第二章 五十三
「首都に着いたら買い物の時間は作るつもりだ。心配しなくてもいい」
そこにシュードも付け加えれば、リリィの不安は吹き飛んだようだ。にこりと笑った明るい茶髪の少女を見て、深緑の髪の青年は一つ頷いた。
「では、参りましょう」
四人が空船の船体に掲げられた幕にある行き先を見て回ると、首都セプテントリオ行きの客船はすぐに見つかった。傍には昨日の壮年男性もいる。彼は一行のことを覚えていたらしく、にこやかに手を振ってきた。
「昨日のボク達だね。セプテントリオ行きはこの便だよ」
「ありがとう、おじさん。じゃあ、この船にボク達も乗せて下さい」
港の管理を担う町の職員に、リコリスが見た目相応の子どものような振る舞いをしてみせた。声もいつになく幼く、どこか媚びているような印象さえ受ける。日頃から実年齢よりも大人びた言動の持ち主と同一人物には思えない仕草に、三人は思わず目を瞠った。ここで自分を十二歳ぐらいの子どものように見せる理由が全く分からない。少年のような外見の少女の意図が読めず、シュード達は固まってしまった。
「そこのお兄さん達と一緒なんだね、じゃあ安心だ。この船の係員の人に代わるからね」
視線を向けられたシュードははっとして真顔に戻り、乗務員に歩み寄る。いくつかの問答の後に四人分の代金を支払った。代わりに色付きの革紐数本で編まれたリストバンドを人数分、それと部屋の鍵と照明用の杖を受け取って、シュードは軽く頭を下げる。
「お世話になります」
続いて三人も会釈してから、一行は船に掛けられた梯子を上っていった。船室に入り、中の廊下を進んで割り当てられた部屋の扉を開ける。
「わあ、こんな感じなのね」
八畳間の内装は明るい生成り色の壁に土色の板張りの床であった。部屋の大部分を占める絨毯の上にローテーブル、その周りに四枚の座布団があり、壁際に背の低い箪笥に棚とごみ箱が置いてある。壁を飾るのはエレメントストーン製の照明と柊や松ぼっくりのリース、そしてタペストリーだ。いずれもベテルギウス仕様の丸太を大胆に使った家具と幾何学模様の意匠である。レンガ造りの暖炉も備え付けてあった。
客船に初めて乗るリリィが明るい声を上げると、軽い足取りでシュードの脇を潜り抜けて客室へ入った。物珍し気にきょろきょろ見回していると、何かを見つけた大きな焦げ茶色の目がさらに丸くなる。
「ねえねえ、これって何?」
リリィが指し示したのは天井だ。正確には、天井にある妙に真っ直ぐな溝及び蝶番の数々である。扉のようだ。細長い何かが収納されていると思しき蓋は四つあった。
「ああ、これはハンモックだな」
「はん……もっく?」
聞き慣れない単語をおうむ返しするリリィに、セージが説明してみせる。
空飛ぶ船の旅では、船体の揺れでベッドの上から転げ落ちて怪我をする可能性もある。その危険性を下げる為に採用されたのが天井から吊り下げるハンモックであった。本体も揺れることで結果的に空船の振動を伝わりにくくする造りの吊り床は、普段はしまうことで場所を取らない点も評価されて多くの空船で寝具として使われている。シュード達が乗ってきた空船では畳の上に布団を敷いていたが、そちらの方が余程珍しいのである。もっとも、ほとんどの客船は乗客の安全と乗務員の睡眠時間の確保、それと全ての乗員の食事や入浴の為に夜間飛行を避けて宿に泊まるように日程を組んでいるので、昼寝や体調不良を除けば本格的な眠りの為にハンモックで横になる人はあまりいないのだけれども。
また、インテリアに背の低い家具や座布団が選ばれるのも振動による転倒及び事故を防ぐ為であった。脱いだ衣服をかけるのはクロゼットではなく壁掛けのハンガー、室内の仕切りには衝立やスクリーンの類ではなく天井のフックに吊るす暖簾であるのも同じ理由だ。
「そういえば、その紐みたいなのは? 水色と白と青と茶色かな、色とりどりで綺麗だけど」
ひとしきり頷いて「物知りなんですね〜」とセージを褒めたリリィが次に尋ねたのは、シュードの手の中のリストバンドであった。これにはリコリスが答える。
このリストバンドは客の証なのだそうだ。便ごとに異なる色の組み合わせの革紐で編まれ、そこに通したプレート状の木製ビーズに発着地と番号が焼き鏝で押されているこれは、空船の乗降時に人数確認するのに使われる。シュード達が乗るこの空船のような直行便でも、いくつかの停船地を順に行く巡回便でも採用されている方法だ。乗る時に借りてからはずっと身に着け、目的地で降りる時に返せばいいとのことである。
リコリスは先程の幼い振る舞いが嘘のようにいつも通りの大人びた様子で解説し、その分かりやすさにすっかり感心したリリィは「そんな仕組みがあるのね〜」と目を輝かせている。
ヒーラーに見たことのない物に触れて感動できる余裕はあるのだと、四日前の事件の影響を案じていた近衛騎士は密かにほっと息を吐いてから注意事項を事務的に述べた。
「首都セプテントリオまで七日とのことです。乗船中はこの部屋になるべく留まり、宿へ移動した際もわた……俺からあまり離れないで下さい」
――こうして、一行は港町デクステアーラからベテルギウス共和国首都セプテントリオへ飛び立った。
一行が港町デクステアーラを発って七日目に、四人を乗せた客船は首都セプテントリオに到着した。午前十時頃のことであった。今日の天気はシュード達がベテルギウスに来てから初めての晴れで、三人はご無沙汰していた青空と太陽を享受するように目を細めて仰いだ。雲が多くて快晴には程遠かろうと、その色が故郷のよりも淡く光が随分と弱かろうと、晴れは晴れである。曇天及び降雪ばかり続いていると、久しぶりに日光を浴びただけなのに気分が浮上するのだから不思議だ。リコリスにも久しいものであるらしく、彼女も眩しそうに空を眺めてから船を降りる。
「ここがベテルギウスの首都? おっきいね〜!」
北の大国の首都の港に降り立ったリリィの第一声がこれであった。
確かに港だけでもリコリスの住む町アルバレアやデクステアーラの何倍もの規模である。暖かな衣服を纏った白い吐息の人の数は比べるまでもなく、一国の中枢を担う都市らしい賑わいだ。
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