第二章 四十九
(それが事実だという前提ではあるが、セージ殿下にお願い申し上げてエリカの身元をアルデバランで照会できるかもしれないな。あの女と組織の名前だけでは心許なさそうだし、もう少し特定できそうな情報がないだろうか)
シュードがアルデバラン王国第三王子殿下の得意気なご様子よりも敵の正体を掴む手段を考えていると、リコリスが改めて今後のことを切り出した。
「取り敢えず、スピカ王国の首都に行くんだよね?」
その問いにプレアデスの近衛騎士は素直に頷きかけたが、首の動きを止めて意志を尊重すべき御仁であるアルデバランの王子の顔を窺った。セージはそれを受けて、少しの間を置いてから深く首肯する。
「国に戻って態勢を立て直すより、オレ達だけでも先に追ってくのがいいと思うんだ」
「では、プレアデス国王陛下には私が報告と増援要請を致しましょう。殿下はアルデバラン国王陛下に……」
必要事項をすらすらと事務的に述べていたシュードであったが、中断せざるを得なくなった。セージの無言の圧が凄まじかったのだ。言うまでもなく、敬語の使用を不満だと訴える視線である。
「……国王陛下に、知らせて下さい」
シュードはできる限りの譲歩と改善を台詞の後半で示したが、明るい茶色の目のじっとりとした睨みは止まらない。白い頬は心なしか膨らんでいる。どうやらお気に召さないらしい。では、どう言えば合格なのか――解は何となく見えるが、それをそのまま口にするのはシュードの近衛騎士としての矜持が許さない。この葛藤に何度襲われればいいのか、板挟みのシュードは頭を抱えたい気分で硬直した。
そこで、リリィが唐突にリコリスを呼んだ。
「えっと……あ、あの、リコリス!」
「何?」
「えっとねー、その、うーんと」
呼びかけたはいいが何の問いかけもしない、いや、できないリリィを見て、深緑の髪の青年はぴんと来た。これは彼女なりの当事者に直接働きかけない仲裁だ。セージに責められる自分へ不器用ながらも咄嗟に出された助け船に、シュードはありがたく乗ることにした。
「リコリス、ここからスピカに渡るにはどこへ行ったら早いだろうか」
このメンバーの中で唯一のベテルギウスの民に尋ねれば、彼女はデクステアーラという町を挙げた。町名の由来はその位置で、白い鳥が南に頭を向けて翼を広げた形のアルバウィスの森、その右の翼という意の古代語が変化したそうだ。アルバレアとはいささか距離があるものの隣なのだと言うそこも港町らしい。ならば、スピカ王国行きの空船があるかもしれないし、なかったら乗り継げば済む話だ。そして、アルバレアからここまでは諸事情があったとはいえ六日かかったが、ここから隣町への所要日数は道中で何もなければ三日とのことである。さらに、リコリスは道案内もできると言っている。ここまで好条件が揃っているのに見過ごす理由などない。
「じゃあ、行こうか。今なら隣の憩いの小屋には辿り着けるだろうし」
そう言うなり立ち上がったリコリスを見て、三人は同時に同一の疑問を抱いた。彼女の言う「行こう」はどこまでを意味するのか――怪訝そうな当人に恐る恐る問えば、言霊使いはあっさり言ってのけたのだ。
「何を言っているのさ、姉さんとルージュとナスタを取り返すまでだよ」
予想通りの返答に、三人は顔色を変えた。
「駄目だ。君までこれ以上危険な目に遭わせられない」
何の罪もない一般人を巻き込んでしまった悔恨から即答したシュードに、リコリスは片手を腰に当てて目を据わらせた。
「何、ボクに指を銜えて待っていろとでも言う訳?」
瑠璃色のような深い青の目と素早い切り返しの鋭さに、シュードは詰まってしまった。先程の冷静さを著しく欠いた自分の言葉をそっくりそのまま使われては、上手く反論できない。
「あの、気持ちは分かるんだけど、本当に危ないんだよ? 見たでしょ、あんな奴らを相手にしなきゃいけないのよ」
「ボクの気持ちが分かるなら、一緒に行ってもいいよね?」
続いてリリィも何も言えなくなってしまった。こちらの言葉を的確に切り取って容赦なく突き付けるその巧みさと鮮やかさは、見た目の幼さとは裏腹に老獪である。
「いや、でも、家はどうすんだよ? 山羊とかいるんだし、お隣さんだって心配するだろ?」
「手紙を書いて事情を説明するよ。さすがに馬鹿正直には言わないけれど、世話を頼むのはこれが初めてじゃないし、お互い様だし」
セージの問いまでもが呆気なく一蹴されてしまう。言霊使いを説得する手札が早々に尽きた三人に、リコリスは満面の笑みを以て止めを刺した。
「ナスタが攫われたのにはボクにも責任がある。それに、ボク、外国に行って本当の家族を捜したいんだよね」
リコリスの本当の家族――容姿の全く異なるカトレアとリコリスの関係性を推測していた三人、特にカトレアから事情を告げられていたシュードは、白旗を上げるより他なかった。ナスタの誘拐における責任に関しては否と声を大にして伝えられるが、彼女の切なる願望を否定することはできない。
「……じゃあ、あたし達と一緒に来てくれる?」
真っ先に根負けしたリリィが問えば、リコリスは深く頷いた。
「悪いな、リコリス。よろしくな」
次にセージが申し訳なさそうに、しかし仕方なさげに笑えば、リコリスは悪戯っぽく歯を見せた。
「……カトレアさんとルージュ、ナスタ様を奪還するまでだ。危険だと判断したら、家に帰って待っていてもらうぞ。それでもいいな?」
最後に折れたシュードが念押ししつつ遠回しに了承すれば、リコリスは十二歳ぐらいに見える幼い笑みを咲かせた。
「うん、よろしくね」
満足げな空色の髪の少女、不本意ながらも心強い仲間を得て嬉しさを隠しきれない明るい茶髪の少女と金の巻き毛の青年に気付かれないように、深緑の髪の青年はこっそり嘆息した。リコリスが足手纏いなどとは到底思えない、寧ろ自分達がお世話になりそうな程には頼もしいのは確かだが、先の見えない旅になるのもまた事実であった。終わりが分からないのは肉体的にも精神的にも結構な負担である。外国の一般人、それも未成年者を同行させるのは気が引けた。しかし、ナスタとカトレア、そしてルージュを何としてでも奪い返し、輩を逮捕せねば――プレアデスの近衛騎士は強い決意と共に拳を握る。
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