第二章 二十七
 真夜中の空の色の髪の持ち主と鮮やかな金の巻き毛の青年が王族だと知らされていないリコリスは、けらけらと笑った。見かねたカトレアが口を開こうとすると、それを見たのか見ていないのか分からない絶妙なタイミングでこう付け加えてくる。
「まあ、なるべく戦ってくれると嬉しいのは本当だけど」
 その一言に、シュードは頭を抱えたい衝動に駆られた。


 魔物との戦闘が終わって三十分程して、一行はアルバウィスの森に入ってから三つ目の憩いの小屋に到着した。時計の針は十一時を回る少し前で、すっかり空腹の六人と一体は昼食を済ませてから宿の従業員と他の利用客に聞き込みをした。だが、得られた情報といえばこの辺りが通常よりも二回りは大きな狼型の魔物の縄張りで、最近は特に凶暴化していて襲われる者が後を絶たないことぐらいであった。肝心の薄紫の髪の女の手がかりを掴めないまま宿を後にし、六人と一体は次の目的地を目指して再び雪道を歩いている。
「そういえば、もう恋の季節ね。だから話に聞いた狼さんは神経質になっているのかしら」
 先頭を行くリコリスの後ろのカトレアが、のんびりまったりとした調子で呟いた。明日のおやつでも決めているような口調は、凶暴な魔物を話題にするには何とも似つかわしくないものであった。
(恋の季節……繁殖期のことか、変わった言い方だな)
「へえ、ロマンチックで可愛い言い方ですね。何かいいなあ、オレも使っていいですか?」
 最後尾で警戒するシュードとカトレアの後ろを歩くセージが抱いた感想は、似て非なるものであった。提灯と釣り鐘だとか、月とすっぽんなどと表してもいいかもしれない。シュードは自分が所感をすぐ声に出す性質を持たないことに感謝しつつ、セージの自分のより余程豊かに思える感性と気の利いたことが滑らかに出てくる口にささやかな羨望を覚えた。だが、この感情も言葉にすることなく、真面目くさった顔で積雪を踏みしめる。
 セラピストの女性は照れたような素振りで柔らかく返してきた。
「そうかしら、私はいつも使う言葉なのだけど。いいですよ、セージ君」
「恋の季節かぁ、本当にそうですね。あの、あたしも真似してもいいですか?」
「うふふ、そんなに気に入ったの? どうぞ、リリィちゃん」
 リリィが同意したのは「恋の季節」が繁殖期を言い換えるのに適切な点なのか、セージの「ロマンチックで可愛い言い方」という表現がしっくりきたことなのか、どちらなのかは分からないが、ヒーラーの少女は「恋の季節」と確かめるように呟くと頬をほんのり桃色に染めた。
(それにしても、ここでもあの者の目撃情報が得られないとは)
 リリィの顔を見ることのできない最後尾の青年は彼女の変化に気付かず、成果を上げられない情報収集を思案する。あからさまにため息を吐くのに抵抗を覚えたので、代わりに鼻から出した長い息に不審と焦りを混ぜた。白い息はあっという間に消えていくが、感情は真顔の裏の心の内で膨らんでいくばかりだ。
「キミ達の捜している人、見つからないね」
 ぽつりと漏らしたリコリスの声は、シュードの思考を読んだかのようなタイミングであった。思わぬ偶然に、深緑の目の青年の返事がわずかに遅れる。
「……そうだな」
「そんなに落ち込まないでよ、宿の人が客の個人情報を守っているだけかもしれないよ」
 リコリスは言葉を返すのに空いた間が落胆から来たのだと捉えたようで、前を向いたままシュードを励ましてきた。思ったことを正直に口にするのに気が引けたシュードは、リコリスの気遣いをそのまま受け取る。
「……すまないな、貴方達を付き合わせてしまって」
「あら、気にしないで、シュード君。私達はあなた達のお役に立ちたいだけなんですから」
「そうだよ、お互い様じゃんか」
「……そうでしょうか」
 若葉色の垂れ目の女性とサファイアブルーの目の少女の言葉に、シュードの視線がミッドナイトブルーの長いポニーテールと明るい茶色のおさげと鮮やかな金のポニーテールを通り越して、先頭の少女のリュックサックに行く。そこにあるのは、北の大国に住む二人と一体が異国から来た四人に同行するきっかけとなったあのストラップだ。
(お互い様、か。元はと言えばこちらが迷惑をかけてしまった筈なのに)
 新しい革紐で修理された言霊使いの証のついたストラップは、シュードの気も知らずに揺れていた。


 魔物との戦闘を二回こなした一行は、かろうじて日が沈む前に四つ目の憩いの小屋に辿り着いた。
 痛みと怠さで重い足を引きずって受付で部屋を取った時に、思わぬ収穫があった。些細なきっかけで会話した女性四人組から、チェルシーの目撃情報を得られたのだ。礼として、隣町に商品を納めに行く途中だという彼女達から、やけに精巧な作りの白いうさぎの耳を模したカチューシャと尻尾が付いたベルトのセットを買ったのだった。
 夕食と入浴を済ませたシュード達四人は、男性陣の泊まる部屋に集まっていた。リリィが靴擦れの手当てをする為である。
「チェルシーの情報が手に入りましたね」
「やっと見かけたって人がいたな。オレ達が寄ってきた宿には泊まったりしてなかったのか?」
「うーん、どうなんでしょう。リコリスの言う通り、お宿の人が教えてくれなかっただけかもしれませんし」
 リリィが包帯の余分を鋏で切ると、セージが答えた。順番待ちをしているシュードは何事か考えているようで顎に手をやっている。二人の手当てが終わるのを待っているナスタは、自らの右の手のひらをじっと見つめていた。 
「でも、新しい情報を聞けましたよ」
 ヒーラーの少女は近衛騎士の元に移動して手を動かしながら話を続ける。
「えっと、薄い紫色の髪に緑色の目で」
「睫毛が長くて流し目がすげえ感じの半開きの緑色の目な」
「口紅と赤い耳飾りをしていて」
「かなり赤い口紅って話だったな、肌が色白だってのも聞いたぞ」
「背が高くって、綺麗な人で」
「スタイル抜群でお色気たっぷりの美人さんらしいな」
「上着は短くて、服は紫でしたっけ?」
「そうそう、かなり短いコートで、スリットがめっちゃ深い紫のロングワンピース。あ、生足ってのも言ってたよな」
「……セージでん……、どうしてそんなによく覚えてるんですか?」

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