第一章 九
シュードと同じく、好き勝手に発言することを許されないリリィは、一人で首を傾げたり考え込むような仕草をしたりしていた。この国王の発言には、うんうんと頷いている。
そこに、発言にさほど制限はない立場である筈なのだが今まで黙っていたナスタが、控えめに許可を求めた。
「……セージ殿下、陛下……発言をお許しいただきたく存じます」
「勿論でございます。いかがなさいましたか、ナスタ殿下」
「申してみよ」
二人の許しを得て、ナスタは彼らにまだ伝えていなかったことを告げた。
「プレアデス城への侵入者のことでございます……。あの者は……北の大国の白い森の真ん中に来るように、と……申していました」
そういえばそんなことも言っていた、と語る顔のリリィの前で、二人は困惑した。
「北の大国の、白い森の真ん中、ですか?」
「北の大国とは、ベテルギウス共和国を指しているのであろうが……何故にそこを?」
ベテルギウス共和国とは、アズールの北部に浮かぶ、東西に長く伸びる大きな島に根差す大国である。アズールのほぼ中心にあるプレアデス王国からは、空船で最短でも五日はかかる程離れた場所だ。
しかし、問題はそこではない。
何故、誘拐を企んだ張本人が標的を遠く離れた異国の地に呼び出すのか。こちらが、ナスタがそのような馬鹿げた話に乗ってひょっこり顔を出すとでも、本気で思っているのだろうか。
そもそも、ナスタを誘拐する目的が分からない。身代金目当てならば、わざわざ小国の秘匿の姫君を探し出して狙う必要は感じられない。存在が公になっていない者を選んで事を荒立てずにしたいのであれば、城に派手な攻撃を仕掛けて侵入するような真似を白昼堂々行う筈がない。
何故、どうして、何の為に――。
チェルシーと名乗った侵入者の意図が、全く分からない。少なくとも、この場にいる五人の中に、あの女の考えていることを推測できる者はいなかった――人を、それも一国の王女を攫おうなどと野蛮な考えと行動を理解したくない者はいたが。
だが、チェルシーの目的が分からない以上、このまま放っておく訳にはいかない。
それはアルデバラン王国の古代兵器アルタイルを強奪した男も同じだ。「アズール・ブルーのシュバルツ」と名乗った犯人の意図は何であれ、古の禁忌に手を出したことは事実なのだから。
「何にせよ、件の二人を捕らえねばなりませぬな」
改めて断言するプレアデス国王に、一同は深く頷く。そう、まずは二人の身柄を確保しなければならない。二つの事件の真相解明の為にも――そして、罪を犯した二人を罰する為にも。
「時に、セージ殿下。貴国では、古代兵器強奪事件にはどのような対応をなさるのですかな?」
「我が国といたしましては、軍の一部の者で本件に対処する特殊部隊を編成します。犯人の行方が分からない故、情報収集が目下の任務となりましょう」
左様でございますか、と呟いた国王が、ナスタを見つめ、次にシュードを見て、眉間と額にこの日最も深い皺を刻みながら目を閉じた。その凛々しい顔が苦悶に歪むのを見た四人は、彼の心情を察せないままに次の言葉を待った。
やがて、瞼をゆっくり持ち上げたプレアデス国王は、現れた黒曜石のような瞳に強い光を宿し、重々しく口を開く。
「シュードよ。リリィと共にナスタを守り、女の指定した場所に向かうのだ」
「陛下!?」
「!」
「えっ!?」
国王直々の命令の内容に、シュードは思わず主の敬称を叫んだ。ナスタは目を丸くして袖を口元に当て、リリィは素っ頓狂な声を上げる。セージは息を呑み、何かを言おうとしたが開きかけた口を閉じた。
「女の狙いがナスタとあれば、いつまたナスタを攫わんとこの城に来るやもしれぬ。それならば、いっそナスタを外出させようぞ。それに、女がそこで待つと申すならば、どこにいるやも分からぬ女をむやみやたらに捜し回るよりも、可能性のある場所を当たる方がよかろう」
賊の戯言を信ずるのは癪だが、と不愉快そうに呟いた国王は、さらに続ける。
「女と対峙したシュードとリリィ、そなた達がこの件の捜査に適任であろう。そなた達はベテルギウスの件の場所へ赴き、女を捕らえて参れ。ナスタは城外に避難する間、シュード達と行動を共にし、本件の捜査に協力せよ」
シュードもリリィも、返事ができなかった。王家に仕える身分故に主の命令を拒否できず、かといって大命の拝受を即答することもできなかったのだ。リリィの狼狽え方はあからさまで、目を瞬かせて口をぱくぱくさせていた。二人、特にシュードはいくつもの疑問を抱いたが、王と国賓の御前であり、発言は、ましてや問いかけなど許されまいと、躊躇っていたその時だった。
「……セージ殿下、陛下……発言をお許しいただきたく存じます」
ナスタがおずおずと口を開いたのだ。
「も、勿論です、ナスタ殿下」
「申してみよ」
動揺が現れてしまったセージとは対照的に悠然と構える国王に、ナスタは進言し始めた。
「三つ程、疑問点がございます……。一つ目は、シュードとリリィ、私だけでは……この件の捜査は難しいかと存じます。二つ目は……明日の成人の儀をいかがなさるのか、ということです。三つ目は……」
そこで言葉を切ったプレアデスの姫君は一度視線を落として俯き、膝の上で握った拳を微かに震わせながら、再び顔を上げて躊躇いがちに訊いた。
「……何故、私に……ずっとお外に出るのをお許し下さらなかったのでしょうか」
最後の質問は、ナスタが長年抱えてきた疑問であった。彼女だけでなく、ナスタが王女だと知る者ならば一度は考えたことがあるだろう。シュードとリリィ、今しがた初めて会ったセージも、ナスタが隠される理由は何なのかと考えていた。そして、姫君の口調から察するに、彼女がこの問いかけをしたのはこれが初めてであったのだろう。ナスタは自分の軟禁の訳を尋ねることもしない、あるいはできないまま、成人の儀を迎えようとしていたのだ。
押し黙ることしかできないシュード達の前で、国王は一呼吸の間をおいて答え始めた。
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