第一章 十一
「セージ殿下、貴国と我が国を渡す伝書鳥(でんしょどり)の最速のものに文を遣わし、国王陛下にお返事いただいてはいかがですかな?」
――空に島々が浮かぶこのアズールでは、通信手段は限られている。相手が島の外にいる場合は特に、空船に乗るなどして空を飛べる者に手紙や書類を託すか、帰巣本能を利用して鳥に運ばせるのだ。持たせられる物の量と種類、飛べる速さと距離によって何種類かの鳥が選ばれているので、まとめて伝書鳥と呼ぶ。
セージは何か言おうとしていたが、プレアデス国王の提案に首肯した。
「そうしていただけると大変幸いです。誠にもって恐縮でございます」
「では、準備いたします故、殿下は別室にてしばしお待ちいただけますかな? 案内はナスタとシュード達にさせましょうぞ」
そう言うなり、国王はナスタとシュードとリリィにさらに命じる。
「ナスタ。シュードとリリィと共に、セージ殿下を藤の間にお通しせよ。――そなた達の出立は、殿下のご動向が決まるまで待とうぞ。今宵の内に旅支度を整えよ。後程、伝令の者を遣わす故、その際は指示に従うのだ」
「……はい」
「御意」
「は、はいっ」
三人が返事をしたのを確認して、プレアデス国王は頷いた。ようやく過度の緊張が解け、口元が幾分綻んだプレアデス国王に、セージも朗らかさを取り戻す。
「セージ殿下。準備が整い次第、使者を遣わします故、それまでどうぞごゆっくりなさって下さい。護衛の騎士と侍女が待機しております故、何かございましたらお言付け下さい」
「ありがとうございます。それでは、陛下、また後程お目にかかりましょう」
謁見の間を退室した四人は、城の南東部にある藤の間――各国の王族・首長をもてなす為の貴賓室の一つで、セージも何度も使ったことがある――へ向かうこととなった。
謁見の間の襖が閉められ、近衛騎士と侍女が二人ずつ「お供致します」と、四人の元へやってきた時であった。
「セージ殿下、ナスタ様。私がご案内致しましょう。どうぞこちらに」
と、シュードが申し出た。ナスタは客人をもてなすことはおろか、他国の要人に会うことも初めてなのだ。主である姫君を慮った近衛騎士の心の内を悟ったかどうかは分からないが、ナスタは、
「……頼みます」
と頷き、セージは、
「どうぞよろしく」
と、微笑んだ。
四人と近衛騎士達は、それきり無言であった。夕暮れ時の橙色の陽光と涼しくなってきた風が入る吹き抜けの渡り廊下を、黙ったまま歩いていく。城の中央にある謁見の間と貴賓室の集まる一角はさほど離れていないのだが、それでも四、五人の侍女や騎士にすれ違うと、向こうは必ず立ち止まって深々と頭を下げ、こちらに道を譲る。
先導するシュードの表情は、いつになく引き締まっていた。眉間に皺こそないものの、鋭い眼光と真一文字の唇、ぴんと伸ばした背筋からは一分の隙も伺えない。元々が凛々しい顔立ちではあるが、今の彼の顔は険しいと言った方が適切かもしれない。
セージの後ろを歩くナスタは、やはり緊張しているのだろうか。大きく変わることのない顔の中で、ほんのりと赤く色付く唇の端が心なしか強張っているようにも見える。
主と来賓に付き従うリリィは、握りこんだ手のひらに汗をかく程に緊張していた。彼女の頬は夕日を受けて赤く染まっているかのように見える。
三人と付き人達とは対照的に、セージは渡り廊下から見える庭を眺める余裕があるようだ。シュードの後ろを歩く彼は、口角を緩やかに上げている。堂々と、それでいてすれ違う者達に微笑んで会釈するのを忘れない優雅な振る舞いは、訪問に慣れているが故なのか、それとも硬くなっている彼らを和ませる為の気遣いなのか、はたまた他の意図があるのか。
ほどなくして、四人は藤の間に到着した。控えていた騎士と侍女に迎えられ、藤の花を中心に描かれた美しい襖が開かれる。座敷と掘り炬燵、その奥に置かれた白と藤色の几帳が目を引く室内に入ったセージが、くるりと振り返って、
「せっかくですから、皆様もどうぞ。少し、お話ししませんか」
と呼び止めたので、このまま辞そうとしていた三人は、遠慮する素振りを見せた。しかし、断るのも失礼だと思ったのか、ナスタが動いたので、あとの二人も戸惑いながら入室する。
茶と菓子を持ってきた侍女が下がり、襖が部屋の外の近衛騎士にそっと閉められた、その時だった。
「なあ、みんなの名前、もっかい教えてくんない?」
砕けた口調の持ち主は、人懐っこそうな笑顔のセージであった。それまでの華やかで礼儀正しい、爽やかな笑みのアルデバラン王国第三王子と、この台詞の主が、同一人物なのである。あまりに突然なことで、三人は固まってしまった。
それを見た彼は、首を傾げた後、
「ああ、急に敬語やめたら、そりゃあびっくりするよなー」
と、手をぽんと鳴らした。
びっくりどころではない、と言いたげな深緑の髪の騎士、袖を口元に当てているミッドナイトブルーの髪の姫君、目が点になっている明るい茶髪のヒーラーに、鮮やかな金髪の王子は、まあ座って、と座敷の上の藤色の座布団に腰を下ろすのを促す。我に返ったように動き始めた三人が掘り炬燵を囲むと、火と布団のない掘り炬燵の縁に腰かけたセージが話し始めた。
「いや、これから一緒に旅するんなら、仲良くなりたいなって思ってさ。オレ達、歳もあんま変わんなさそうじゃん? なのに敬語とか遣ってたら、目立つんじゃねえかなって思ってさ。急に悪いな。あ、君のことはナスタって呼んじゃうけど、いい?」
顔こそ苦笑いしているが、その口調からは悪意は微塵も感じられなかった。つい先程までの彼は、一体どこへ行ったのか。
自分達が一緒に旅に出るのはまだ確定事項ではない、アルデバラン王国の第三王子とはいえ、プレアデス王国の第一王女たるナスタ様に向かってその口の利き方と態度は――と、文句が頭の中で駆け巡って口を開けないシュードの前に座るナスタが、隣に座るセージに頭を下げた。
「……ナスタと……お呼び下さいまし」
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