った上で、誘拐を企む女が襲ってきたと、そういうことでしょうか」
左様でございます、と肯定する国王に、セージはさらに続ける。
「その女が落としたブローチと、我が国での古代兵器強奪事件の犯人が身に着けていたブローチが似ているということは、全くの偶然でなければ――」
(信じがたいが、その二人には何らかの接点があると考えられる、か)
プレアデス国王と国賓たるアルデバラン王国第三王子の御前である故に、勝手な発言などは到底できない身分のシュードは、その仮定に至った。偶然にしてはできすぎていて、証拠はセージ王子の目撃証言と件のブローチのみと心許ないが――と、心の内で苦笑いする。
「二人に何らかの関係がある可能性も捨てきれませぬが、ひとまずは二人を捕らえねばなりませぬな」
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