第二章 五十四
港を抜けると雪化粧を施された石畳の街並みが一行の前に現れた。傾斜が急な屋根とレンガの煙突は今までに訪れた町と同じだが、建物はログハウスよりもレンガや石造りが多い。それらの奥には背の高い針葉樹林、さらに奥には石造りの立派な建物が見える。ここが首都たる所以、宮殿だ。今は謁見の間などを除いた他は北の大国の政治的な会堂として使われており、数百年前に政から離れたベテルギウス王家は宮殿から少し離れた所にあるかつての別邸に住んでいるとのことである。
「……街に滞在中も、俺から離れないで下さいね」
シュードの注意は三人に向けられたものであったが、その深緑の目はただ一人をじっとりと見据えていた。
「そうですよ、あたし達を放ってどこかに行っちゃわないで下さいね?」
焦げ茶色の目も同じ人物を不満げに見つめる。二人の視線を辿っていったサファイアブルーの目もその人を映した。紛れもなくセージである。
「……えっ? あっ、あの時のか? もうしないって」
我が身にかけられた嫌疑を理解したアルデバラン王国第三王子殿下はきまり悪そうに頭を掻いた。十五日前にシュード達が港町アルバレアに着いた際、服屋を出た途端に声をかけてきた少女二人にセージがついて行ってしまった件を持ち出して、二人は釘を刺したのである。
事の顛末を知らないリコリスにざっくりと事情を話せば彼女が「……へえ」と意味深長な感嘆詞と共に軽蔑の眼を向けてきたので、明るい茶色の目の青年は何とも情けない声を上げた。悪事を暴かれて懲りた者が再犯を疑われた時の声と表情そのものであった。
「もうしないって〜!」
手紙の投函に昼食と買い出しを済ませた一行は、十四時半に港に戻ってきた。三十分後に目当ての便が出るのである。
「忘れ物はありませんか」
各々が指折り数えてからしっかり頷いたのを見て、深緑の髪の騎士も応じる。
「では、参りましょう」
――こうして、一行はベテルギウス共和国首都セプテントリオを後にした。次の目的地はスピカ王国第二都市ザヴィーヤ、所要日数は八日である。
空船の客室の内装は、明るい生成り色の壁に落ち着いた茶色の板張りの床であった。部屋の大部分を占める絨毯の上には低い円卓が置かれ、その周りには座布団が四枚敷かれている。背の低い箪笥に棚とごみ箱が壁際に、エレメントストーン製の照明が壁を飾るのも、レンガ造りの暖炉が備え付けてあるのもシュード達が首都セプテントリオまで乗ってきた空船と同じだ。ただし、大きく異なる点がある。インテリアの意匠がベテルギウス式ではないのだ。薄めに切り出した木の板を組み合わせて研磨し、木材の本来の色を楽しむシンプルな作りはどの国のものとも異なるが、強いて言えばアルデバランやスピカの匂いがする。座布団は白地に青と黄色のチェック柄で、絨毯やタペストリー、造花とドライフラワーのリースも青と黄色の組み合わせだ。どうやらベテルギウス共和国とスピカ王国をそれぞれ象徴する青色と黄色を交差させたこの模様と配色で二国間の連絡便だと印象付けているらしい。
「ああ、びっくりした」
明るい茶髪の少女はため息をついた。込められたのは呆れでもなく疲労でもなく、驚きと感動である。四人はアルバウィスの森でチェルシー達の目撃証言を得たお礼に不思議な装飾品を買った四人組の内の妙齢の女性二人と再会したのだ。同じ空船に乗り合わせる偶然の産物を、あの信心深いセラピストの女性ならば「女神様のお導きね」と聖母のように微笑んで喜ぶのだろうと想像すると、リリィの視界がじんわりと滲んでしまった。
「そういえば、スピカ王国ってどんな所なんだい? ざっくりと習ったは習ったけれど、ボクは外国に行くのは初めてでさ」
そう尋ねた空色の髪の少女が何となく心細げに見えるのは気のせいであろうか。西の大国を訪れるのは自分も初めてなのに、リリィは浮かんだ涙を引っ込めて両手をぐっと握った。
「じゃあ、スピカのお勉強会しようよ!」
「お、いいね。せっかくだし、やるか」
乗り気な様子の金髪の青年を見て頭の上に疑問符を浮かべるリコリスに、深緑の髪の青年が解説する。目的地についての理解を深める為にそれぞれが持つ知識を言っていき、場合によっては訂正や補足、質疑応答をする会話を勉強会と称して北の大国へ向かう空船の中でもしたのだと言えば、彼女は納得して賛成した。
「あの、気になってたんですけど、第二都市ってことは他にもあるんですよね?」
スピカ王国についての勉強会はリリィの質問から始まった。これにはシュードが答える。
「スピカには十五の都市があるんだ。その周りに小さな村がある他には、集落はないと聞いたが」
西の大国はアズール一の広さを誇る大草原と北西部に諸島を有する温暖な大国だ。民の数とて小国のプレアデス及びアルデバランの数倍である。それにも関わらず集落が十五か所しかない理由を、セージが繋ぐように話した。どういう訳か、苦虫を噛み潰したような顔であった。
「あそこは階級制度がめっちゃ厳しいからな。アウルム、アルゲントゥム、クブルムなんだけど、階級ごとに入れる場所も違うから、人の住む場所も限定してるみたいだ」
――スピカ王国は、アズールで随一の身分制度の厳しさを誇る国である。王族や貴族で構成される上流階級――古代語で黄金を意味するアウルム、多くの一般市民が割り振られている中流階級――現代語に訳すると銀となるアルゲントゥム、貧しい者や罪人が属する下流階級――かつては銅を表した単語のクブルムの三つに分けられた階級に、民は生活の全てを縛られているのだ。
「えっと、アウルムの人のお家にはあるげん……何とかの人は入っちゃ駄目、とか?」
実態をいまいち掴めないリリィが首を傾げると、セージが例えは外れだと断定せずに濁した。
「うーん、合ってるっちゃー合ってるかな。そもそも入れる区域が決められてるんだ」
聞けば、全ての都市は高く分厚い壁と魔陣で三つに区切られているのだと言う。集落が十五個に絞られているのはそれぞれの居住区域を厳格に定める為なのだ。
尚、都市周辺の集落は全て中流階級か下流階級の区画である。理屈と法の上では街の外ならば全ての階級の者が同じ所に集えるが、憩いの小屋をはじめとする集落外の宿にはご丁寧なことに各階級専用の棟があるらしい。国内を往来する空船も階級ごとに便が限られているとのことだ。
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