第一章 十
「勿論、三人だけに任せるような真似はせぬ。我が国もこの件に当たる部隊を編成しようぞ。ただ、大勢で動くのは仰々しく、賊に気付かれても困るのでな。先陣をそなた達に任せたいのだ」
 プレアデス国王は穏やかに――いや、淡々と続ける。
「成人の儀は延期とする」
 あっさりと言い放ってしまうには重い決断だった。驚いて息を呑む四人を見ても、国王の真顔にしては柔らかく、微笑みにしては硬すぎる表情は微動だにしない。
「城を破壊し、姫の誘拐を企むような賊の侵入を許してしまった以上、この城は最早安全などではない。各国の要人に何かあっては困るのだ。この騒ぎは外に広まるのも時間の問題、国内外に不安をもたらすことは避けられまい。客人にはご足労いただき大変申し訳ないが、明日の成人の儀の執り行いはできぬ。それに、そなた達が動くのは早い方がよいであろう」
 ナスタの問いに答える前の一呼吸、そのわずかな間に、国王の態度が硬くなったように感じたナスタは、ただ消え入るように一言、「……はい」としか言えなかった。自らの問いかけが、ようやく訊けたこの質問が、国王の機嫌を損ねたようにしか思えない彼女は、睫毛を小さく震わせて俯いてしまった。
 国王の心情の変化に同じく気付いたシュードは、しかしながら発言できるわけもなく、身を固くしたまま国王の次の言葉を待つより他なかった。
 リリィは国王の変化に何となく気が付いたようではあるが、すっかり委縮してしまったナスタの方が気がかりなようで、彼女を心配そうに見つめる。それでも、やはりリリィも何も言えない。
 セージは国王がナスタの質問で気を悪くしたことを悟ったものの、唇を動かすこともままならなかった。まるで、プレアデス国王に見えない大きな手で捕らえられたようだ。国王はまだ口を開いていないのに、こちらは有無を言わさぬ静かな威圧に身も声も封じられてしまった。これが、一国の王の力なのだろうか。
 無言で圧をかけていた国王が、ナスタを見つめたままで一文字に引き結んでいた唇を開いた。
「三つ目の問いだが……」
 その声に、ナスタは恐る恐る顔を上げた。シュード達も一層体を強張らせる。
「その答えは、そなたが帰ってきた時に聞かせようぞ」
 その言葉に、ナスタは目を見開くこともできなかった。無表情のままで国王をしばし見つめ、それから再び俯いた。そこに、思わぬ言葉がかけられる。
「しかし……これは言うておこう」
 長年の疑問の答えの片鱗が聞けるのが信じられないと、あるいはその先を聞くのが恐ろしいと言いたげに、ミッドナイトブルーの髪の姫君は顔をゆっくり上げる。その彼女の前で、深緑の髪の近衛騎士は身を反らさんばかりに背筋をさらに伸ばした。明るい茶髪のヒーラーは一旦緩んでいた拳をぎゅっと握り直す。鮮やかな金髪の王子は喉を大きく鳴らして唾を呑み込みたいのを抑えて、この国の王女の秘匿たる所以が明かされるのを待った。
「ナスタ。そなたは、プレアデスを統べるルスタ家の唯一の娘だ。我が妻が雲隠れしてからは、後妻を娶らず、第一王女たるそなたを守ることを選んだ。そなたが王家のしきたり通りに武芸の稽古に励んでいようとも、不安は尽きることはない――故に、そなたを外へ出さなかったのだ」
 それを聞いて、ナスタは目を二、三回瞬かせた。国王の黒曜石のような目を見るが、彼女はすぐに目を顔ごと伏せてしまう。姫君の変わらない表情からは、感情の機微も考えていることも読み取れなかった。
 一方で、セージは一人納得していた。プレアデス王国王妃が十八年前に亡くなったのは周知の事実であったが、明日にも成人の儀を迎える予定だった王女が――十八歳の娘がいることは、幼い頃からアルデバランとプレアデスを繋ぐ使者として公務をしてきた自分も知らなかったのだ。未成年の王族を隠すしきたりに加え、一人娘ともあれば、城から出すのも恐ろしかったのかもしれない。
 神妙な面持ちのシュードと、「なるほど、そんなことがあったのね」と言うがごとく何度も頷いているリリィの前で、国王が一つ咳払いをして、
「改めて命ずる。シュードよ、リリィと共にナスタを守り、ベテルギウスの指定された場所へ赴くのだ。件の女を捕らえて参れ。よいな」
 プレアデス王家に仕えるシュードに、主君である国王の大命を拝辞することなど、初めから選択肢に用意されていなかった。内心では未だに引っかかることはいくつかあったが、一度目で拝することができなかった自分を恥じ、シュードは座布団から下がって畳に額がつく程に深く頭を垂れた。
「御意」
「は、はい」
 シュードに薬師袍(くすしのうえのきぬ)の裾を引っ張られたリリィは、自分も返事をするべきなのだと気付き、慌てて座布団の上から退いて畳の上で土下座した。
「……陛下の仰せのままに」
 最後に、ナスタも座布団より後ろの畳に座ったまま移動し、正座して三つ指を突きながら頭を垂れる。
 そこに、セージが口を挟んだ。
「ところで、陛下」
 三人が国王への最敬礼の姿勢を取る中、少々の気まずさを覚えたようで、その声色は困ったように控えめだった。その色を察知して自分に向き直ったプレアデス国王、座布団に座り直したナスタとシュード、シュードに背中をつつかれて慌てて同じように座り直すリリィを確かめてから、
「実は、私も祖国より、アルデバランでの事件の犯人捜索と逮捕の命を帯びております。よろしければ、皆様とご同行願えないでしょうか?」
 と、話を切り出した。
 この申し出に国王は驚いたようだった。シュードとリリィも目を丸くしている。ナスタは表情に変化が見受けられず、驚いたかどうかは分からなかった。
「我が国といたしましては、問題はございませんが……」
 顎に手をやったプレアデス国王の何か言いたげな風情に、セージは続きを促すように相槌を打った。それに応えるように、国王は自らの懸念を示す。
「アルデバラン国王陛下、セージ殿下のお父上様に了解を得ねばならぬのではありませぬか?」
 一国の王子であるセージの特に国外における行動は、到底勝手が許されるものではない。彼は成人の儀を済ませてはいるものの、やはり一国の君主たる父に許可を得なければ国外に出ることすらままならないのだ。
 あっ、と声を漏らしそうになっているセージに、国王は提案してきた。

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