第二章 十三
「あのストラップは形見とのことでした。家名が異なる点はさほど有力な証拠にはなり得ませんが、二人の身体的特徴もまるで違います。親子、姉妹以外の親族にしても、あそこまで異なるようには思えません。何より、カトレアさんは言霊使いの証を何一つ身に着けていませんでした。そして、やたらと自分以外の言霊使いの存在を尋ねてきたということは……」
そこまで言うと、シュードはこの先を告げるのを憚られて一度言葉を切った。暖炉の火が爆ぜる音がやけに大きく聞こえる。
言霊使いの証の飾りがついたストラップをリコリスにとっての形見と称するのなら、少なくともリコリスは言霊使いの誰かと何らかの形で離れ離れになっているということだ。
また、リコリスとカトレア――リコリス・フルールスとカトレア・セラフィー、同居している二人の家名が一致しないことは気にかかったが、親が異なるだけの同族同士の場合などもあるので強い説得力はない。
だが、リコリスの容姿は空色の真っ直ぐな髪にサファイアブルーの大きな目、カトレアは赤茶色のウェーブがかかった髪に若葉色の垂れ目の持ち主であった。眉が短く太いリコリスに対して、カトレアの眉は細めで長くもなく短くもなく、といったところである。肌の色も、リコリスはシュードやリリィのように黄みを帯びて焼けていたが、カトレアはナスタやセージのように透き通るように白かった。体型も正反対である。片親が違う、あるいは前述のように姉妹よりも血の離れた親族の可能性も考えたが、それにしては外見上の共通点が全くない。
さらに、菱形と縁取りをあしらった円筒形のエレメントストーンの装飾品と長方形の革のポーチ――言霊使いの証の品を、カトレアはどこにも身に着けていなかった。誰が見ていなくとも一族の掟を守ってそれらを生真面目に持っているリコリスであれば、決まりに従わぬ姉を咎めているであろうし、カトレア自身も古くからの定めに反するような女性には見えない――カトレアもまた言霊使いなのであれば。
そして、二人は、特にリコリスは他の言霊使いに関する情報を求めていた。形見を所持していることと照らし合わせると、やはり彼女の望みは同族、それもストラップのかつての持ち主との再会ではないだろうか。
「……言霊使いは、青い髪と目、菱形の魔紋を持つと……教わりました。リコリスが言霊使いであることは……確かなのでしょう。そのリコリスと……カトレアさんが、血縁関係にあるのならば……カトレアさんは……いずこかに、青の色彩を持つ筈……です……」
袖を口元に当てて目を伏せるナスタに、シュードは深く頷いた。そう、確かにリコリスはナスタの述べた言霊使いの特徴に合致している。そして、カトレアには青い色がどこにもない。他人に見せることを忌み嫌われる魔紋ばかりは確認のしようがないが。
「仰せの通りにございます。つまり……何らかの理由で家族を失ったリコリスを、赤の他人のカトレアさんが育てている。そして、リコリスは同族を捜している。そういったところでしょうか」
二人はあえて言及しなかったが、根拠は他にもあった。このアズールでは、特殊民族はその血を守る為に同族間での婚姻をするのだ。その暗黙の了解を無視して特殊民族と非特殊民族の者が結婚することは全くない訳ではないが、逸話を孫子の代まで語り継がれる程にはごくごく稀なことであった。これを題材にしたお伽話や芸術作品もあるぐらいで、その話の結末は悲恋ばかりだ。その決まりを破る為には、相当な対価を支払うことが条件だとも言われている。それがどういったものなのかシュードは詳細を知らなかったが、その代償の重さ故に掟破りが続出しないことは承知していた。
「あのストラップは家族を捜す手掛かりなのかもしれません。故に、あのように執着しているのかと愚考します」
あくまで推量の域を出ない仮説であったが、何の因果か出逢った二人の抱えるものに、深緑の目の青年とミッドナイトブルーの目の少女は沈黙してしまった。もしかしたら、二人は本当に血縁関係にあり、カトレアには言霊使いの身体的特徴と能力が発現しなかっただけなのかもしれない。これは悪趣味な想像に過ぎないのかもしれない。言霊使いの血が途絶えつつあるのは、二人の両親か誰かもそうしたように同族同士の結婚を拒んだ者が多いからかもしれない。そう思いたかったが、いざ口にしてしまうと事実のような気がしてしまう。
罪悪感とこの空気をどうにかしたくて、シュードは話題を変えた。
「そういえば、ナスタ様は言霊使いのことをどちらで?」
そう尋ねると、どういう訳かプレアデスの姫君がちらりと近衛騎士を見やった。彼女はシュードの目を見なかったが、どこか咎めるような視線だったのは勘違いであろうか。
「……様、と、付けてはなりませんよ、……シュード」
「……失礼いた……す、みま、せ、ん」
シュードはつい先程までとは違う理由で頭を抱えたくなった。近衛騎士見習いになってから、つまりナスタを主と定めた時から十年経つのだ。その間、プレアデス王国第一王女を姫、ナスタ様と呼ばない日はなかった。そう呼ばないという選択肢は初めから存在しなかったのである。その自分に、ある日突然現れた隣国の王子が出会った初日に強制したのが「ナスタとセージに敬称をつけるな、敬語を遣うな」である。すべきことは明確なのに、頭では分かっているのに、シュードは「一体どうしろというのだ」と無様に叫んでしまいたかった。
「……やはり、そなたには……難しいですか」
姫君の平らで静かな問いかけには、近衛騎士を案じるような響きがあった。いや、あるとシュードは思いたかった。幻聴にも希望を見出してしまったシュードは、今度こそは光明に縋ろうと手を伸ばした。ソファーから静かに立ち上がると、ローテーブルの横でナスタに土下座を――プレアデス王国における王族への最上級の敬礼の仕草を恭しくした。寸分の隙もなく、それでいて気品のある所作で敬意を向けられたプレアデス王国第一王女は、急なことにゆっくりと目を瞬いた。
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