第二章 十一
「何を言っているのさ、ボクも姉さんも戦えるよ。むしろ、ナスタとリリィは戦えるようにはとても見えないけど。セージも怪しいよ」
「えっ、そんなこと、ない……けど」
「んなことねえぞ、ちゃんと訓練してるって」
 疑わし気に目を細めたリコリスが見やった先のリリィはしどろもどろだった。自分がまともに戦えないことを偽れなかったのだろう。セージは唇を尖らせて否定する。ナスタは何も言わずに口元に袖を当てているだけだった。
「とにかく、キミ達を放っておけないよ。明日の朝、宿に迎えに行くからね」
 腕を組んで満面の笑みのリコリスの放った一撃に、シュードは頭を殴られた心地がした。レンガ造りの暖炉には火が点され、体の温まる異国の料理を食べたばかりだというのに、雪の降る屋外に放り出された気がする。それでも、シュードの口からは習慣のようにすらすらと遠慮がちな断りの文句が出てきた。
「いえ、そういう訳には」
「ああもう、これぐらいさせてってば。あのストラップ、本当に大切な物なんだよ」
 埒が明かないやり取りに、おずおずと口を挟んできたのはカトレアだった。
「えっと、シュード君。ごめんなさいね、無理を言ってしまって」
 困りきったように眉を下げて微笑むカトレアは、子どもに言い聞かせるような調子で続ける。
「この子にとって、あのストラップは……その……形見なんです。あれがないと……」
 赤茶色の髪の女性はそこで言い淀み、一旦口を噤む。数拍の間を置いて、ようやく探し出した言葉を紡いだ。
「……だから、お夕飯をご馳走したぐらいじゃ、全然足りないんです。ごめんなさいね」
 そう言われた上に寂し気に微笑まれては、四人は返す言葉が見つからなかった。再びこの場を支配する気まずい空気を、リコリスの明朗な声が裂く。
「ほら、そういう訳だから、明日はキミ達を迎えに行くからね。どこの宿なんだい?」
「あ、えっと、憩いの小屋だよ」
 思わず正直に答えてしまったリリィにシュードが雷を落とす前に、空色の髪の少女が満足げににんまりとした。
「憩いの小屋か、じゃあそこで待っていてね」


「約束だよ、忘れないでね。じゃあ、おやすみ」
「ごめんなさいね、みんな。明日はよろしくお願いします」
 その言葉と共に手を振るリコリスとカトレアに見送られ、四人は小雪の降る夜道を歩いて宿に着いた。ロビーでは船番でない二人の騎士が鼻先と頬を赤くした四人を待ちわびており、随分と心配された。そんな時間かとシュードが懐中時計を開いて見れば、針は二十時を差そうとしている。思っていたよりも長く厄介になってしまったらしい。事情を話すと、騎士達の表情は不安の色を濃くした。無理もない、一国の王女と王子が見ず知らずの一般人と食事を共にしたのだ。
 騎士達と一旦別れ、シュード達は予約してもらった部屋に入ることにした。シュード達がナスタ達を部屋に送るついでに、四人は女性陣の泊まる二人部屋で明日の予定を決める。
「なあ、明日の朝、どうすんの? シュード」
「リコリスとカトレアさんに、本当に一緒に来てもらう?」
 小さな机の前の椅子に跨るように逆さに座り、体の前にある背もたれに組んだ腕を置くセージの開口一番はこれであった。「リコリスとカトレアさんはどうすんの?」と言外に訊かれ、シュードが頭を抱えたい衝動に駆られたところに、リリィがご丁寧なことにセージの補足をするような質問をしてくる。シュードはリリィに落とし損ねた雷をここで鳴らした。
「……どうしてあんなことを言ったんだ。一般人を巻き込む訳にはいかないと、あれだけ言ったのに」
「ごっ、ごめんなさい……」
 自分の呟きがこの事態を招く後押しをしたことは分かっていたのか、明るい茶髪の少女は腰かけたソファーの上で小さくなる。深緑の髪の青年は頭の中で渦巻く文句の数々を主と隣国の王子の御前でぶちまける気には到底ならず、深いため息を一つ吐く。これまた小さな化粧台の前の丸太のスツールの上のシュードは、もう一つのソファーに慎ましやかに座すナスタにちらりと視線を送った。
「……やはり、お二人に同行していただくのは……危険では……」
 その眼差しを受けたミッドナイトブルーの髪の少女は、袖を口元に当ててやんわりと否定的な意図を控えめな声に乗せる。それを聞いたシュードが安堵したのも束の間、金髪の青年が嘆息を漏らした。
「地元の人の案内があると助かるのは事実なんだけどなー」
 その意見には、シュードもぐうの音も出ない。自分達が挑むのは異国の、それも雪に閉ざされた森だ。アルバウィスの森の中央までは徒歩で三日ぐらいだと宿の主人は言っていたが、それは恐らく雪国の悪路に慣れた地元の人々の所要日数である。開けた道があればまだいいが、あったとしても雪に埋もれた道を見失って逸れてしまえば遭難は免れない。いくら魔物と戦えても、目的地に辿り着けなければ意味がないのだ。「森に詳しい人が一緒だと安心」と言ったリリィの呟きは理に適っていたし、シュードも内心では存在をありがたく思っていた。
 それでも、二人を連れていくことに首を縦に振れないのにも理由があった。
「あの者は、単身プレアデス城に乗り込んでナスタ様を拐かそうとしたのです。私達と何の関わりもない一般人にも、何をするか分かりません」
 シュードの懸念を聞いて、今度はセージとリリィが黙り込む。実際にプレアデス城に忍び込んで派手に城の窓を壊し、白昼堂々と秘匿の姫君たるナスタを連れ去ろうとした女が、自分達をこの異国の地に呼び出したのだ。実行犯はチェルシーただ一人だが、事の企ては複数人であったと仄めかしていた。「北の大国の白い森の真ん中」で待ち構えているのはあの女だけではない可能性もある。このようなことをしでかす者が、シュード達と一緒にいるというだけで何も知らない一般人に危害を加えないという保障はどこにもない。それもまたあり得る未来なのだ。
 ぽつりと呟いたのは、リリィだった。
「やっぱり、二人に危ない目に遭ってほしくないな」

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