第二章 二十一
憩いの小屋で待っているのならば、建物の中か外か。そもそも、小屋とは何を指すのか。ベテルギウスに向かう空船の中で、散々四人で考えて話し合った末に導き出された自分達の推測に、急に自信が持てなくなってきた。
――北の大国の白い森の真ん中にいらっしゃい。そこの小屋で待っていてあげるわぁ――
あの間延びした甘ったるい口調の台詞を思い起こすと、確か憩いの小屋とは明言していなかった。人目に付くのを避けるのであれば、資材置き場のような小屋であっても不思議ではない。しかし、仮にそうだとしても、派手な外見の建物だとか道沿いにあるというのならば話は別だが、粗末な造りのものが鬱蒼とした木々の間にひっそり建っていたら発見は難しいだろう。わざわざ自分達を呼び出したチェルシーが、再会の望みが叶いそうにない場所を指定するだろうか。
それに、宿ギルド憩いの小屋を「小屋」と略して呼ぶ者はいる。シュードは同僚が「次の遠征任務では小屋の食事が唯一の楽しみだ」などと零していたのを何度か聞いたことがあるのだ。それはリリィも、そしてどういう訳かセージも町中で聞き覚えがあると頷いていた。
そもそも、あの女は白昼堂々プレアデス城に単身忍び込んだ挙句ナスタの私室の窓を攻魔術でぶち破るという派手な立ち回りをしたのだ。他人の視線など意に介さないかもしれない。
これらのことから、四人は王女誘拐未遂犯の言うところの「小屋」とは憩いの小屋を示していると結論付けたのである。だが、それは本当にチェルシーの真意なのであろうか――。
深緑の髪の青年は疑い始めてはきりがないと分かってはいるものの、真面目くさった顔の裏であれこれ考えて一人迷う。そんな彼に、ミッドナイトブルーの髪の少女の隣の空色の髪の少女が出発を促す。その幼い声に答えたシュードは、顔も知らぬ謎の女の思惑をどうにか読もうと心に決め、歩き出したリコリスとカトレアに続いたのだった。
魔物との戦闘をこなしつつ森を北上していく一行は、目的の憩いの小屋を見つけて飛び込んだ。それもその筈、外はすっかり暗くなっている。シュードの懐中時計の針はもうすぐ十八時を示すところだ。
一行がこの憩いの小屋に到着するのは一、二時間程早い予定であったが、遅延にはどうしようもない理由があった。体験したことのない深さの雪が積もった道を新品の靴で歩き続けた四人の足が早々に悲鳴を上げ、道中で何度か休憩を余儀なくされたのである。安全な休息の為にシュードが浮き上がらせた絨毯の上で四人は痛みを耐え、リコリスは見張りをし、カトレアは介抱して――それを幾度もしていると、ずっと曇っていた空が暗くなってきたのだ。シュードとリコリスが持っているランプを点けて灯りは確保したが、それでも魔物が棲む極寒の夜の森に長く留まるべき理由などない。足を引きずる四人を含めた一行の前に現れたのは、宿の窓から漏れる照明と玄関に飾られた大きなランプの光だった。まさに光明であったのだ。
一行は二人部屋を三つ取った。女性陣が同室に泊まろうとしたが、四人部屋はあいにく埋まっていたのだ。特にリリィが口を滑らせる危険性が低くなって却って好都合だと、シュードは内心で胸を撫で下ろしていた。六人は明日の目的地と出発時刻を決めつつ、疲れて凍えた体に染み渡る温かな夕食を噛みしめるように口にしたのだった。
早々に各自の部屋に引き下がり、入浴を手早く済ませたセージは膝下まであるブーツを脱いでソファーに腰かけると、厚い靴下に隠れた惨状を思い起こして嘆息する。
「靴下が分厚いのが助かるけど、やっぱ慣れない靴でこんな歩くもんじゃねえよな……」
仕方ねえけど、とセージが付け足す向かいで剣の手入れをするシュードも、この時ばかりは心の底から同意した。しかし、プレアデス出身の三人の革のブーツならばともかく、アルデバラン王国の靴は布製であった。踝(くるぶし)は隠れるとはいえ、防寒と防水の面で不安が募る。それに、ベテルギウスの靴には雪道でも滑りにくいように突起などのパーツが装着してあるのだ。靴擦れと安全のどちらを取るか悩ましい問題ではあったが、ベテルギウスの景色に溶け込んで身を隠すことも兼ねる為に四人は足を犠牲にしたのだった。創傷ができそうな部位にあらかじめガーゼを当てて包帯を巻いておいたが、果たして予防効果はあったのだろうか。
シュードが剣を鞘に収めながら「そうですね」と返すと、セージは何か思い出したような顔つきになった。
「そういやシュード、お前、ちょっと進歩したよな」
突然の褒め言葉をやけに嬉しそうに口にした明るい茶色の目の王子に、心当たりのない深緑の目の騎士は数秒の間を置いて聞き返す。
「……何のことでしょうか」
「ナスタのこともオレのことも、敬称つけないようにしてんじゃん。敬語レベルも下がったし」
「……ああ、そのことでしたか」
白い歯を見せて至極ご満悦といった笑みのセージの言葉に、シュードは合点が行った。そう、確かに言葉遣いを改められてきているのだ。まだまだ敬称をつけかけて妙な間ができるし、丁寧語よりも尊敬語や謙譲語の方が目立つが、それでもプレアデスから旅立った八日前よりは口調が砕けてきている。リコリス達に指摘されたこともないのだ。彼女達があえて触れないだけであるような気もするが。
(やはり、ナスタ様のご命令とあれば直せるものなのか)
「その調子でもっと素になってくれよな」
前日の近衛騎士と王女の会話を知る由もなくそう言ったセージは本当に喜んでいるようで、暖房もまだ本領を発揮していない部屋だというのに頬がほのかに紅潮していた。敬称と敬語の不使用は自分達の身分や関係を隠す為の偽装の手段に過ぎない筈なのに、ここまで嬉しがるのは何故なのだろうか。その真意を尋ねてもいいのだろうかとシュードが考えようとしたその時、ドアをノックする音がした。
「シュウ、いる? あたしよ、リリィ」
扉を叩いたのはヒーラーの名を名乗った、聞き覚えのある声の持ち主だった。シュードが返事をしてドアを開けると、そこにはリリィだけでなくナスタまで立っている。慌てて二人を部屋に入れて訪問の理由を訊けば、リリィからこう返ってきたのだ。
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