第二章 四十五
そして、行使の速度も言葉を選ばずに表すと異常だ。弾丸の名を冠するこの系統の魔術は発動までの待機・発動後の硬直の時間も最短の部類に入るが、それでも二呼吸の間を置いただけで繰り返し放てるのはまずあり得ない。確か、得物に魔術に要する時間を短縮するピースを付けていると言っていたが、それでも計算が合わないのだ。複数個の装着で効果を重ね掛けしているか、姫君の特殊体質だとしか説明がつかない。
そのナスタが今度は無属性攻魔術〔トリプルバレット〕を繰り出した。三発の弾丸が狙い過たず命中すると、先程の亀裂が一面の半分に渡る程に大きくなる。次の一撃で破れると確信したナスタとシュード達は、エリカの非情な声を捉えてしまった。
「流石です、ナスタ様――しかし、お遊びはここまでに致しましょう」
何か仕掛けてくる、と五人が直感した時にはもう遅かった。ナスタの魔術も間に合わない。シュードの叫びなど、何の妨害にもならなかった。
「やめろ――!」
「――ナシュティアヴィーネ・ルスタ=プレアデス」
「――っ!」
チェルシーでもエリカでもない、少年と青年の狭間の年頃の男の声が、リリィにはどこかで聞き覚えのある何かを唱えた。すると、ナスタが声なき悲鳴と共に仰け反ったのだ。それだけに止まらず、壊れかけていた壁が瞬く間に修復されてしまった。
「ナスタ様!?」
「なっ、何したんだ!?」
「大丈夫かい!?」
(今のは……!)
リリィとセージ、リコリスが背後で動揺するのを聞きながら、シュードの視界が暗転した気がした。魔陣の作り手であろう人物が唱えたのは、プレアデス王国第一王女の真名――二番隊副隊長といえども一介の近衛騎士でしかないシュードが知る由もないが、彼女の家名であるルスタと国の名からそうだと悟った。ナスタとリリィしか知り得ない事実だが、プレアデス城で侵入者と対峙したあの時、どういう訳かあの女が諳んじてみせたのと一言一句違わぬそれだった。仕組みなど分からないけれども、今の真名を用いた魔術らしきものが姫君に何らかのダメージを与えたのは間違いない。
「……っ」
ナスタは眉間に皺を穿って額を抑え、檻の中でふらふらとよろめく。足が縺れた拍子にミッドナイトブルーの切り揃えられた前髪がかき上げられるように大きく乱れ、その奥に隠されていたものを曝した。
「!」
抜けるように白い額にあったのは、真紅の真円の模様だ。十中八九、彼女の魔紋である。血潮よりも紅く深く、そして鮮やかな色彩に目を奪われたのは、シュード達だけではなかった。明るい茶色の吊り目が瞠られたかと思えば、すぐに細められる。
「間違いないね――〔スリープポーレン〕」
すると、大量の眠りの花粉がたちまち鉱石状の檻の中に充満したのだ。密閉空間の中で避けられる筈もないナスタは魔力の障壁にもたれかかって立っているのがやっとのところを狙われて、袖で鼻と口を覆うのもままならない。防御できないのが祟ったのか、効き目が表れる数十秒が経過すると膝から崩れ落ちてしまった。白い大地に真夜中の空の色の長い髪が散る。その様は彼女の目元で黒い扇のように伏せられた睫毛にも似ていた。
「ナスタ様!!」
「お、起きて下さい、ナスタ様!」
「あいつ……! おい、ナスタ、しっかりしろ!」
「ナスタ!」
俯せに倒れ込んだナスタの意識は既になく、四人の叫びは姫君に届かずに早朝の極寒の森に空しく響くだけだ。治癒術やそれに等しい効果の特殊術を扱える者達が魔力による眠りから目覚めさせようと試みているが、どういう訳か先程から魔術も発動できないので為す術がない。
「どうしよう、魔術も使えないよ!」
「ボクもだ、さっきから試しているんだけど……」
「何だって!?」
「あの女の魔術とこの魔陣、やはり魔力までも封じているのか……!」
すっかり動かなくなってしまったナスタと何の抗いもできない四人を嘲笑うように、エリカが姫君の元へと歩み寄っていく。目視でナスタの昏睡を確かめると、ひらりと片手を上げた。何らかの合図を出したその途端、檻が輝き出したのだ。白い大地にそびえ立つような鉱石状の檻は、伏せていたナスタを浮き上がらせて直立姿勢にさせたかと思えば、直径二メートルの魔陣とほぼ同じ太さであった立方体が内包物に合わせて細くなっていく。次に、底面を六角錐に絞るように変化させて自らも宙に浮かんだ。六角柱の両端に正六角錐を一つずつ付けた形の檻の中で目を閉じるナスタは、琥珀の中の昆虫のように微動だにしない。
「ナスタ様達をどうするつもりだ!」
文字通り手も足も出ず、恫喝めいた詰問しか浴びせられないシュードに、エリカが嗜虐的な笑みを崩すことはない。ルージュが入ったリュックサックを乱雑に肩にかけると、橙色のサイドテールの女は水晶のような魔力の障壁を意味深長な手つきで撫でてみせる。
「どうって、こんな所で言える訳ないじゃないか」
そこにどのような意味が込められていようとも、敵がナスタ達に何かする心積もりを有し、一行を挑発していることに変わりはなかった。野暮だね、とでも言いたげなエリカのにやついた顔に、シュードは怒りのあまりに目眩を覚える。頭が沸騰寸前だ。
「ナスタ様を放しなさいよ! カトレアさんとルージュも返して!」
「彼女達に危害を加えるのならば、覚悟はいいな」
喚くより他ないリリィの隣で、セージが王族としての一面を現した。砕けた物言いで朗らかに笑っていたあのセージが、今は明るい茶色の目を燃やしながらも堂々とした口調で低く牽制する。縛めが飛び込んでいきたい衝動の枷になっているのか、動けないからこそかえって落ち着いていられるのか、余裕のなさから素顔が覗いたのか、その身に流れる血の気高さを以て狼藉を働いた不審者を威嚇した。
しかし、一国の王子の脅しすらもアズール・ブルーの女達は一笑に付してみせる。
「って言ってもねえ、セージ殿下? 今のアンタに何ができるって言うのさ?」
「うふふ……何の覚悟もせずにこんなことしている訳じゃないのよぉ、お・う・じ・さ・ま」
アルデバランの王子を含めた一行がぐっと詰まるのを見たチェルシーが、右肩を貸している荒い息のフードの人物の肩をぽんと叩いた。合図を受けて、その何者かが振り返りざまに右手を掲げる。すると、一行の目に信じがたいものが飛び込んできたのだ。
「い、一体どこから……」
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