第二章 五
「ナスタも食べてみなよ、口に合うかな」
 きらきら輝く明るい茶色の目の王子に、ガラスのように無機質なミッドナイトブルーの目の王女が返した言葉は。
「……立ったり歩いたりしながら、飲食をしても……よろしいのですか……?」
 小首を傾げて大真面目に尋ねるナスタに虚を突かれたセージは一つ瞬きをすると、屈託のない眩しい笑みを浮かべた。
「今ここでじゃなくてもいいぜ。宿がいいかな? よかったら、後で感想聞かせてよ」
「……はい」
 ナスタがこくりと頷いたのを見届けたセージは、今度は深緑の目の騎士に嬉々として話しかける。ぶんぶんと勢いよく振るふさふさの長い尻尾が見えるようだ。
「シュードもどうだ? 遠慮はいらないぜ」
「い、いえ、私も後程宿にていただきます」
 シュードは気圧されて咄嗟に無難な答えを返したが、セージは気を悪くすることもなくにかっと白い歯を見せた。
「そっか、じゃあ後で美味かったかどうか教えてくれよな」
「ぎょ……はい。それもそうですが、でん……そちらはいかがでしたか」
「おっと、そうだったな」
 セージはなかなか口調を砕けないシュードに咎めるような視線を送ると、三人に向ける表情を引き締めた。それに呼応してシュードがこの一時間半の情報収集の成果を事務的に述べる。
「チェルシーの目撃情報は三件ありました。正確さに欠ける証言ばかりでしたが、あの者が最近この町に立ち寄った可能性は高いです」
 プレアデス王国出身の三人は、件の女を見たという三人が口を揃えて薄紫色の髪を物珍し気に、ついでに女の妖艶だという美貌を男女問わずうっとりと話していたのを想起するのと同時に、まだ見ぬチェルシーの顔をぼんやりと思い描いた。
「そっか、オレはチェルシーのことは掴めなかったんだ」
 そう言って頷いたセージの顔が、半分程ここにあらずといったものをしていた。彼の視線がやや上を向いていることを踏まえると、会ったことのない薄紫の髪の女に想像をたくましくしているのであろう。そういえば、このアルデバランの王子は数日前にチェルシーの顔の話題に妙に食いついていた。
 シュードは頭の中で上手く描けなかったチェルシーの想像図を押しやり、報告を続ける。
「アルバウィスの森に関してですが、中央部にも憩いの小屋の宿があるそうです。あのギルドは森の中に複数宿を構えております故、件の女の指定場所を特定することはできませんが、目的地は大分絞られたのではないでしょうか」
「じゃあ、とりあえず、憩いの小屋を回ればよさそうだな。森の中をひたすら探しまくる、ってのはしなくて済みそうだぜ。助かったよ」
 尋ね人を探してあてもなく彷徨うには、土地勘もない極寒の森の中は厳しすぎるであろう。これなら捜索はいくらか楽になりそうだ。地元の人の案内があったら助かるんだけどな、などとリリィは密かに思っていた。
「そうそう、あの水色……空色かな? あの子、この町の子みたいですよ」
 リリィが先程の少年について触れると、セージがどういう訳か得意気な顔つきで胸を張った。
「へへーん、オレはさらに詳しい話を聞いたぜ。アルバレアの町はずれ、それもアルバウィスの森に繋がる道の家の子だってよ」
「そうなんですか!?」
 明るい茶髪のヒーラーの反応に、金髪の巻き毛の王子はますます鼻高々、といった様子だ。
「カトレアさんっていう歳の離れたレディと二人暮らしらしいぜ」
「お母さんじゃないんですか? お姉さんとかでしょうか?」
「さあな、そこら辺は教えてもらえなかったんだ」
 あの空色の髪の少年の同居人の顔を勝手に想像し始めたリリィの隣で、ナスタが腰の鞄から取り出した少年の落とし物、ストラップの円筒形の飾りを見つめて目を伏せた。
「……」
「ナスタ様、いかがなさいましたか」
「……いえ……」
 何か気になることがあるのかとシュードが尋ねようとし、セージがシュードの口調を注意しようとしたその時、ふわりと白いものが一行の輪の中に降ってきた。
「わ、雪!」
 歓声をあげるリリィと共に、三人は空を仰いだ。やむを得ず二手に分かれて情報を集めたこの一時間半の間に、雲の重みが増していた。日が沈むだけではこんなに空が暗くならないとは思っていたが、いざ降り出したとなると話は別だ。
「皆さん、あの少年にこれを返しに参りましょう」
 早く目的を達成して宿に入らねば、皆の体が冷えてしまう。体に障ってはいけないからと、シュードは三人を促し、歩き出した。ナスタが踵を返したところで、セージがリリィにそっと耳打ちする。
「リリィちゃん、さっきは悪かったな。君にはこれもあげるよ」
「えっ?」
 そんな囁きと共に渡されたやけに可愛らしい小さな紙袋に、リリィは目を瞬く。お詫びの印ならミルクキャンディーなる飴をくれたではないか、と雄弁に語る顔のリリィに、セージが片目を瞑ってみせた。
「宿で開けてくれよ。気に入るといいんだけど」
 ぼふんと音が聞こえるような勢いで顔を真っ赤にしたリリィに、セージは「置いてかれちゃうぜ」と悪戯っぽく笑ったのであった。


 雪がちらちら降る中を足早に歩いて十数分後、一行は町のはずれの小さな一軒家の前に到着した。丸太を組んで建てられたこれはログハウスというそうで、屋根に積もった雪を落とす為に傾斜が急な造りになっているらしい。玄関らしきドアがやけに高い位置にあるのは、積雪対策であろうか。隣の家とはやや離れているが、庭が柵で繋がっているように見えた。
 シュードが先立って階段を慎重に上り、後ろにリリィ、ナスタ、セージが続く。鳥の巣箱のような郵便受けに掲げられた金属板の表札には、カトレア・セラフィーと書かれていた。セージ曰く、目的の家に間違いないようだ。深緑の髪の青年が扉にかけられた呼び鈴を鳴らす。軽やかなベルの音の数拍後にぱたぱたと軽い足音が続いたかと思えば、柊のリースが飾られた一枚板のドアが控えめに開けられる。拳一つ分の隙間から覗いたのは、チェーンロックと空色の髪、サファイアのような大きい目――あの小柄な少年だった。
「ん? キミ達は……」

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