第二章 五十一
(古代兵器を知るのは何もナスタ様だけではないんだ、古の禁忌が目的ならば存在が公でないあの方をわざわざ探し出して狙う動機としてはいささか弱いように思える)
プレアデス城での事件以来、幾度も考えれども一向に解を得られぬ疑問を独りで繰り返す。仮に謎の組織が古代兵器を求めているのであれば、その先の目論見がよからぬ内容らしいのは想像に難くない。使い方も正体も分からないのに国が管理し、忌むべきものと伝えられてきたその名が兵器なのだ。あの者達もまた本来の用途を知らなかったとしても、もたらされる事態は物騒どころではあるまい。ただ、どうして古の禁忌を探し当てるのに秘匿のプレアデス王国第一王女を手中に収める必要があるのだろうか。蛮行の数々、所業の理由など、理解できないことは山程あるが、特に腑に落ちないのはその点だ。
(何故、アズール・ブルーはナスタ様を狙う?)
そもそも、一体どこから彼女の情報が漏れたのだろうか。ナスタが王女だと承知しているのは王族の警護を担う近衛騎士の一部の者と一握りの侍女だけだ。貴族の姫君としてナスタを知る者とて、城に出入りする者の中でも限られている。その筈だ。それなのに、どこの馬の骨とも知れぬ操り師の女が存在しない筈の王女を、さらには真名をも知っているのはどうしてなのだろう。
(――やはり、内通者がいるのか?)
シュードは幾度も頭を過った己の仮定に、不愉快極まりなさそうに顔を歪めた。裏切りだなんて生温い、れっきとした謀反ではないか。そのような者が今もプレアデス城で働きながら敵の手引きや情報の横流しを図っているのであれば、国王の御身が危険極まりない。謎の組織がナスタと引き換えに国王の身柄を要求する可能性は零ではないし、彼らの真の目的が国家転覆だとしてもおかしくはないのだから。本国では既に警備を強化しているだろうし、その疑いを以て城内の人間の身辺調査もしているであろうが、不安は拭えなかった。
(……そういえば、アルデバランでの事件について、セージ殿下からお聞きしていないな)
シュードは背を向けたままで向かいのベッドの金髪の王子の抱える事情に思いを馳せた。あんなに苦しそうに「待って欲しい」と言われては、こちらも無理に聞き出す気はない。一連の事件を紐解く鍵になるかもしれないので、できれば早く打ち明けて欲しいけれども――あれこれ考えている内に、シュードは連想ゲームのように新たな仮説を導き出してしまった。
(……まさかとは思うが、奴らは各国の王族を狙っているとか……)
アズール・ブルーが古代兵器だけでなくプレアデス王国第一王女を狙ったのは、それぞれの王家の者をも欲していたからではなかろうか。理由は不明――古代兵器の在り処や伝承を聞き出そうとしている線は思い付く――だが、そうだとしたらセージも目を付けられているかもしれない。ただ、ならば何故アルデバランでの事件の際、そして今朝の一件で彼を攫わなかったのか。
(……駄目だ、分からない)
ここで考えても仕方ないとは承知しているのだが、疑い出せばきりがなかった。睡魔の囁きが効かないどころか届かないのは腹の底で燻る憤怒、そして渦か下りの螺旋階段のように延々と廻っては深みに嵌まっていく思考の所為である。
(ここで俺が体調を崩したら、誰がナスタ様達を助けるんだ。早く寝なければ)
深緑の髪の青年はそう決意して目を閉じたが、瞼の裏で蘇って離れないのは主たる姫君の淑やかな姿であった。
――時は少し遡り、シュード達が入浴を済ませた頃のことであった。
黒い大理石のような艶やかな石の壁と床とが、上品且つ豪奢な部屋を形作っていた。十畳はあろう広さの一室には、天蓋付きの大きなベッドとクロゼット、ダブルソファーとローテーブルに大きな文机、そして壁一面の本棚が置いてある。いずれも細やかな装飾が重厚な作りに施された、高価そうな代物だ。ここは書斎と寝室を兼ねた私室らしい。室温が極端に低いのではないし、絨毯も敷いてあるが、どこか温もりが感じられない部屋である。
白い輝きを放つエレメントストーンのシャンデリアの華やかな光の下で、一人の男が開け放したドアに向かって何かを喋っていた。銀色と黒の蝶のような仮面に嵌められたレンズの奥の目が満足げに細められる。
「……そうか、ついにあの御方をお迎えできるのか」
男は誰かと話しているようであった。くすんだ淡いブロンドの髪が、男の肩が震えるのに合わせて小刻みに揺れる。喜びに打ち震えているのだ。
「これで……また一歩、我が野望の成就に近づいたのだ……」
相手を労って会話を終えた男のすらりとした長身は、痙攣のような震えを自らの意志で止めようとはしない。堪えようと足掻いたところで、この体の奥底から湧き上がる喜悦は止まらないのだ。
男は込み上げる歓喜にしばらく身を任せていたが、訪問者の気配を捉えてぴたりと停止した。硬く冷たい床をぺたぺたと素足で歩く音が、衣擦れを伴ってこちらに向かってきたのだ。仮面の男は直ちに狂ったような笑顔を引っ込めて、足音の主を部屋の出入り口で恭しく出迎える。
「――かっ、か」
大きく割れた服の袷からすっと伸びた白く細い人の脚だけが、廊下の暗がりからぼうっと現れた。平坦で小さく、拙い声の人物に、男は敬意を以て優雅に跪く。
「殿下、いかがなされたのですか? 今は確か湯浴みのお時間でしょう、お召し物をきちんとなさらねばお体に障りますよ」
執事や家臣のように傅き、身を案じながらもそれとなく窘める男の言葉を聞いているのかいないのか、殿下と呼ばれた人は服の裾を引きずりながらぺたりと部屋に踏み入れる。いや、踏み入れると表すには生気や意志があまりにも感じられない、儚い一歩だった。
「……聞こえた、から」
片言で紡がれた返答に、閣下と呼ばれた仮面の男は顔を上げる。その口元は笑みの形に裂かれていた。
「それはそれは、左様でございましたか。殿下も待ち焦がれておいででしたからね。もう少しで、あの御方がおいでになるのですよ」
静謐を貫く台詞の後、再び静寂が品よく豪奢だが温もりに欠けた部屋を支配する。それも束の間、ばたばたとした足音と殿下なる人物を探して呼ぶ声が遠くで聞こえた。無粋なそれが耳に入っているのかいないのか、また衣擦れの音と共に拙い声が呟く。何の感情も読み取れない声であった。
「……僕の、番(つがい)」
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