言い訳をさせてもらえるのなら、心が舞い上がっていたからに他ならない。大人の皮を被り続けるのは疲れるので、話をするときは基本的に自然体。そんなスタンスを保っていた矢先にアーサーは優しい顔で名前の化けの皮をつついた。どこまで自分を露呈させるか本来ならば神経を張り詰めなければないけないのだが、つまるところ絆された。

「やはりそうか」
「アーサー...?」

言ってはいけないことを言ってしまったと彼女が気づいたのは歩みを止めた男を不思議に思って覗き込んだ時だった。穏やかな表情は掻き消え、人形のように綺麗な相貌が何かあるわけでもない廊下の先を見つめていた。急変したアーサーに驚きの声を上げる暇なく恋人の如く組んでいた腕が解かれ、変わりに手首を強く握られる。有無を言わさぬ力加減には名前への労りが感じられず、痛みこそないものの先程までの優しい王子様の姿はどこにもなかった。名前の背に嫌な汗が流れ、危険を知らせる警報が脳内に木霊する。

「待って、今のは冗談で...」
「話は別の場所で聞かせてもらうよ。おいで」

咄嗟に訂正する名前をアーサーは全く意に介さず引きずっていく。怪我をしないように配慮はしているようだが逃すつもりもないようで、足をもたつかせ引っ張られるがままに名前をとある部屋へと押し込んだ。
 高級ホテルのスイートルームを連想させるような贅沢な広さに上品な内装。見るからに値が張りそうな調度品が行き過ぎない程度に飾られ、最上級の空間を演出する。油断すると全身の力を吸い取られそうになる心地の良いソファに座らせられた名前は努めて冷静に振舞う。対面席に腰掛けたアーサーは出会った時と打って変わって厳しげな表情をたたえていた。

「どうしたの、深刻そうな表情しちゃって」
「初めに聞いておきたいのだが、君は21歳未満である男女が今夜のカジノの出入りを許されていないのを知っていたかい?」
「へ〜そうだったんだ!」

さも驚いた素振りを見せてもアーサーの険しい表情は崩れなかった。どこからか名前の国籍と身分を証明する書類が机上に並ぶ。隣には彼女がカジノの入場時に見せた偽りの身分証明書のコピーが置いてあり、なるほど最初から疑われていたのかと内心肩をすくめる。安い嘘をついてしまった自分を恥じながら、勝ち続けていた自分の隣に彼が座ってきたのも狙ってのことだったのかと一つの予感が脳裏を過る。それを確かめる気にはならい。アーサーがただの客でないことは既に察していた。

「君は高校生だね」
「...まーね」
「どうやってそのカードを手に入れたのか教えてくれないかい?」

顔も忘れた男からの貰い物を机に放り投げる。もう必要ない。このカードを渡すことで人生が破滅する人間がいようと名前には関係のないことだ。約束通り"名前"は出していないのだから。それよりも名前にとってはアーサーの手の平で踊らされていた事実の方が問題であり、思考は完全に冷え切っていた。特に彼女が高校生だと確信してから彼の幼子に問うような馬鹿丁寧過ぎる口調に酷く嫌気が差す。

「えっち」
「なんて?」
「してくれたらいいよ。言ったじゃん、全部見せてあげるって」
「......。君の貞操観念を咎める資格は僕にはない。誘いに乗ったのは事実だからね。けれど自棄を起こしてはいけないよ」

よく言う、と名前は思った。彼は誘いに乗ったフリをしていただけだ。期待させるような言動は腹立たしかったが、嘘を自白させる機会をうかがっていたと言われれば彼女は反論しなかっただろうに。その気遣いが、優しさが無性に神経を逆撫でする。良い人ぶっているのではなく良い人だから真正面から罵倒する勇気も起きない。こんなはずではなかったのに、と名前は今日初めてのため息をついた。

「自棄じゃないよ。えっちが好きなだけ。お願い、全部話すから最後まで付き合ってよ」

嘘だ。自棄を起こしている自覚はあった。一円の収穫もなく、けれどこの男に抱かれるのらば我慢できると思っていた矢先にこの説教面。せめて演技でも良いから今夜、否一時間だけは先の笑顔で愛を囁いてくれなければやってられない。

「損失を埋めようとしても僕は君を愛してはいない。上辺だけの言葉だけでは君も納得できないはずだ」
「そんなことない」
「君はまだ高校生。それに日本には淫行条例というものがあるだろう」
「(結局そこなのよね)」

名前が年齢の制限をクリアしていればアーサーは迷いなく彼女の体をかき抱いてくれただろうか。だが、もしそうであったらアーサーと名前は一度も巡り会うことのない結末を迎えたのかもしれない。

「(かもしれないじゃない。きっとそう)」

蝶が甘い花に群がるように、美しい彼には名前が想像もつかないようなイイ女が群がるのだろう。常に選ぶ立場にあるアーサーからすれば名前はまだまだ乳臭さの抜けない子供同然。一瞬でも見染められたと、夜の相手に選ばれたと舞い上がった自分が恥ずかしい。頑固とした態度を取られて名前も流石に虚しさに近い羞恥を感じる。

「私じゃ勃たないんだ」
「そういう話ではないのさ。男としての僕から見た君は年齢の話を差し引いても女性としての色香に溢れている。だけど条例を犯しての淫行は働けない。そういう決まりなんだ」
「ヤりたいけど我慢してるってこと?」
「俗物的な表現が過ぎるようだ。今夜は帰りなさい、家まで送ろう」

その仕方のない子供を見るような目つきに、萎んでいた意思が再び復活していく。最初から最後までこの男の思惑通りなど、名前のプライドが許さない。ちっぽけだと笑われてもいい。ただ、さも相手をしてやっているような態度が許せなかった。それは名前の特権だ。男にそんな顔をされる筋合いはない。例え人間的にどれだけ優れた男だろうと制空権を得るのは自分でなければならない。

「ねぇ、さっきからどうして名前を呼んでくれないの」

名前は寂しさを訴えるようにアーサーの傍へと腰を下ろす。突然移動してきた彼女にやや身を固くしたアーサーだったが無理に触れてこようとしない態度にまずは様子窺う程度に留めた。

「もう我儘言わないから。名前を、呼んでほしい」
「...信じよう。名前」
「もっと」
「名前。いい子だから家に帰りなさい」

どこまでも優しい声音でアーサーは名前の頭を撫でる。それをいいことにちょこんと彼の肩口に顔を預けた名前は見えない場所で小さな笑みを浮かべた。

「最後のお願い。私と勝負して」
「内容だけ聞いておくことにするよ」
「舐めさせて」
「......。」
「やっぱり意味分かるんだ」

煌めく翡翠の両目をゆっくりと閉じたアーサーがほんの一瞬眉間にしわを寄せたのを名前は見逃さず。王子様然とした男の恐らく珍しいであろう表情の変化に嬉々として身を乗り出した。アーサーの心を代弁するならば『しおらしくなったかと思えば付け上がりやがって』と言った辺りか。腕を組み名前の提案にうんともすんとも動かない。

「だいじょーぶ。ちょっとマッサージするみたいなもん、ほんの先っちょだけね」
「どうしてそこまで性交に拘るんだい」
「決まってるじゃん」

そこで彼女は言葉を区切った。

「ムカつくから」

驚くように開眼した瞳が次いで戸惑いがちに名前へ向けられる。男は彼女の言っていることが理解できず困惑の色を象って、何か言わなければと唇を僅かにこじ開ける。やはり自覚は無かったのだと名前はもう半歩距離を詰めた。

「騙されたらままだったら良かったんだけど。散々その気にさせといて条例を理由に正論かざされたって理解はできても納得はできないわ」
「妙な期待を持たせてしまったことは謝る。僕も迂闊だった」
「まさか私がここまで性に貪欲だとは思わなかったと」
「正直、驚いているよ。僕は君の本質を理解できていなかったようだ」

それもそうだ、と名前も不思議だった。何故こんなにもアーサーという男にムキになるのか彼女自身すら分かっていない。衝動に任せた行動をいくら勘の鋭いアーサーとはいえ見抜こうとするには無理がある。
 今にも唇が触れてしまいそうな危うい距離感にも関わらず、アーサーは微動だにしなかった。それどころか至近距離で彼女を真正面から見下ろし、流れる動作で腰をソファの下に滑らせる女の一挙一動を観察するのみ。アーサーが静かになったのを良いことに名前は早速彼のスラックスのベルトを緩め、バックルを外す。

「君は、それでいいのかい」
「ん?何が?よく分からないけど大人しくしててよね」

名前の手の動きををやんわりと制するアーサーはやはり納得がいっていないのか最後に微妙な表情を浮かべていた。あともう少し、と名前は内心小さく息巻く。

「私を不憫に思うのなら、さっさと帰って欲しいのなら、このプライドを慰めてよ」

あなたが傷つけたんだから。
多分それが決定打。



 アーサーの抱える劣情がどの程度のものだったか名前には分からない。女体を前にしても欲望を理性で簡単に抑え込めてしまう男がどうしたらその気になるのか考えてはみたが思い浮かばず、事実無意味だった。マッチに火がつくほど簡単に彼は盛らない。己を律する心が余りにも強いから。そしてそれを然程苦には思っていないから尚のこと手強い。だから名前は彼の倫理観に訴えることにした。

「勝負と決めたからにはご褒美と罰を決めないと。どうしよっか」
「名前は僕の陰茎が欲しいのだろう?ならばそれが褒美に値するのでは」
「綺麗な顔して随分えげつないセリフ」
「同じ言葉を君に返すよ」

少しづつ滲み出でるアーサーの本性に名前は小さな不安と大きな興奮を覚えながら唾を飲み込んだ。質の良いスラックスの生地越しに勝手気儘な刺激を与えてからファスナーを下げていく名前。興奮隠せぬ喜びの色にまるでプレゼントを開封していく幼子のようだとアーサーは思った。肝心の中身が己の逸物である事実に呆れるべきなのか喜ぶべきなのか。
 エレメントの向こう側から覗くシンプルなデザインのボクサーパンツに目を細め、名前は繊細な手つきで中心の膨らみに指を這わす。人差し指を使い布越しに軽くこすったり、くるくると円を描きながら柔らかいその熱と感触を楽しむ。

「よし、じゃあ15分以内にイッたら私の勝ち。我慢できたら...」
「僕の言ったことに従ってもらうとしよう」
「はいはい。その時は大人しく帰るって」

ともあれ言霊は取った。一度この雰囲気に縺れ込めばよっぽどの理由がない限り最後まで致してしまうのがお約束。本能の為す性的快感には抗えまい。既に勝った気でいる名前はフェラチオの先に露わとなるであろうアーサーの快感に喘ぐ姿を想像してほくそ笑んだ。
 スタートを切られても名前は余裕たっぷりな態度を変えない。それこそ焦れったくなるような手つきの末に下着から顔を出したペニスは案の定ふにゃりと力なく横たわっていた。最初はやわやわと穏やかな刺激を繰り返す。ただ触れるのではなく宝物を愛でるように丁寧に且つねちっこく。アーサーは感じまいと我慢しているのかもしれないがそれこそドツボに嵌るようなもの。意識しないように振舞っているのは意識しているのと同義である。
 名前己のテクニックにそれなりの自信があった。知識、経験、直感で男のペニスを育てもういいと泣きごと漏らしてから射精させる。その瞬間が最高の快感なのだ。因みに自分の性癖がおかしい自覚はある。

「......、」
「ふふ、ちょっとおっきくなってきた」

アーサーは名前にバレない程度に小さく息を吐く。彼女の細やかな手つきを受けて自然とペニスは半勃ちに育ち、より強い快感を強請って震えた。名前は期待に応えんと指の輪で肉棒を扱いながら睾丸を揉む。これを何度か繰り返せば完勃ちとまではいかないものの、男としてこれ以上に立派なものはないと思わせる仰々しい男根が姿を現した。ちらりと手元のタイマーを確認する。この時点で6分弱。

「(いける...!)」

名前はこれまでの緩やかな動きを一変させて睾丸すくうように裏からじゅるりと舐め上げる。ピクリとアーサーの指先がわななくのを見逃しはしない。舌先で味わうように揺らし遊ばせる。そうして金玉から裏筋にかけて舌を繋げればドクリと血脈が走るのを目の端で捉えた。唐突に硬度が増し、また一回り成長を重ねる。アイス棒を舐めるようにじっくりと筋に舌を這わし、山頂を目指す舌がカリ首をなぞったかと思えば亀頭をついばむようなバードキスを繰り返す。

「っ、はぁ...名前」
「ん、ぅ」

鼻にかかるような吐息を感じ視線を上げた名前は仄かに頬を赤らませるアーサーと目が合った。快感に溺れていると表現するにはまだまだ遠いが心なしか高貴な瞳が溶け始めているような気がする。彼もちゃんと男だったことに安心しながら、もっといやらしい顔を引き出そうと亀頭をころころと舌で舐め回す。ぷくり、漏れた透明な粘液が不意に舌先に触れるとあの我慢汁特有のしょっぱさが鼻についた。

「(あと7分)」

本来ならもう少し焦らしたいところだが今夜は生憎の制限時間付き。名前は充分に反り立つペニスのカリ首に至るまでぱくりと咥えてみせた。根元を空いた手でしごきながら一定のリズムで吸い付いたり舐め回したりを繰り返す。アーサーのマラはついぞこれまで感じたことのない立派な硬度と形誇っており、咥内に広がる熱の塊にこれで体の奥まで貫かれたらどんなに気持ちいいだろうかといやしい妄想が蔓延る。下半身にくすぶる甘い疼きに気づかれないように名前は一生懸命奉仕を続けた。

「あーふぁー、ひもひぃ?」
「う、ぁ...口に入れたまま喋るのはッ、」
「らいひょーふ」

生理的な刺激に耐えるアーサーの苦悶する表情が名前の征服欲を酷く煽る。拳をぎゅっと握りしめ、空いた手で彼女の頭部に触れたアーサーは平常を保たんと優しく髪を梳く。アーサーにしか意図の分からない行動に名前は一瞬動きを止めたものの今度は速さを増し、卑猥な音を立てて舐めしゃぶる。

「ッ...!は、ぁっ」
「(あと2分)」

時間は余り残されていない。思っていたよりもアーサーの反応が鈍かったせいもあるだろうが、名前がフェラチオに夢中になってしまった節もある。空気を入れないように、裏筋をなぞりながら強く吸い上げるのを何度か繰り返せばぶるりとアーサーの腰が震えた。

「(もう少しッ)」

ラストスパートと言わんばかりに舌を絡ませる。わざとカリ首に小さく歯を引っかければ上から短い呻き声が落ちた。名前の髪を撫でていた手がくしゃりと歪み、口の中のマラがピクッと震える。どこから見ても限界、勝ちを確信した名前は近づいてくる終わりに心の中で小さなガッツポーズを上げた。



 それから名前が違和感を感じたのは残り時間が30秒を切った辺りだった。射精間近の快感を耐えるように震えていたアーサーの四肢が弛緩した時、何かがおかしいとペースは落とさぬまま眉をひそめる。

「(こいつ、雰囲気が急に変わったような)」

唐突な脱力はこの場面においてあり得ない。苦しそうに悶えていたマラは触覚だけを切り取ったかのように名前の舌使いに反応しなくなってしまう。

「まったく」
「ふぇ?」
「将来が心配になる技巧だな」

一筋の汗を垂らしながら、艶やかに目を細め口元に曲線を描くアーサーに嫌な予感が胸をよぎる。この場に似つかわしくない慈愛に満ちた笑みが男の余裕を表す。

「(ちょっと待って。このままじゃ...)」

一桁を切った残り時間に焦りと不安を感じずにはいられない。最初から最後まで自分有利と思っていたはずの駆け引きすらも、またアーサーの思惑通りだったのなら今度こそなけなしのプライドがぐしゃぐしゃになってしまいう。

「(はやくイケッての!)」

苛立ち混じりに名前の動きがやや乱暴なものへと変わる。尿道口をグリグリと弄り、金玉から裏筋にかけるまで性感を突くようなぶる。飲みきれない唾液が口周りを汚し、舌の動きと合わさって聞くに耐えない水音を奏でてもアーサーは穏やかな手つきで名前の頭を撫でるだけだ。

「名前。時間がないからと言ってそんなに乱暴に扱われるのは悲しいな」
「あんたねぇ!」
「おや、残念ながら時間切れのようだ」

ぽかりと開いたままの口元を拭いながら名前はアーサーの白々しい態度に腹を立てずにはいられない。時間切れ。勝負はアーサーに軍配が上がった。しかし名前が何より許せないのは彼がまたしても彼女を騙していたという事実だ。

「感じるフリなんてしちゃってさ、AV女優じゃないんだから」
「まさか、とても気持ちよかったよ」

語尾にフェラチオがつかなければ清涼感溢れる笑顔も、名前にとっては腹立たしいものでしかない。文句が足りないのか疲れた顎を気にせずアーサーに掴みかかったが最後、余程怒りが沸騰していたのか瞬きの合間に移り変わる景色に気づくのが遅れた。
 視界一杯に広がる顔だけは一丁前の男、その端から顔をのぞかせるのは装飾華美なシャンデリア。背中に柔らかなクッションの感触を察してパチパチと目を瞬かせる。今の間に何が起きたのか、どうして寝転んでいるのか、全ては自分に覆い被さるこの男だけが知っている。

「だから君から褒美を頂こう。確か、"僕の言ったことに従ってもらう"だったかな」

まだ家には帰らなくていい。そう言ってアーサーはすべりの良い名前の頬を撫でた。




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