第二章 三十二
 シュード自身は魔力を見る能力に恵まれ、彼自身の優れた分析能力と併せて城でも重宝される程であった。うさぎの耳のカチューシャと尻尾付きのベルトの仕掛けを、実際に装着する前に目視のみである程度見破ったのも彼だ。
 そのシュードが昨日の朝にセージを盗み見たのは、隣国の王子が有する魔力の量や質を確認する為であった。魔術を不得手とする人々のほとんどがそうであるように、この御仁もまた保有する魔力が少ないことを知ったシュードは、そのあまりの乏しさに驚いた。これでは体術に回すのが精一杯であることは想像に難くなく、魔術が苦手と自称するのも頷ける。そもそも、本当に魔術が行使できるのかと疑いたくなる程だった。
 そのセージは火属性の持ち主で、この北の大国で属性相性を考えるにあたって最も悩ましい存在であった。自身が宿す属性と同じ魔力を使った攻撃の威力はそうでないものより高く、火に弱い種族の多いこの地での彼は攻撃の主力と言っても過言ではないのだ。しかし、火は水と反発し合うが故に、セージの弱点もまた水、そして氷への耐性も低かった。さらに、氷属性を持つ人や魔物は水属性の魔力も扱えることが多いのだ。敵を効果的に攻められる反面、いつ大ダメージを受けるか分からない。そしてセージは体力こそ一行の中で最もあるが、魔力への抵抗力が極端に低いようである。前衛だからと言って敵の攻魔術を受けない訳でもなく、だからと言って魔術が不得手で体術が得意な彼を後衛での援護に徹させることもできず、最前線で戦ってもらうより他なかった。
 そこまで考えたところで、喉の渇きを覚えたシュードはソファーから立ち上がった。棚からカップを取り出し、麦茶のティーバッグを入れる。食堂で借りてきたポットから適温の湯を注ぐと、ソファーに戻った。
(リコリスは無属性。言霊使いが特定の属性に弱いと聞いたことはないが、どうなのだろうか。見た所、弱点はなさそうだが。動きは俺達の中で最も素早くて、それ以外の身体能力は良くも悪くも平均的だが……あの体格を考えると優れている方なのだろうが。それに、特殊術がある。相手の動きを止めることもできるし、治癒術に相当する技もあるのを見た。まだまだ未知数だが、今のところは後衛で援護に回るよりも前衛で臨機応変に戦うのが適しているのかもしれない)
 シュードは円を描くようにカップを揺らし、中身を混ぜて麦茶の滲出を待つ。ほのかな香ばしさが漂ってきた。
(カトレアさんも無属性。属性相性は恐らく心配せずともよさそうだ。セラピストなだけあって治癒術と防魔術は心強いな。攻魔術は今のところ植物を使った無属性のものを確認しているが、他の属性も使えるのだろうか。ただ、動きが遅いのが気にかかるな。リリィに似ているが、攻守共にあいつよりも能力が低いような気がする。必要に迫られて戦っているのだろうが、あまり戦闘に向かないのかもしれないな)
 二つのベッドと手元のカップの中身、それと暖炉に焼べた薪を気にしつつ、シュードの考え事は続く。
(ルージュは無属性だが、植物型の魔物だからな。幼体故に素の身体能力の低さに拍車がかかっているが、相手を高確率で麻痺させたり毒を与えたりすることができるのは強みだ。ドーリィローズは睡眠の花粉や逃走の為の花粉まで撒けると本で読んだが、ルージュはどうなのだろうか。攻撃性能はともかく、相手の弱体化に長けているから、カトレアさんと後衛で援護に回ってもらうのが良さそうだ)
 ドーリィローズは無属性だが、水と地に少しの耐性を持ち、火属性を弱点とする種族だ。ルージュも例に洩れず、氷属性攻撃への耐性は同じ無属性のリコリスやカトレアよりもわずかながら高かった。それでも食物連鎖の下部を構成する種族なので、カトレアの肩で彼女と息を合わせる分には心強いが、単独ではとても戦わせられない能力の持ち主である。
 深緑の髪の青年は寛いでいる筈なのに腰に佩いたままの剣の柄に触れる。手に馴染んだ柄の感触が、かえって王族二人を警護する緊張を和らげる気がした。
(俺は地属性。無属性の狼型の魔物が風属性を扱うとは聞いたことがないが、弱点を突かれる可能性は低いだろう。体術ならば全ての属性を扱えるし、攻魔術も水と風と光以外を使える。治癒術も一応できるが、回復はリリィ達に任せて俺は防魔術で守った方がいいだろうな。体術はセージ殿下の方が優れておられるし、攻魔術はナスタ様と比べるのも烏滸がましいし、リリィに及ばないかもしれない。防御能力は師範に褒めていただいたことがあるが……)
 幼い頃に自分を褒めてくれた師が瞼の裏に蘇ったところで、シュードは懐かしい姿にもかかわらず目を瞑って追い払おうとする。今は懐古の情に浸っている時ではないと思い直したくて、シュードは残酷な事実を口の中で呟いた。
(師範は十年前に亡くなったんだ、もういない)
 胸を穿つこの感覚は、何度言い聞かせても変わらずにシュードを襲った。それでも認めたくない自分がいるのは、師の遺体との対面も叶わなかったからであろうか、それとも――
(駄目だ)
 薄い唇を噛んだシュードは、麦茶を呷るように流し込んだ。ティーバッグが入ったままで十分に色付いていないそれは喉を潤したが、空しさが増しただけだった。
 もう一杯飲もうと、シュードは再び立ち上がって湯をカップに注ぐ。
(いずれにせよ、ナスタ様とセージ殿下をこの戦いに参加させることなどあってはならない。俺とリコリスが前衛、リリィとカトレアさんとルージュが後衛だな。あの人達には申し訳ないが)
 ソファーに座ろうとしたシュードの視線がベッドの上のナスタとセージに向けられる。ナスタは壁と向かい合って横になっているが、恐らく寝付けていないだろう。寝返りも打たず、足だけが時折もぞもぞと動いている。この部屋に共に滞在しているのは男性、自国の近衛騎士団二番隊副隊長だけでなく隣国の王子までもいるのだ。人見知りをし、警戒心の強い姫君が疲れていようがそう易々と無防備な様を見せるとは思えない。
 一方で、セージは仰向けで目を閉じていた。どうにも眠っているように見えるが――
「……んへへー……シュード……」

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