第二章 四十二
「本当にこんなとこまで来るなんて、お前らも暇なのかよ?」
開口一番が一行に喧嘩を吹っかけているような台詞の、遅れてフードを取った人物も、二十代か三十代の女であった。頭の右の高い位置で結い上げた鮮やかな橙色のサイドテールを飾るのは、無造作に結ばれた赤いリボンだ。太い眉は明るい茶色の目と同じように勝気そうに吊り上がっている。身長はチェルシーとナスタの中間といったところで、その身に纏うコートは表地が黄土色で裏地はほんのり黄緑がかった黄色のキルティングの膝丈のものだった。その下のニットチュニックは鮮やかな黄色の胸元に赤と橙色のラインと山吹色の折り返しが目を引くデザインで、インナーはコートのフードを絞る紐と同じく鮮やかな黄緑色だ。足元は深い茶色のズボンと、履き口に黄色のキルティング生地をあしらった黄土色のブーツという出で立ちである。総じて気の強そうな印象の女だ。
暇な訳あるか、わざわざ出向いてやったんだ、などと反論しようとしたシュード達が、口を縫われたように動きを止めた。茶色のリュックサックを背負うエリカの左手にぶら下がっている、もう一つの荷物に視線を奪われたのだ。肩紐の片方を引っ掛けてぞんざいに扱われているそれは、赤みを抑えたココアブラウンとバニラ色のバイカラーに、雪昌石とも呼ばれるベテルギウス特産の白い菱形のエレメントストーンがポイントについたリュックサック――ルージュをよく乗せていた、カトレアの物に間違いない。おまけに、開きっぱなしの蓋からはぴくりとも動かないルージュの巨大な花が見えているではないか。
悪夢のような衝撃から真っ先に言葉を取り戻したのはヒーラーの少女であった。
「あんた、カトレアさんに何したのよ!?」
「へえ、あの女、カトレアって言うのかい? ふん、さあねぇ?」
カトレアに何らかの危害を加えた犯人だと決めつけるリリィの糾弾にも、橙色の髪の女はにやりと笑うだけだ。あたかも推測通りだと首肯するような振る舞いに、セージも吼える。
「ルージュを返せ、カトレアさんもだ――お前もアズール・ブルーの人間か!?」
「おやおや、王子様直々のお出ましかい? セージ殿下」
憎たらしい口調のその返しに固まったのはセージだけではなかった。シュード達は勿論のこと、リコリスも幼い顔を困惑に染める。
「……シュード。どういうこと? こいつらが、キミ達の捜していた奴なのかい?」
訊かれた当人が答えに窮する前に、薄紫色の髪の女がころころと笑った。
「やぁねえ、ボクちゃんったら、お口が悪〜い。私はチェルシー、こっちはエリカっていうのよぉ。私達、アズール・ブルーっていう組織の幹部なのよ〜、よろしくねん」
あろうことかにこにこと自己紹介をしてみせたチェルシーに五人が何か返すよりも早く、エリカと呼ばれた女が噛みつく。目も眉もさらに吊り上げて、苛立ちを隠そうともしない形相であった。
「うっさいよチェルシー! 相変わらずお喋りだね、いい加減にしな!」
「んもぉ、エリカったら怖〜い」
言葉とは裏腹に微塵も怖いなどと思っていなさそうに身を捩るチェルシーの振る舞いが、ますます彼女の実年齢を不確かにする。年若い少女のような言動で、手練れの大人のように強かに相手を弄んでいるのが見てとれるのだ。シュード達を眼前にして尚繰り広げられる戯れに、一行はただ身構えることしかできない。そして、黙して待っているのは二人の後ろに控える人影もそうであった。フードを目深に被った灰色のローブ姿のその人物は、一体何者であろうか。
エリカに「いいから始めるよ!」と怒鳴られたチェルシーが、ようやく一行を――ナスタを見て、黒い革の手袋に包まれた左手を豊かな胸に当て、恭しく腰を折った。
「――遠路遥々、ようこそおいで下さいました、ナスタ様。早速ですが、どうかこの魔陣にお乗りいただけませんか?」
つい先程までの人を揶揄う態度とは打って変わって最早別人のようなチェルシーが指し示したのは、一行から見て正面よりやや右の、一見すると雪しか見当たらないスペースだ。だが、翡翠色の目の女が言ったように、そしてシュード達が見たように、そこには何らかの効果を秘めた魔陣が描かれている。
魔力の可視化と分析能力に優れた深緑の目が、たった五秒でこの直径二メートル程の魔陣の力を見抜いた。
「――ナスタ様を捕縛の魔陣にお乗せするなど、断る」
至極当然な答えでばっさりと斬り捨てられても尚、二人の笑顔は崩れなかった。硬い声に要求を突っぱねられて生じた感情よりも、シュードが極わずかな時間で魔陣の用途を看破したことへの興味関心が勝ったらしい。エリカが「へぇ」と舐めるような視線を寄越してきたので、シュードは悪寒を覚えつつも真顔で睨み返す。
「ナスタ様、セージ殿下、お下がり下さい」
シュードが低く小さな声で王族二人に形式上は請うた指示を出すと、プレアデス王国の姫君は大人しく従って五歩程退いた。だが、アルデバランの王子は槍を片手に臨戦態勢だ。最前衛に出ようとはしていないのがせめてもの救いか、と背後を横目でちらりと確認したプレアデスの近衛騎士は苦虫を噛み潰した心地で腰の得物に手をかける。リリィも杖を体の前で構え、リコリスは事情を呑み込めずともチェルシー達を敵と認定したように拳を握っている。
一触即発な空気をどう攻略しようというのか、橙色のサイドテールの女が尚もにやつきながら武器も取り出さずに応じる。
「何、やんのかい? 別にいいけどねぇ、嫌いじゃないし」
そこで一度言葉を切ると、底意地の悪そうな笑みに嗜虐の色が加わった。左腕をゆさゆさと振って、カトレアのリュックサックの中のルージュだけでなく一行をも弄ぶ。
「あの女もこいつも、お前らがくれるってんならアタイが色々と実験しちゃうしねぇ?」
「ふざけんな!」
あからさまな挑発にシュードは微塵も動じなかったが、セージは簡単に乗ってしまった。跳びかかって胸倉でも掴まんばかりの勢いで飛び出そうとした金髪の青年を、深緑の髪の青年が庇ったままの左腕と背中でどうにか引き留める。
「止めんな、シュード!」
「なりません、相手の思う壺です」
シュードが視線だけをすっかり頭に血が上ったセージに向けた、その時であった。
「人質取られてんだぞ、何を呑気に――うわっ!?」
「っ!」
「きゃっ!」
「!」
「!?」
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