第一章 十八
「……がちで、やば……い?」
城の外を知らず、父王以外の者には最上級の敬語を遣われて育ったナスタは、丁寧な言葉遣いしか聞いたことがないといっても過言ではない。初めて聞く俗っぽい物言いの意味を理解できないのは致し方なかったのだ。発言した本人が「あー……」と気まずそうに曖昧な笑みを浮かべると、その向かいのリリィが右隣に座るナスタににっこり笑いながら、件の言葉の意味を教えようと口を開いた。
「ナスタ様、『ガチ』っていうのは――」
しかし、それはシュードの制止に遮られた。
「よさないか、リリィ」
「えー? どうして?」
「そのような言葉、ナスタ様は知らずともよいのです」
リリィは食い下がろうとしたが、ナスタはシュードの額に青筋が立ちそうなのを見て取ると、新たな話題を持ち出した。
「……戦闘の前に、皆さんの戦い方を……確かめておきませんか」
話を逸らしたがっていたシュードとセージが、ナスタの誘導に乗ってきた。
「左様でございますね。いざという時に連携が取れなければ、大事に至ります故」
「みんなの得意不得意は知っといた方がいいもんな。……シュード、『左様でございますね』も駄目だぞ」
「ぎょ、……はい」
「おし、まあまあだな」
「……私は、短刀と簪を得物としております。体術も心得ておりますが……魔術の方がお役に立てるかと存じます……」
「へえ、簪が武器なんて面白いな。ナスタは魔術は全部できんの?」
「はい……。一通りのことは……心得ております」
「すげえな、頼もしいじゃん。後衛寄りのマルチタイプ、ってとこかな」
――体術とは、体や武具を使った物理攻撃のことだ。属性の付加には多少の魔力を伴う。
魔術は魔力のみを使った技のことであり、四つに分類される。対象を攻撃するのが攻撃魔術、対象を守る、あるいは補助するのが防御魔術、対象の傷を癒すのが治癒魔術、そして特定の血統の者だけが扱える特殊魔術だ。それぞれ攻魔術、防魔術、治癒術、特殊術と略される。セージの言った「全部」、ナスタの言った「一通りのこと」、あるいはアズールで言われるそれらの言葉は、特殊術を除いた三種類を指す。
「オレは槍が武器だ。魔術は全然できねえけど、体術には自信あるぜ。前衛特化型なんだ」
「セージ王子は体術が得意なんですね。あたしはすごく苦手なんです。でも、魔術……治癒術と特殊術なら。あ、武器は杖です」
「リリィちゃんは霧の民のヒーラーだもんな。後衛特化型ってとこか。にしても、その杖、すげえな〜」
明るい茶色の瞳の王子が感嘆の声を上げると、深緑の瞳の騎士とミッドナイトブルーの瞳の姫君もリリィの右の手元に置かれた杖に注目した。
「左様でござ……確かに、とても大きなエレメントストーンでございますね」
「本当に……立派ですね」
焦げ茶色の瞳のヒーラーの杖は、木製の柄に金細工と霧の民の証の薄くて透ける水色の布があしらってあった。しかし、何よりも目を引くのは、杖の約半分を占める赤くて丸いエレメントストーンだ。直径三十センチメートルはあるそれは、このアズールでもなかなかお目にかかれない特大サイズである。鈍器のようにも見えるが、非力なリリィが両手で振り回せるというのだから、そこまで重い物ではないようだ。
「あたしの家に代々伝わる杖って聞いてます」
「それなら家宝にもなるよな〜。そうそう、シュードはどうなんだ?」
「わた……俺は体術を得意としております。魔術はある程度習得しておりますが、体術を主体としております。武器は長剣にございます」
「それなら、前衛寄りのマルチタイプってとこか。……すげえな、オレ達四人で組んだらめっちゃバランスいいじゃん!」
セージが顔を輝かせた、その時だった。
「――!」
慎ましく正座していたナスタが、突然リリィの後方にある窓をぱっと見るなり、わずかに腰を浮かせたのだ。
「ナスタ様?」
「ナ、ナスタ様?」
シュードとリリィが同時に姫君を呼ぶと、彼女は窓の外を見つめたまま答えた。
「……魔物の、敵意を持った声が……します」
突拍子のない返答に、セージが間の抜けた声を出した。
「ま、魔物ぉ? 全然聞こえねえけど……」
「あたしも、全然……」
リリィも困惑の声を重ねる。しかし、シュードは二人とは全く異なった反応を示した。
「操舵手に確認して参ります」
シュードにも魔物の声など全く聞こえなかったが、襲撃の意思のある魔物の接近が本当ならば迎撃しなければならない。何より、彼には主の発言を即座に否定することなどできなかった。
ナスタが頷くのを見たシュードが立ち上がると同時に、双眼鏡を首から下げた一人の騎士が部屋に駆け込んできた。
「失礼致します! 皆様、魔物がこちらに向かっています!」
「ええっ!?」
リリィが驚きの声を上げ、セージが目を見開く傍で、シュードは冷静に騎士に聞き返す。
「敵の種類と数は?」
「大型の鳥の魔物が二体です」
「了解。直ちに迎撃します」
素早く状況を把握したシュードは頷き、三人に向き直った。
「ナスタ様、セージ殿下、リリィ。船室の屋上に参りましょう」
「……はい」
「勿論です」
「わ、分かったわ」
客室を出た四人は、船室の外壁の梯子を伝って屋上に上がった。
――このアズールの空船は、魔物などに遭遇して戦うことを強いられた場合に備え、船室を一つにまとめて屋上に広いスペースを設けている。空の旅は戦闘ありきなのだ。そしてもう一つ、とある危険と隣り合わせである。
「皆様、足元にもご注意を」
「おう。リリィちゃん、ナスタ、落っこちないでくれよな」
「……はい」
「は、はいっ」
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