第二章 三
 リリィのインナーは濃いオレンジ色だ。太腿の半ばまでの丈のニットワンピースはオレンジ色と黄色を基調としていて、胸元の山吹色と黄色のボーダーが鮮やかである。足元はこの寒いのにズボンを穿かず、茶色のブーツの上に膝を包む淡い黄色に鮮やかなピンクのリボンが可愛らしいもこもこの毛糸のレッグウォーマーを被せただけである。臙脂色の革紐のベルトの両端には濃いオレンジ色の毛糸のポンポンがついていた。ワンピースより少し長い丈のポケットのないコートの表は生成り色、裏は濃いオレンジ色で、フードに通した臙脂色の毛糸の先には橙色の毛糸のポンポンが揺れている。頭には淡い黄色とオレンジ色の毛糸の帽子、それと霧の民の証であるいつもの髪飾りがある。髪は鮮やかなピンクの毛糸のポンポンがついた赤いリボンでおさげにしていた。
 セージは真っ赤なインナーに、胸元の赤いラインが目を引く暗い灰色と明るい灰色の太腿の三分の一程の丈のニットチュニックだ。臙脂色の革紐のベルトを巻き、デニムを思わせる明るい青のズボンを穿いている。ブーツは臙脂色で、履き口は白いファーがぐるりと包んでいた。ふくらはぎの半ばまであるロングコートの表は黒、裏はニットの二色の灰色の中間の明るさの灰色で、身頃のポケットにはベテルギウス特産の白い菱形のエレメントストーンのボタンが飾られている。赤と黒の毛糸と白いファーの帽子、それに臙脂色の手袋も身に着けた。
 服屋の女主人に礼を言って代金を支払った一行は意を決し、外に出る。すると――
「わあ、あんまり寒くない気がする〜!」
 異国の服にはしゃいでいるリリィは、その暖かさを実感して喜んだ。吐息は相変わらず白く凍りそうだが、纏う服が防寒仕様というだけでこんなにも体感温度が違うものなのか。
 シュードは興奮しているから寒くないのでは、と突っ込もうとしたが、それを呑み込んで三人に向き直る。
「アルバウィスの森と、あのチェルシーという女の情報を集めましょう」
「待って、シュウ、あの子のこと……」
 眉尻を下げるリリィにシュードが頷こうとした、その時だった。
「ねーねー、そこの金髪のお兄さんと黒髪のお兄さん!」
 一行はすぐ近くからの突然の呼び声にぎょっとした。シュードが条件反射で三人を守るように、ナスタが身構えるように、リリィとセージが弾かれたように振り向くと、そこには自分達と変わらない年頃の少女が二人立っていた。ベテルギウスの服装の彼女達は「金髪のお兄さん」と「黒髪のお兄さん」と目が合うと、「きゃっ、二人共王子様みたいじゃーん!」「やだもー、超かっこいい〜!」などとやたらと黄色い声を上げる。快活そうな少女達は頬を上気させ、上目遣いと猫撫で声でセージとシュードに話しかけてきた。
「お兄さん達、ここの人じゃないんでしょ? さっき、寒そうな恰好してたもん」
「あたし達がこの町を案内したげる! 遊ぼーよー?」
 異国の地でまさかこういう類の声をかけられるとは思わず、シュードの眉間には思わず皺が刻まれる。口ぶりから察するに、彼女達は自分達が服屋から出てくるまで律義に店の扉の脇で待っていたというのだろうか。
 ナスタは咄嗟にシュードの後ろに隠れてしまい、様子を窺い見る美しいが無機質な顔にはわずかながら困惑の色が見てとれる。何が起きているのか全く分かっていないようだ。リリィは自分達と――少女二人と一緒にいる青年二人を誘ってきた異国の少女達の大胆さに、目を丸くして固まっている。セージは目をぱちくりさせていた。
 シュードは自らの背のナスタを左手でそっと庇いながら、にべもなく返す。
「いえ。連れがおりますので」
「えー、どーしてもダメー?」
「お兄さん達みたいな外国のかっこいい人とデートしてみたくって、あたし達、頑張って勇気出したんだけどな〜」
 硬い声色で簡潔に断ったにもかかわらず食い下がる少女達に、シュードは「こちらにおわす方をどなたと心得るか」と一喝したくなった。よりにもよってナスタの、プレアデス王国第一王女の御前でかような振る舞いをするなど、斬り捨てられたいのかとさえ思う。姫君が北の大国に来るのは初めてだというのにこんな軽薄な言動で、こちらのベテルギウスの民への心証を悪くしたいのか。そもそも、ナスタとリリィの姿を見ていなかったのか、ナスタ達の存在を把握して尚自分達に誘いをかけているのならば一体どういうつもりなのか。「王子様みたい」という文言も引っかかる。容姿から貴公子を連想しただけなのか、まさかセージがアルデバランの王子だと把握しているのか、だとすればこの二人の目的は何なのか――頭の中で駆け巡る数々の文句をぐっと抑え込み、切れ長の目にゆらりと怒りを宿すシュードの後ろのセージが、ここで口を開いた。
「オレでいいなら、ちょっとだけ遊ぶ?」
 至極にこやかに返したセージの言葉に、シュードとリリィは耳を疑った。今、このやけに眩しい笑顔のアルデバラン王国第三王子は見知らぬ少女達の誘いに承諾の返答をしたのか。この御仁の正気も疑わざるを得ない。
「な、何をおっしゃ――」
 狼狽えて問い質してくる深緑の髪の青年の口を、金髪の青年はぱっと右手で塞ぐ。そのままアルバレアの少女達に顔を向けると、悪戯っぽい面持ちで左手の人差し指を唇に当てて片目を瞑ってみせた。
「ただし、マジでちょっとだけだぜ?」
 その返答と仕草に、二人の少女は歓声を上げた。
「きゃあっ、マジー!?」
「ちょっとでもいいよー、遊ぼ遊ぼー!」
「じゃ、ちょっと行ってくっから。そーだな、五時にここに集合なー」
「お待ち下さい! 何かあっては――」
 一方的に告げたセージはシュードの制止も聞かずに、両手をそれぞれ少女達に引っ張られながら駆けていき、町の奥へとあっという間に消えてしまった。

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