第一章 二十七

 姪と連れを見送ったランは、引き戸が閉められると息を吐いた。
(あの髪の長いお嬢さんはプレアデスの貴族様で、鎧の男の人達は騎士の方ね。リリィが王家直属ヒーラーになったのなら、あのお嬢さんと騎士の方々が一緒なのは分からなくもないけど……どうしてアルデバランの男の人と一緒にこんな所に泊まりにきたのかしら?)
「……あの子、変なことに巻き込まれてないといいんだけど」
 十一年ぶりに会った可愛い姪の身を案じた叔母は、空船の出発を告げる笛の音が鳴った後も引き戸を見つめていた。


「まあ、ギルドの証がブローチってのはよくあることだし、しゃあないって」
 空船の客室の一つ、男性陣が使うことにした部屋の中で、セージが眉尻を下げて笑いながら肩を竦めてみせた。
 ひとまずこの部屋に集まった四人は、先程のやり取りのことを話している。浮かない顔で自らの膝の上の握り拳を見つめるリリィを、シュードがフォローした。
「憩いの小屋はとても店舗の多い宿ギルドだ。あの女があの宿に泊まる可能性などとてつもなく低かったのに、本当に泊まっていたかもしれない上にランさんが覚えていてくれたのは奇跡のようなものだ。そう落ち込むな」
「そうそう、望み激薄だったのにそれっぽい情報が入ったんだぜ? めっちゃすげえことなんだぞ。だから気にすることないって、リリィちゃん」
「……そんなに言うなら、そう……なのかも」
 セージにも慰められたリリィは、ようやく視線を上げて一つ頷いた。
「そういえば、チェルシーって言ったっけ? どんな感じの薄い紫なんだ?」
「うーん……あっ、ナスタ様の簪の色に似てるかもしれませ……似てる、かも」
 リリィの言葉で三人の視線を受けたナスタは、ミッドナイトブルーの高々と結い上げられた長いポニーテールに挿した三本の簪の内の一本をすっと抜いて三人に差し出した。
「……この……花びらの部分、でしょうか」
 ナスタの両手に乗った簪は、プレアデス独特の六弁の花を模ったモチーフが使われていた。本体は菫の花のように鮮やかな紫色で、飾りの花の中央にクリームイエローのエレメントストーンがあしらわれている。花びらは青みよりも赤みがやや勝る、淡い紫色だ。
「左様でござ……そうですね、そのような色だったと記憶しております」
 セージに睨まれる前に言い直したシュードが、あの事件で侵入者の黄土色のローブのフードから零れた髪の色を思い出して首肯する。
「へえ、こんな髪の人間がいるのかー。見たことねえや」
「宿ギルドの受付の方が『見たことがない』と言うのですから、相当珍しい色なのでしょう。どこにいても目立ちそうですね」
「確かにそうね。ベテルギウスの町で訊いたら、見たって人に会えるかも」
「だよなー、これならすっげえ人混みでもすぐに見つけられんじゃね?」
「……不思議な色、です」
「分かるぜ、何つーか、神秘を感じるよな。なあなあ、ランさんが言ってたけど、そんなに美人だったの?」
「えっ?」
「……フードを被っていたので、お顔は……分かりませんでしたが……」
「そうなのかー、気になるとこなんだけどなー」
 シュードは話が妙に盛り上がってきたのを察知し、この話題を締め括ろうと口を挟む。
「……あの女の指定した場所はアルバウィスの森の中央ですから、アルバレアで出くわすことは考えにくいですが……もしも紛れていても、発見は容易でしょう」
 プレアデスの騎士は、昨日から話そうと決めていたことを持ち出した。
「ところで、皆様の属性を確認しておきませんか」
「属性?」
 プレアデス王家直属ヒーラーがきょとんとする向かい側で、アルデバランの王子がぽんと手を打った。
「あー、そういや、話してなかったな」
「はい。皆様の属性を把握しておけば、こちらに有利な戦闘ができましょう」
 それを聞いたリリィの顔が、あからさまに曇る。セージはその様子を見た上で、自分の属性を明るい調子のままで明かした。
「オレは火属性だ。リリィちゃんは、霧の民だから水かな?」
「は、はい。あたしは水属性です」
「わた、……俺は地属性にございます」
「……私は……風属性……です」
 ――属性とは、このアズールにおいて魔力を持つ全ての生き物と無機物が持つ魔力の分類方法の一つだ。生まれ持った魔力の属性は常に一種類であり、それには火、水、風、地、光、闇、雷、氷、無の九つがある。この内、火と水、風と地、光と闇はそれぞれ反発し合う特性があることが判明している。しかし、無属性でありながら水属性に耐性を持ち火属性を弱点とする種族の存在など、未だに不明なことの方が多い。
「オレ達、みんな被ってねえのな! お互いの弱点はフォローし合おうぜ」
「勿論です。良い機会ですから、皆様が扱える属性も知っておきませんか」
「おっ、それも大事だな。オレは火、光、闇、雷、無のができるぞ」
「あたしは水と、風と、地と、氷と、無属性です」
「わ……俺は体術ならば全ての属性を扱えます。魔術は火、地、闇、氷、雷、無属性のものを会得しております」
「私は……魔術でしたら、全ての属性を……心得ております。体術でしたら……風と、光と……無属性のものを……使用できます」
「マジで? シュードもナスタも、すっげえな」
「シュウもナスタ様も、全部の属性が使えるんですか!?」
 シュードとナスタに、セージの目も口も開かれた顔と、リリィの羨望の眼差しが向けられる。
 ――魔力の属性は、使用者の意志と技術で変更が可能だ。だが、異なる属性、特に相反する属性に変えることは難しい。火属性のセージが水属性を、また水属性のリリィが火属性を扱えないのは、このアズールにおいては珍しいことではない。自身が生まれ持った属性しか使用できない者も少なくないのだ。むしろ、反発し合う属性があるのにもかかわらず全ての属性の魔力を使えるシュードやナスタの方が少数派である。
「二人共、頼もしいなー。水属性と治癒術は任せるぜ、リリィちゃん」
「は、はい!」
 セージに笑顔で片目を瞑られたリリィは、頬に紅葉を散らして裏返った声で返事をした。あからさまに高くなった自らの声音にさらに赤くなると、取り繕うように席を立とうとする。
「あっ、あのっ、お茶淹れますね!」
 棚をごそごそと探る華奢な背中を眺めていた金髪の巻き毛の王子が、何かを思い出したような短い感嘆詞を漏らした。
「なあなあ、みんなはベテルギウスのことどれぐらい知ってんの?」

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