強烈な豪雨によって二人の衣服が下着の隅に至るまで雨水の侵食を果たした頃、名前の手がアーサーの服の端を掴み、どこかの屋根下へと引っ張り上げた。道中雨粒に叩きつけられ過ぎた体は、濡れた実感を通り越して細い棒につつかれた錯覚すらおぼえる。途方もない苦難を乗り越えた先に、今度は悪夢のような不快感が二人を襲った。
 名前は昔、小学校で着衣泳の訓練を受けたことを思い出す。水を含んだ衣服が隙間もなく肌にへばりつく、一向に慣れない触感にアーサーのジャケットを脱ぎながら、うへぇと苦々しい感想がもれた。

「互いに災難だったね」

シャツの裾を絞れば、大量の雨水を吐き出す。流石に参っているのか、アーサーは声にほんのり疲れを滲ませながら、名前の安否を確認する。声を出す気力すら惜しくて頷くと、彼は物珍しそうに周囲を見渡していた。

「君の家に着いた、でいいのかな」

一抹の不安、アーサーが半信半疑に陥るのも無理はなかった。むしろ彼の反応は初めてにしては思いやりがある。

「そ、がっかりした?」
「まさか」

 嘘をついているようには思えなかった。
 名前の家は綺麗なマス目を描く住宅街から少し離れた野良地にある二階建ての賃貸アパートだ。字面から察せられるようにお世辞にも羨ましいとはいえないオンボロ案件。元は美しかったであろう白い壁は全体的に黄ばみ、特にコケ汚れと黒染みの侵食が酷いせいで、廃墟と見まごうばかり。実際の耐久性を外面が貶めている。ノスタルジック映画にでも出てくれば風情があるとコアな層にはウケそうだが、いざ住むとなると話は別だ。
 こんな家など足を踏み入れるのはおろか、見たことすらないだろう彼が、倉庫かい?と聞いてくるのを覚悟していたほどなのに。つくづく出来た男だと感心する。

「ほら、こっちよ」
「え、あ」

ただし、未知の領域であるのは確かなようであっちこっちと忙しない視線が少しだけおかしかった。心なし幼く映る彼の手を引いて、一階の最奥にある扉の鍵を回す。解錠の音と共に、薄暗い玄関が現れ、名前は早速靴を脱ぐ。

「タオル持ってくるから待ってて」
「僕はすぐに帰るから、構わないよ」

え、と濡れた足がフローリングを滑りそうになり、すんでのところでバランスをとる。幻聴の類を疑って振り向けば、自身の発言に全く疑問も後悔も抱いてないのか、転びそうになった名前を心配する瞳がぽっかり浮かんでいた。

「帰るって…。雨はまだやんでないけど」
「僕の用事は済んだ。いきなりおしかけて君や君の家族の厄介になるわけにはいかないしね」

用事、とは名前を送り届ける任務のことだろうか。紳士的な配慮に胸ときめく繊細さを持ち合わせていない名前にはムカムカと胃もたれするような感覚だけが残った。

「...フーン」

更に深く尋ねてみると、すぐに帰らなければならない緊急の用事がある訳でもないらしい。単純に、アーサーなりに名前のとその家族に対する迷惑を考慮した、と。

「歩いて帰るの?」
「...恥ずかしながら傘を一本貸してもらえないだろうか」

努めて真面目な返答から、アーサーが玄関に寝かされていた自身のジャケットを抱えたとき、彼が本気なのを知った。どうやら駅まで歩いて帰る道中にタクシーでも捕まえられればと考えているようだが、そう上手くいくだろうか。住宅街は決して車通りの多い道ではない。繁華街の大通りに出るまでにもかなりの時間を要する。

「(迷惑をかけたくないのだとしても)」

その面倒くさい自己犠牲で一体誰が喜ぶというのか。

「(もしも風邪でも引かれたりしたら...)」

精神を抉りとる勢いで冷たい視線を寄越す彼の従者を想像しては身震いするばかり。無言で自宅の傘を差し出した名前へアーサーはありがとうと笑って、当然のように歩き出す。たった今避けてきたばかりの土砂降りの元へ戻ろうとするなど、彼は頭がおかしいのだろうか。雨は一向に止む気配を見せず、むしろこれからがピークと言わんばかりに鋭さを増していく。アーサーにその気が無くとも躊躇いもなく傘を開くその態度が、名前を煽る。

「("僕は雨に濡れて帰るよから気にしなくていいよ"...ってこと?)」

素直におねだりもできない可愛げのなさ。気遣いを発揮する場面を間違えていると気づいていないのだろうか。

 名前は手近に置いてある雨漏りを溜めた小さなバケツを掴むと、すぐにもアパートの敷地を出ようとしているアーサー目掛けて脇目も振らず駆け出した。彼が後ろから近寄ってくる気配に振り向くのと、名前の腕が振りかざされるのはほぼ同時の出来事で、軍配は奇跡的に彼女へ上がる。大量の雨水が張ってあったバケツの中身がアーサーの後頭部に容赦なくかかって、彼はただでさえ冷えている体をより深いところまで濡らす羽目となり、名前はこれで目を覚ませと調子の良い嫌味を投げかける、つもりだった。

ーーーつもりだった。

「あ、れ...?」
「...なるほど、僕に帰って欲しくないのか」
「ご、ごめん。間違えて...」
「それにしても、随分と熱烈なアプローチだ」

砂と混じりへどろ色に溶けたぬめりけのある泥が、アーサーの雨に濡れてなお眩い稲穂の髪を穢していく。勢いが強過ぎたのか被害は髪だけに留まらず、彼の逞しい肌をうっすら透過する純白のシャツにべっとりと、それはもう見事な具合にボタボタと垂れていった。

「(や、ヤバい。雨漏りのためのバケツじゃなかったんだ…!)」
「……ふぅ」
「……。」

名前が衝動のままに手にしたバケツには元々土が入っていたらしい。管理人のガーデニング用か何か知らないが、丁度良い位置に水が滴っていたため、とんだ勘違いを起こしてしまった。彼女の思惑としては、もう散々水に濡れているのだから今更被ったところで気にしないだろうと、軽はずみな気持ちで行動した結果なのだが。最初にそんな馬鹿な事を考えたのが良くなかった。

「…や、やぁ〜!泥も滴る良い男になったじゃん」
「ありがとう。こんな格好ではタクシーも電車も利用できそうにないね」

目に見える毒で言い返されて、ウッと言葉に詰まる。流石にこれは申し訳なくて。自身の仕出かしたことを反省せざるを得ない。背後から泥入りのバケツを頭部に直撃されて、まあ怒らない人間などいないだろう。アーサーの国宝級に美しい髪から泥色が永遠に抜けなくなったら素直に謝る。のは当然としても、不思議と怒ったいるようには見えない態度が返って名前を不安にさせた。



 玄関の敷居を跨がせ鍵を閉めれば、濁流音は遠くなり、代わりにしっとり生活感漂う人気のない住居が顕になる。広くはないワンフロアのリビング兼寝室を区切って申し訳程度に台所と洗面所が備え付けられただけの、なんと慎ましい物件だろう。泥か雨か、判断のつかない液状を滴らせ名前にバレない程度に辺りを観察していたアーサーは突如降ってきた柔らかな生地に驚くことなく大人しく包まれていた。

「君は子供か?まさか、誰にでもああいう事を…」
「してる訳ない!あぁ、もうッ、ごめんってば!」

アーサーは名前を善意で送り届けてくれただけなのだ。感謝こそされど泥を被せられる謂れはない。普通の人間であれば激昂されて当然の仕打ちなのだが、アーサーはどこまでも冷静で尚更名前の罪の意識が際立つ。ただ、泥をぶっかけた名前が偉そうに言えることではないが、彼は悪い意味で自分がされたことに対して関心がないように見えた。薄気味悪さを感じつつも男の綺麗な相貌を伝う泥の筋を指で拭う。
 アーサーはされるがまま、柔らかいバスタオルで自身の頭の泥や雨水を拭き取っていく女を見つめていた。

「シャワー浴びないと。体も冷えてるし、...泥も落とさないとね」
「……。」
「あ、親はいないから気にしないで。帰ってくる予定もないし」

物言いたげなアーサーの視線にわざとズレた答えを返して、名前は彼の背中を台所の脇にある木目扉の向こう、満足に胡座もかけない浴室へ押し込んだ。かなり古いアパートメントだが一応シャワーを浴びるための床と浴槽の二つにしっかり分けられている。が、いかせん狭い。あまりの狭さに戸惑っているのが泥の滲んだ横顔から伝わってくる。それでも口にしないだけ優しさか。

「ほら服脱いで」
「…あぁ」

アーサーは丁寧にボタンを外してからへばりついたワイシャツを剥ぎ取り名前へ預ける。雨水に叩かれて水気を帯びた胸板が現れ名前は一瞬、心臓の音が跳ねるのを感じていたが、顔に出すまいと冷静に振る舞う。彼なりの気遣いか、背を向けながら腰のベルトを外しているようだが、肩甲骨の浮き出た背中がいつぞやの夜を強制的に思い起こさせてしまう。アーサーがズボンを脱ぐまでの間、名前は生娘のごとく視線を彷徨わせ最終的に俯いていた。

「(このシャツとジャケットいくらするのかな…)」

水を吸って信じられないほど重くなったジャケット、泥にまみれて二度と着れそうにないワイシャツ、二つの衣類の惨状をじっくりと見極めてから片方はできるだけ水気を抜き、もう片方は一時凌ぎに洗濯機へ突っ込む。自身もまた濡れた服を脱ぎながら名前はマシュへの申し訳なさを胸にクリーニング代を計算していた。雨に濡れたせいで着心地の悪くなってしまったニットとジーンズを脱ぎ去れば素肌が空気に触れて幾分か楽になる。アーサーはシャワーを浴びていることだし下着も脱いでしまおう、思い立ったが吉、ショーツとブラジャーを衣類かごへ放り全裸となって濡れた体をバスタオルで拭いていく。

「(うわ、メイクも髪も大変なことに...)」

壁にかけられた鏡に映った顔は悲惨なことになっていた。多少の雨ならまだしも突然の豪雨に見舞われれば、自慢の勝負姿も形無しだ。ぐずぐずになっているアイメイクやファンデーションを拭い、うねる髪を限りなくタオルで押さえつけると鏡の向こうには幾分か幼くなった彼女の本来の素顔が映っていた。まるで垢抜けない高校生の顔をこれ以上見ているのは嫌で、早々に鏡へ背を向ける。

 そんな時だ、コンコンときっかり二回、タイミングを見計らったかのように風呂場のドアが内側からノックされたのは。

「アーサー?」
「...名前、すまない」

まだ浴室に入ってから然程時間も経っていない。トラブルでも発生したのだろうか。立ち上がるままに様子を伺おうとして自身が全裸であった事実を忘れてはいけない。新品の洋服に手を伸ばすのは忍びなかったので、名前は軽い気持ちでバスタオルを両肩にかけて胸元を隠し、手近な部屋着用のショートパンツに素股の上から足を通した。

「無知で恥ずかしい限りなのだが、お湯は...どうしたら出るのだろうか」
「あー...。それね、壊れてるの」

僅かに開けられた扉の先、ひょっこり顔をのぞかせたアーサーの申し訳なさそうな態度はむしろ名前の罪悪感を刺激する。この古い部屋でお湯が出てこなくなるのは一度や二度ではないからだ。

「(いい加減直してもらわないと...よりにもよってこんな日に)」

一人暮らし。使うのは自分だけ。後で業者に頼もうと毎度追いやっていた問題だったが、今夜を境に深く反省する。とりあえず半開きの扉から浴室へ身を滑り込ませようとする名前であったが、そんな彼女をアーサーは当然押し留める。

「待つんだ。一度僕が外に出るから、」
「ちょっとコツがあれば直せる。だから気にしないで」

そうは言われても居た堪れないのがアーサーの本音だろう。中々扉を開けてくれないのを焦れったく感じたのか、ここが自分の家ということもあり強引に身を滑り込ませようとした彼女をとっさに避けようとした彼の負けだった。

 名前が風呂場で男と裸で向かい合った回数は数知れず、そんな状況でないと分かっているなら尚更恥じるものなどない。アーサーの思いやりを蹴飛ばして、水栓の前で腰を下ろした名前は手首を捻りながら慣れた手つきでノズルをいじる。このヘッドはお湯が出るまでに時間がかかる上、温度調整が厳しく、蛇口も特徴的で操作が難しい。

「それを回して、次にこっちのボタンを押す。温度はノズルを捻れば調整できるから」
「こうかい?」
「あ、」

言い切る前にアーサーの手が伸びる。後ろから覆いかぶさるように男の影が揺らめいたかと思うと唐突に首筋に熱い飛沫が弾けた。

「あっ!?...ッつ!」
「す、すまない!」

ノズルの操作を間違えてしまったらしい。大量の熱湯がかなりの量吐き出され、名前のつむじから首筋に降りかかる。元々冷え切っていた体は温度差によってあまり熱さを感じないものの、かなりの量を被ってしまった。アーサーの咄嗟の判断によってすぐさま湯の出は収まったが、濡れた髪やらバスタオルは元には戻らない。

「名前っ、大丈夫か!?」
「う、うん。平気だけど、」

首筋を押さえたまま、熱湯の痛みに耐える。もしかしたら、これは罰なのかもしれない。アーサーに泥を被せた報いを受けたのだ。

「火傷を負っていたら大変だ。見せてごらん」

一々気にするな、背後にいるであろうアーサーにひらひらと手を振った直後、名前は上半身の風通しが突然良くなった事に違和感を覚えた。はて、大きなタオルが背中に巻かれていたはずだが。ゴワゴワのタオル地はいつの間にか彼女の上体から姿を消し、代わりにしっとりと水気を帯びた何かが彼女の肩に添えられる。

「えっ、ちょ、」
「動いてはいけないよ」

幼子に言い聞かせるような温かみがありつつも、反論を許さぬ命令は知らずと名前の体にまとわりついて彼女の自由を奪っう。肩を這う正体がアーサーの手であると理解したが最後、浴室にほんのり漂い始めた湿気によって彼女は簡単に察してしまった。彼の声音がどことなく甘い響きを持ち始めたから。

「ま、待って!水を浴びれば済む、話だから...構わないで」
「もう散々雨に降られたのに?これ以上体を冷やしてはいけない」

だから自分で確認しようというのか。どうも無理がある繋げ方に文句を言う前に、もう片方の手が名前の髪を避けて首筋から背中、腰にかけて彼女の背面を全て露出させる。肩の端から背骨へ、ゆっくり優しい手つきがなぞっていく。くすぐったさを感じる程の繊細な動きであったが名前は笑い声の代わりに小さな吐息を一つ、落とした。

「ッも、もういいでしょ...。確認終わり!」
「まだだよ」
「ひッ...」

背の中心へ、柔らかい感触が一つ。条件反射で身を引こうとした名前の、両二の腕をしっかりつかまえたアーサーは優しいキスを短い間隔で落としていく。唇で彼女の体温を確かめるように、華奢な背に顔を埋めてまだくすぐったさの割合が強い口づけをそのまま縦へと滑らせていく。背骨をなぞるアーサーの優し過ぎる触り方に名前は抗えないむず痒さを感じて強く歯を噛み締めた。

「...っ、や...!」
「本当に?」

れろり。生温かさでうなじを包まれて名前はゾクゾクと湧き上がってくる情動の正体も分からぬまま、これ以上彼のペースにさせてはいけない事実だけを認識していた。腰から首にかけて一本の線を辿る舌は時折ビクつく名前の反応を伺いながらどのように緩急をつければ彼女が悦ぶのか冷静に観察する。本来性感帯ではないはずの場所を舐められて、次第にこの感触にも慣れているだろうと予想していた名前は時を重ねるほどに鋭敏になっていく肌に気づけていない。

「あ、...う、ゃぁ」
「こんなに敏感な体で男を騙せるのか?ほとほと心配になるよ」
「っ、るさぃ!」

露骨に呆れられて馬鹿にされたと感じたのか、ムキになった名前が力を振り絞って首だけ顧みると至近距離にアーサーの顔が迫っていた。両目で捉えることはできなくとも、後ろにいる男の壮絶な色気に呑まれて、つい怒鳴るのを忘れてしまう。泥被ったみっともない姿を笑ってやることだってできたはずだ。なのに、どこまでも完成されきった男の姿は些細な土塊などではちっとも霞まない。濡れ姿も様になる魅力的過ぎる男の顔に名前はとことん弱かった。

「化粧は落としたんだね。もっとよく見せて」
「な、何言って...!」
「うん、可愛い。僕はこっちの方が好きだな」

心臓を鷲掴みにされたような気分だった。恋に落ちた比喩ではなく、文字通りともすれば痛みすら伴う衝撃。"好きだ"だの"可愛い"だの散々聞き飽きた褒め言葉であったが、どうしてかこの男に言われると胸が酷く締め付けられて苦しい。動機が速まり頬に熱が集中していくのが嫌でも分かった。名前のペースを崩すのが得意な男は彼女が己の言葉に戸惑っているのを見留めつつも、新しく露わになった白い首筋に狙いを定める。

「ひゃ!...あ、やっ。そんなところっ」
「ダメ?」

普段に比べて底意地の悪い笑みを浮かべた男は、彼の舌に酔いしれている名前の隙をついてくるりと肩を反転させる。無理やり体を捻られて、ぽちゃんと浴室に尻餅をつく彼女の腰へ、長い腕が絡みつくのはあっという間の出来事だった。アーサーと向き合う形で強制的に膝立ちの姿勢を取らされた名前は、秘さなければならない女としの二つの頂きを咄嗟に両手で隠す。となると自由に這い回るアーサーの舌を止める術はなくなってしまうのだが。

「どうして隠すんだい」
「だって...。もう、あんたとはしないって決めたんだから、」
「......。」

顔の良さで流されると思ったら大間違いだ。名前は忘れてはいない、アーサーと過ごした前回の夜を。行為が終わった直後、朧げな意識の中で感じていた屈辱を。同じ男にまたも情けない姿を見せるのはプライドが許さない。

「おかしな事を言う。ならば何故僕を部屋に招き入れた」
「わたし...ぁッ、そんな、つもりじゃ、」

首筋をねぶる舌先がツー、と触れるか触れない程度のキワを伝って名前の耳へ潜り込む。一等感じやすい部分までやってこられると本格的に彼女の思考へもやがかかり始める。ビクリ、肩が跳ねて怖気づく腰をアーサーは許さない。回した手により力を込めて、仰け反る後頭部を優しく抑えつけてしまえば彼女の逃げ場はなくなり、ただアーサーの舌使いにされるがままだ。

「一度は確かめ合った仲じゃないか。僕が君に手を出さないと本気で思っていたのかい?」
「ふッ、...ぅ、うぅ....。じゃぁ、でてけよぉ...」
「まさか」

子供のようにぐずり始めた名前とは対照的に、微笑を浮かべつつはっきり言い切ったアーサーは柔らかな耳たぶに歯を突き立て吸いつき、しまいには穴の中にまで侵食を果たす。水の底に沈められたようで、もっと気持ちが悪い、そのくせ体の中心にほんのり甘い疼きをもたらす仕打ちは到底受け入れることができない筈なのに。
 執拗に欲深く、名前の耳という名の性感を昂ぶらせ、開花させていく。アーサーの舌技に力を吸いとられ腰砕けになる女の体を強制的に立ち上がらせ、浴室の壁と彼の体で挟み込んでしまえば、膝を震わせまともに立つこともできない彼女から胸を隠す両手を剥ぎ取るのは簡単なことだった。手首を壁に押さえつけるとすでに立ちあがりつつある蕾が二つ、色味を増してアーサーにねだってくる。本来であれば怒声も悲鳴も上げていい場面で、名前はたかが舌一つでままならくなってしまった体から、か細い吐息混じりの声をこぼすだけだった。

「僕との約束を違えた、その続きをしよう」
「やッ...ぃ、ゃ」
「大丈夫、怖いことはしない。一つ良い案を思いついたんだ」

そう言って名前の局所に一度きりのキスを刻んだアーサーは腰砕けになりつつある女へ、とろけるような笑みを浮かべた。




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