第二章 三十一
「そうね、ここで備えておくのがいいと思うわ。勿論、シュード君達次第だけど……私達なら大丈夫ですよ」
負傷者の看護を依頼され、衣服の洗濯と一行の休養まで提案されては、シュードにも断ることはできなかった。迅速な任務遂行は言うまでもなく大切なことだが、旅に不慣れな姫君や隣国の王子の体調を管理するのも近衛騎士とヒーラーの重要な役目である。行く手に襲撃犯だけでなく凶暴な魔物までもが控えているとあらば、尚更であった。
「……分かりました。お世話になります」
一行は三階の二人部屋を三つ取り、一泊することにした。
六人は真っ先に遅めの昼食を済ませた。リリィとカトレアが交代で二階の六人部屋を見舞う間に、シュード達は一階の専用スペースで洗濯し、部屋で干すことにした。このベテルギウスでは日中ですら外で乾かすことは難しいらしく、現地の民であるリコリスに指摘されて大人しく室内干しを決めたのである。暖炉で火が爆ぜる部屋は乾燥していて、曇っている上に極端に気温の低い屋外よりも余程早く乾きそうだ。
自力で洗濯などしたことのなかったナスタとセージの分も洗おうとしたリリィとシュードだったが、セージに「ここに来る途中も二回やったから」と押し切られて、王族二人は人生で三回目の衣服の手洗いに挑戦したのだった。
一着ずつ残した予備を纏ったシュードは看護に向かうリリィを見送って、男性陣の泊まる部屋のソファーで考え事に耽っていた。遭遇するかもしれない魔物と、対峙する予定の謎の女との交戦に向けて戦術を練る。
(こちらの戦力は六人と一体。リリィは言うまでもなく回復の要だ。あいつの攻魔術はここでは弱点を突けないようだし、後衛で魔術に専念してもらうより他ないな。間違っても敵に接近させてはいけない)
――魔力が有する属性には、それぞれ耐性と弱点がある。自身の持つ属性と同じものに耐性を持つ他、火と水、風と地、光と闇はそれぞれ反発し合い、お互いに弱みとするのだ。
また、光属性は火と風、闇属性は火と地、雷は水と風、氷は水と地の性質をそれぞれ有する。これも相性に関わってくる事柄で、例えば光属性を持つ者は光の攻撃を大きく軽減し、火と風にも高めの抵抗力を持つが、水と地にやや弱い上に、相反する闇の攻撃は特に大きな打撃を受ける。
尚、無属性は一般的にどの属性の弱点も突けないが代わりにいずれの属性も弱点としないとされる。しかし、自身の持つ耐性に関しては例外が多数確認されているのが現状であった。
ベテルギウス共和国に棲む魔物は氷属性を持つか、無属性であっても氷属性に耐性を持つ種族が多い。氷は水と地にもやや強い為、水属性と氷属性の攻魔術を得意とするリリィでは効果的な攻撃が期待できないのだ。水属性であるリリィ自身も氷属性攻撃には抵抗力がある上に、一行の中で最も魔力防御力が高いのだが、体力も少なく打たれ弱かった。接近戦に持ち込まれては一溜まりもなさそうであるし、効果的な癒しの術を持つヒーラーを守ることがこちらの勝利への鍵でもある。
深緑の凛々しい目がベッドで布団を被っているナスタに向けられる。彼女はリリィが看護に行っても一人きりにならないように、この部屋に招いたのだった。横になるだけでも違うからとリリィに諭されてシュードのベッドに入ったが、姫君が眠れているかどうかは定かではない。
(ナスタ様は魔力の強さは飛び抜けて優れているし、攻魔術は全属性を扱われるから攻撃面での心配はない。補助も回復もお任せできる。風と光の体術もこなされるが……やはり、後衛で援護をお願いしたい。何としてでも俺がお守りせねば、万が一のことがあったらと考えたくもない)
ナスタは風属性であり、地属性成分を含む氷属性攻撃を受けた時の不安が大きかった。彼女の魔力防御力の高さはリリィに次ぐが、物理攻撃にはそこまで強くないのだ。そして、氷属性を持つ者は地属性の魔力を行使できることが多々ある。シュードはもしものことを想像しようとして背筋が寒くなり、目をぎゅっと瞑って脳裏に浮かびかけた最悪の事態を打ち消そうとする。
(そんなことにさせない為に俺がいるんだ)
プレアデス国王に賜った使命を自分に言い聞かせて気持ちを切り替えると、次はセージを視界に映す。これからの為にもいつでもお休み下さい、といった趣旨の声がけをすると、彼は「悪いな、助かるよ」とばつが悪そうに笑ってもう一つのベッドに潜っていったのだった。
(セージ殿下はこの地においては諸刃の剣のようなもの。難しいところだ。魔術は苦手とのことだが、俺の目が確かならばあの魔力の少なさでは疑いようもないな。ただ、火や雷、闇の体術は俺よりも威力が高い。動きはリコリス程ではないがナスタ様と同じぐらい、俺とリリィよりも俊敏であらせられる。物理的には堅い反面、魔術に対する守りが不安だが……前衛向きの方だ)
――このアズールに存在する魔力は、本来は目に見えないものである。しかし、その魔力を可視化できる能力を持つ者がいるのだ。素養を持つ者は生来、あるいは訓練すればスイッチで切り替えるように任意の時だけ魔力を見られる。
また、優れた者は魔力の存在の有無だけでなく、種類や流れ、作用までも視認できるが、そこまでの高精度な力を持つ人の数は少なくなってきている。そもそも、魔力を見ることができる者自体が減少しているのだ。かつては古代アズール人のほとんどが魔力を見られたようであるが、古代文明の終焉から千五百年経った現代アズールの人々の半分は生まれながらにして魔力の可視化ができない。
尚、この能力の発現の法則性は見つかっていない。例えば王族のナスタは一瞥しただけで魔力の種類も判別できるが、同じく王家の一員のセージは魔力を見ることすら叶わない。特殊民族の一つ言霊使いのリコリスは視認できる一方で、霧の民のリリィは苦手としているのだ。古の血を守り継いできた一族であろうとも、世代を経て魔力をはじめとする能力は弱体化しつつあるらしい。
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