第一章 十三
「プレアデスも捜査する、そんでシュード達が関わる、って話だったよな。じゃあ、オレ達アルデバランが掴んだ情報、先に共有しとこうぜ」
「よろしいのですか?」
「あー、また敬語……」
近衛騎士のシュードは幼い頃から礼儀を叩き込まれており、目上への態度を同僚などへと向けるようなものに変えるのは大変に骨が折れることなのだが、それを知る由もないセージは不満げに指摘した。だが、すぐに真剣な表情に改め、内緒話をするように口元に右手を当てて、声を潜めて話し出した。
「アズール・ブルーって名前のギルドがあるっぽいんだ」
――ギルドとは、アズールにおいては会社のような営利組織のことだ。同じ、あるいは似た業種同士で作られたギルドユニオンに加入すると、ギルド同士の協力、時には国家からの支援が得られる。例えば、鉱業ギルドユニオンと工業ギルドユニオンに加入している武具ギルドは、材料の金属を鉱業ギルドから買うか、仲介ギルドで収集を第三者に依頼して手に入れる。武具に必要不可欠な魔力の宿る石エレメントストーンを加工する石職人や魔陣師を、それぞれ石職人ギルドと魔陣師ギルドから雇う。完成した武器や防具を店で販売するだけでなく、傭兵ギルドに売る。どこかの王家御用達のギルドであれば売却先は国、といった具合だ。
正座の習慣が母国にないセージは椅子に腰かけるように掘り炬燵の縁に座っているが、椅子に座る習慣が広まっていないプレアデスに生まれた三人は、座布団に正座したままで話をじっと聞いていた。
「……まあ、そのギルドがあいつらのことじゃねえかもしんないし、これしか分かんねえんだけど」
「そうなの?」
思いのほか少ない情報に、目を丸くしたリリィが間髪入れずに聞き返した。
「あっ、そうなんですか? あれ、そう、な……の?」
素で返してしまった言葉をすぐに丁寧に言い直したが、セージとしたばかりの約束を思い出し、さらに直して、結局は訂正前に戻ってきた自分の台詞に、リリィは首を傾げた。
「ははっ、今のは言い直さなくてよかったな、リリィちゃん」
セージはリリィの様子に思わず笑い声を漏らした。しかし、すぐに顔を曇らせる。
「悪いな、アルデバランで事件が起きてからここに来るまでに時間がなかったんだ」
そんなことないです、と慌ててフォローするリリィの隣のシュードが、ここで口を開いた。
「セージ殿下。差し支えなければ、アルデバラン王国での事件について詳しくお聞かせ願えないでしょうか」
それを聞いて、セージの表情が強張った。俯いて薄い唇を噛み、激情を押さえつけようとするあまりに肩が震えている。そのあからさまな変わりように、リリィは痛々しげな顔つきになる。ナスタも隣に座るセージを気遣わしげに見つめた。シュードはすぐに頭を下げ、謝罪の言葉を続ける。
「大変失礼致しました、無礼をどうかお許し下さい。不都合でしたのなら、今の質問はどうかお忘れ下さいませ」
敬語を遣うのを止める気が全く見受けられない話し方に突っ込みを入れる余裕がないのか、セージは苦みの強くぎこちない笑みを浮かべた。
「……悪いな、今はまだ言えねえ。オレ達が一緒に旅に出るのがちゃんと決まったら、絶対話すから」
そこで言葉を一度切ったセージは、急におどけてみせた。
「まあ、このオレの勘は、オレ達は一緒に旅するって言ってるけどな!」
このアルデバラン王国第三王子は三人を心配させないように明るく振る舞っているのであって、この発言は本心ではないと、そうであってほしいと願いを込めて思い込むことにしたシュードは、「左様でございますか」とだけ返しておいた。
リリィが「勘なのね」と、苦笑いを浮かべようとした時、あるものが見えて驚きの声を上げた。
「セージ王子、お怪我を?」
その言葉に、シュードとナスタがセージに注目する。リリィはセージの体のある一点を凝視したままだ。
セージは三人の視線を浴びながら、この場にいる誰よりも驚いた顔をしていた。目を大きく見開いたままで二、三回瞬きをした彼は、眉尻を下げたばつの悪そうな表情に変わり、降参したように両手を上げた。
「さすが、王家直属のヒーラーだな。前髪で隠せると思ったんだけどなー」
セージは優美な曲線を描く自らの鮮やかな金色の前髪を右手でつまみ上げる。そこに現れたのは、白い額に歪な赤を散らした、真新しい擦過傷だった。面積は親指ぐらいのようだ。額を覆う程の長さと量の前髪ならば、一時的に隠すのは容易いであろう。リリィは髪の分け目からふと覗いたそれを見逃さなかったのだ。
「実は、アルデバランの事件の時に擦りむいちゃって。昨日の今日のことだから、どうしようもなかったんだよ」
「治癒術を使わずに済むなら、手当てだけの方がいいですもんね。お薬、塗りましょうか?」
「んー、頼もっかな」
「じゃあ、そのままにしてて下さいね」
そう言うなり、リリィは腰の鞄を開けた。ごそごそと探り、目当ての物をすぐに取り出すと、セージの横に移動する。「失礼します」と断りを入れてから、小さく丸めた綿を小さなピンセットでつまみ、茶色のガラスの小瓶の中身に浸す。
(夜中のアルデバランでの事件でお怪我をなさって、その日の内にプレアデスにおいでになるとは。古代兵器強奪の時に、一体何があったんだろうか)
薬液を傷に乗せるように塗るその手際は、とても良かった。てきぱきと手当てするリリィの後ろ姿を見て、シュードは改めて彼女がヒーラーであることを実感する。
(やはり、リリィは王家直属のヒーラーなんだな……それも、あの家の)
リリィの生まれた家にまで思考が巡ったところで、セージの「ありがとな」と感謝する朗らかな声が聞こえた。シュードは国賓の御前で私的な考え事など、と恥じて反省し、それまで考えていたことを頭の隅に追いやった。
「可愛くて手当ても上手いなんて、リリィちゃんってば、やるね」
片目を瞑らずとも魅惑的なアルデバラン王国第三王子の笑顔とさらりと放たれる誉め言葉に、プレアデス王家直属のヒーラーの頬がみるみるうちに赤く染まっていく。プレアデス王国の近衛騎士が一つ咳払いをすると、リリィは肩をびくりと震わせて大袈裟に驚き、そのまますごすごと元の席に戻った。
タイミングを見計らっていたらしいプレアデス王国第一王女が、ここで再び発言する。
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