第一章 十七
正午前の今日の空は青く澄み渡り、風も穏やかだった。
シュード達を運ぶ空船は、船室の前後に操舵室を一つずつと、その間に六畳の客室を二つ、給湯室とトイレ、倉庫をそれぞれ一つ備えていた。一行の他に、操舵手役の騎士が三人乗っている。
二つの客室を男女に分かれて使うことにした一行は、男性陣の部屋に集まっていた。畳の上で円卓を囲み、座布団に座っている。
「改めて確認致しますが、私達はベテルギウス共和国のアルバウィスの森へ向かいます」
シュードが説明を始めようとすると、左隣のセージが挙手して遮った。その華やかで端正な白い顔は、どういう訳か不満そうだ。
「おいこら、シュード。敬語はなしっつったじゃん」
唇を尖らせる金髪の王子に、深緑の髪の騎士は頭を抱えたくなった。同年代の若者同士がやたら丁寧な口調で話していれば人目を引いてしまう、という主張は理解できても、自分の主である一国の王女と隣国の王子に向かって気安く砕けた物言いをするなど、シュードが十年かけて培ってきた騎士としての大事な何かが砕け散る気がするのだ。もっともな言い分と騎士の誇りとの狭間で揺れ、言い返せずに固まってしまったシュードに、リリィが呑気に声をかける。
「シュウ? どうしたの?」
明るい茶髪のヒーラーとミッドナイトブルーの髪の姫君の視線を浴び、シュードは手で顔を抑えたくなるのを堪えつつ、一つの解を見出した。
(ナスタ様とセージ殿下に敬語を遣わない任務、だと思えばいいのか?)
任務よりも命令の方が実行できる気がする、などと考えていると、リリィがまたシュードを呼ぶ。「何でもない」と返し、深呼吸を一つすると、シュードは仕切り直した。
「では、失礼して。わた……俺達は、ベテルギウス共和国のアルバウィスの森へ向かう為、共和国本島の最南端の港町アルバレアで空船を降ります。飛行中は宿に立ち寄りつつ、町に到着まで七日間の予定です」
――空に浮かぶ島々を何の補給もなしに渡るには、このアズールは広すぎる。それに目を付けたのが、宿ギルドであった。各国の間に浮かぶ小島に宿を建て、行き交う人々に有料で休息と物資を提供しているのだ。今では離れ小島だけでなく、森の奥深くや草原のど真ん中など、集落から遠く離れた場所にも宿を設け、長距離移動する人々に大きく貢献している。
また、アルバウィスの森とはベテルギウスの中央にある大きな森のことだ。雪が年中積もり、鳥が翼を広げたような形をしているので、白い鳥を意味する古代語がその名の元になっている。チェルシーの言っていた「白い森」と思われる場所だ。アルバレアはアルバウィスの森と隣接しており、またプレアデス城のあるマイア島から最も近い港町である。
「んー、まあまあかなー」
苦笑いというには余裕のある、料理でも品評するようなセージの優雅な表情に、シュードはつい軽い苛立ちを覚えてしまった。自分に引け目があるから気に障るのだ、と文句を呑み込み、温和な顔を形作ろうと試みる。
「それはどうも」
「いや、そんなむすっとした顔で言われてもな」
シュードは微笑んだつもりだったが、笑顔には程遠い表情だったと指摘され、口元が引きつりそうになる。これ以上は話が進まない、と思い直し、話を無理やり戻した。
「……今夜はプレアデス領にある、宿ギルド『憩いの小屋』が運営する花緑青の小屋という宿に泊まる予定です」
「へえ、宿ギルド最大手か。色んな国とも契約してるとこだし、まあ間違いないんじゃね?」
「左様でございますね。それと、空船に乗っていようとも、魔物が襲ってくることがござ……あります。乗組員は空船の操舵手の三人のみでございます故、大変心苦しいのですが、セージ殿下とナスタ様にも撃退に参加していただくこともあるかと存じます」
シュードはセージの頬が膨らんでいくのを横目で確認しつつ、ナスタに顔を向ける。プレアデスの姫君はシュードの視線を受け、目を伏せた。
「……戦う……のですね」
「左様でございます。しかし、ナスタ様の気が進まれないようでしたら……」
「……いえ」
ナスタは首を横に振り、手を胸の前で組んだ。
「実戦経験はございませんが……足手まといにならぬよう……努力致します」
「御意」
シュードが座ったままで胸に手を当て、頭を下げたところで、セージの声が割って入った。
「じゃあ、敵が来るまで、お前のその口の利き方、徹底的に叩き直してやろうじゃねえか」
右の拳を左の手のひらに勢いよく打ち付けたセージに、シュードはただ理不尽だと思った。ぱん、と小気味いい音に頭を殴られた気さえする。
(俺の言葉遣いは、本来なら認められるものの筈なのに。ああ、もういっそ命じてくれ――)
葛藤のあまりに目眩を覚えそうなシュードの心境を慮ったかどうかは分からないが、リリィが「セージ王子ってば」と困ったように笑いながら会話に加わった。
「一週間もあるんですし、ちょっとずつでもいいじゃないですか。ね、ナスタ様?」
「……そう、ですね。セージ殿下。シュードは……九つの頃より、近衛騎士として育ちました。……急に言葉遣いを改めるのは、とても難しいことと……存じます」
女性陣に宥められたセージは、悪戯っぽく笑って両手を挙げた。
「リリィちゃんとナスタがそう言うんなら、しゃあねえな。ってか、二人もがっつりな敬語はやめてくれよ? 王子とか殿下とか様とか付けんのと、あと『御意』は最優先で直してくれよな。こういうの、町の人達がふざけて言ってんのは聞いたことあるんだけどさ、お前らのは何つーか、ガチでやばい」
そちらの言葉遣いの方が王族として「ガチでやばい」のでは、とシュードが心の中で突っ込みを入れていると、ナスタが小首を傾げた。
ALICE+