また、まただ。
 あの激感が脳天を突き破る。名前は歯を食い縛り、衝撃にそなえた。

「いいよ、イッて」

耳元で囁かれると、どうにもダメだった。力の入れ方を覚えた膣内がきゅっとアーサーの指を締め付ける。意識が一瞬飛び、何も考えられなくなったかと思えば新たな刺激によって引き戻される。何度目になるだろうか、過度の絶頂感が染みついた体はもう二度と元には戻らない、そんな確信があった。羞恥と呼べる感情は消え、ただ悦びが残る。名前の理性をぐずぐずに溶かし、知性のない獣へと落としていく。
 アーサーは至極楽しそうに、それこそ鼻歌でも歌う勢いで膣内をほじくる。それこそ彼女の体が覚えるまで。クリトリスも一緒に。名前の誘いに難色を示していた面影は消え失せ、かといってただ性行に耽っている様子もなく。穏やかな微笑を絶対に崩すことなく、一つの目的を持って彼女を堕としにかかっているようだった。そうしてある程度絶頂がリズムを刻み始めた時点でそっと指を抜き去り絡みつく粘液を確かめる。

「大分ほぐれてきたようだ。これならそろそろ大丈夫かな」
「ひっ!?へ、な、何してッ」

中の緩み具合を確認するため、アーサーは両手を器用に使い名前の膣穴を掻き分けるように開いていく。その作業じみた工程に名前は消えかけていた羞恥を唸らせる。男の手によって女としての性を丁寧に開発された名前にすでに抵抗の意思はなく。ぽっかりと口を半開きに、全身を脱力させながらアーサーの責め技に身悶えていた。陰核を軽く舌先で突いてやれば、途端に素直になる。
 それでも消えてしまいそうな理性の欠片が最後の羞恥心を訴えているのか、余裕綽々なアーサーと自分の乱れっぷりとの対比が気になるらしい。前をはだけさているとはいえワイシャツとスラックスを着込んでいる男に対し、名前が愛液と体液に塗れた裸体をでいるのが余計に恥を煽るのだろう。せっかくここまで花開かせたのに、また意固地になられては堪らないと、アーサーは人差し指と中指を使い器用に名前の弱い辺り、膣の浅い場所を掻いてやる。

「は、ぅ...ん、ッは、あぁ...」

するとピクピク内腿を震わせながら、だらしのない顔をするものだからアーサーのはそれなりの達成感に見舞われる。弛緩した膣内をやや乱暴にかき回し、勢いをつけて引き抜くと開発された体はそれだけで僅かにイったようだ。中々の淫乱ぶりに然しもの男も苦笑いをこぼす。

「随分とダメになってしまったね」

そうさせたのは自分だと言うのに、まるで名前の体のふしだらさを笑うような口ぶりが我慢ならない。霞みかけた意識の向こうで、ふざけるなと呟く。確かにそう言ったつもりだったのだが何度目になるか分からない蕩けるような快感に浸るのに夢中で荒い息が数回漏れただけ。名前の文句は伝わっているのかアーサーは「そうだったかもしれないな、」と一人ごちて、額に伝う汗を張り付いた前髪ごと拭うようにかきあげる。その男らしい仕草に子宮の奥がキュンと疼くのを名前は感じた。
 好い肌触りのワイシャツを脱ぎ、ベッドの隅へと放り投げる。男は名前を後ろから支えていた姿勢を一転させ、彼女の顔横に両手をつき覆いかぶさった。快楽の微睡みに揺れる幼子に小さく笑ってから頭を何度も撫でてやる。彼の癖とも呼べる行為は安心とも愛情とも呼べぬ不思議な心地良さがあり、次第に名前の心だけでなく体もほぐしていく。そうして怒涛の快楽から鼓動が落ち着きを取り戻つつある中で、ぼやける視界に眉目秀麗な男が目に入った。いつか酒を拝借しながら妄想を膨らませたあの時のように、いや想像以上だ。完成された肉体美に目が向く。隣に立つ腕の程よい筋肉のつき方に感嘆の息を吐きながら、いよいよその時が来たのだと悟った。

「痛かったら教えて欲しい。なるべくゆっくり入れるつもりではあるのだが、どうも僕も限界のようだ」

これまで散々慣らしたのだ、痛いはずがない。「そんなこと一ミリも思っていないくせに」要らない気遣いに名前は恨み言を呟かずにはいられない。当の本人は彼女の心境など御構い無しに、ささやかな抵抗と閉ざされた太ももへ手を伸ばす。まだ見ぬ神秘の秘境を冒険し、遊び回ってそれでもまだ足りないと押し開かれた宝物庫への入り口。いくら経験を重ねようとこの時ほど雄としての本能が刺激されるものはない。ふちを震わせアーサーを待ち望む彼女へ亀頭による口づけを繰り返す。我ながら変態じみた行為だと分かってはいても、彼の熱が掠れる度に切なそうな声をあげる彼女の淫れぶりをもっと見ていたかった。

「っ、あーさぁ...」
「いくよ、名前」
「ンンッ!!っく...!っふ、ぁ...っ」

熱い塊がゆっくりと確実に名前の膣内へ侵入してくる。異物感こそあるものの今までのセックスにはなかった信じられないほどの甘い痺れに名前は内心驚きを隠せない。これは本当に性行為なのだろうか。良くも悪くも現実とは受け入れ難い感覚が大きな渦となって心と体を飲み込んでいく。フェラチオをした時から知っていた、世の女の理想を詰め込んだようなペニスは想像以上に名前の脳髄を揺さぶった。

「っふ、はぁ、ッ...はい、った...?」
「あと、もう少し...」
「そんなっ」

奥へ奥へと突き進む熱はまだ壺の中に収まりきっていないらしい。既に限界を訴える名前を余所にアーサーは聞こえないふりをしているのかグッと腰を推し進める。

「ひぃ、ゃ...っ!」
「、ッは」

突き立てていた腕を名前の頭部に回して押し進める腰と一緒に体全体が密着するようにアーサーは彼女をその腕の中へと閉じ込める。近づく胸板に応えるように名前もまたアーサーの背中へ腕を回す。そうして彼の腰の動きが止まり、中にある異物感も落ち着いてきた辺りで耳元に「全部入ったよ」と彼女を安心させる声が呟いた。

「少し無理をさせたね。痛みはないかい?」
「ぁ、だいじょうぶ...」

頷きながら名前はアーサーの胸の体温に頬を寄せる。男らしい筋肉質な肌は触れるだけでじん、と子宮が痺れさせた。互いに息を整えたところでおもむろに腰を振り出すアーサーに名前は「ひんッ」と引き攣るような悲鳴を漏らす。アーサーの手でやわやわにされた肉壁がしっかり陰茎を締め付ける。熱を持つ欲望がガツガツと膣内を抉る度に名前は体の奥を突かれる快感に目を剥いた。



 体の中を暴こうとする容赦のない動きがとてつもなく重い。名前は新たな快楽の渦中にいた。前後不覚の混乱状態で今自分がどうなっているのかも分からず、ただアーサーに腰を打ち付けられる度にぶるりと甘い痺れに酔いしれる。無意識に垂れた涎がシーツに小さな染みを作るのを頭の冷静な部分が眺めていた。一方で若さならではの体力を存分に使い名前を追い詰めていくアーサーは何も言わず時折小さく息を漏らしながら一定のリズムで腰を叩きつけるだけ。

「…あっ、っ゛…はぁ゛っ!...あっ!やぁ」
「...っふ、」

最初は正常位の体勢だった行為がアーサーの気まぐれでころころと体位を変えていく。よっぽどマニアックな姿勢は強要されないものの、体勢が変わるごとに膣内に轟くペニスの角度が変わり、名前は苦しむ羽目になった。そうして彼女の中を蹂躙するアーサーはまるで何かを調べるように膣壁の隙間という隙間へ肉欲を穿つ。二人の荒い息だけが灯る室内で対面座位の姿勢から快楽を貪る最中、ついにアーサーの腰振りを慣れ始めた名前の脳内へ、びりっと強烈な電撃がほとばしった。

「!?...あうッ!!」

一際甲高い悲鳴が溢れる。大きく背を仰け反らせこれ以上ないほどに激しく跳ねる名前。正に不意打ちと言わんばかりの衝撃に本人も何が起きたのか分からず、ぽかんと同じく口を開けるアーサーと視線が重なる。揺さぶりが止まり、二人の間にしばしの沈黙が訪れる。
...が、先に状況を飲み込んだのはアーサーだった。

「見つけた」

ともすれば年齢の割に幼く映る間の抜けた表情が、含みのある笑みへと早変わりする。その変化に名前は顔面を蒼白に染めた。アーサーの腰が再び律動を開始する。今度はしつこく同じ場所を狙って。

「あっ゛!?やッ、ひっ、ィ...!」
「奥の...ここ、かな。君が好きなのは」

思わず逃れるようと腰を捻り、ペニスを抜こうともがいた名前は、自分が繰り返し逃亡を図った上で一度として成功していない事実を忘れていた。アーサーは往生際の悪い名前を黙らせるように彼女の肩を押さえつけ下から強く腰を打つ。びくり、と彼女の全身が痙攣する。
 崩れそうになる女の腰と背中を支え、挿入したまま後ろを向かせ、器用に四つん這いの姿勢を取らせた。男は熱い肉の塊を一度ふちギリギリまで引き抜いたかと思いきや、ずるんと勢いよく彼女の弱点目掛けて叩きつけた。

「...っ、ッッ!っあ゛、っ!?」
「逃げようとするのはやめなさい。男を煽るだけだからね」
「ひ、う、やぁ!ふぎゅぅ…っ!!」

これまでと一変してアーサーの動きが激しいものへと変わる。頭の上に星が回る。もう何も考えられない。きっとこのまま馬鹿になってしまうのだと、名前は自分の知能指数が快楽で塗りつぶされていく恐怖に泣いた。

「あっ、あっ、やぁ、き、きもちっ、い」
「そう言ってもらえると頑張る甲斐があるというものだ」
「まっ!が、頑張らなくて、っ!い、ぃ、からぁあ゛!」
「はぁ、僕も気持ちいいよ」

人の話を聞きやしない。背後から突いてくる男に名前は頭だけ振り向きながら文句を言おうとしたところで、腕を取られる。四つん這いの体勢が崩されて背が仰け反るように上半身が宙に晒される。アーサーは名前両手首をしっかりと引っ張ったまま彼女の弱いところを腰を突き出してグリグリ抉った。前の方から悲鳴が漏れる。

「名前、辛いかい?」

アーサーの問いかけに何度も首を振る。気持ちが良すぎて苦しい。このままでは本当におかしくなってしまう。

「どうしてこうなってしまったのか、聡い君ならわかるはずだ」

どうして。頭の中がぐわんぐわんと揺さぶられ、まともな思考などままならない中で一つだけ分かっていることと言えば。それは、

「その上で、僕に言うことは?」

後ろで強く腰を振る男はきっと恐ろしく淡々とした瞳をしているのだろうと名前は思った。辛うじて残る理性のカケラを総動員させて、こんな状況を生み出すきっかけとなったあの夜の出来事を思い出す。

「(…世間は甘くない、だっけ)」

気づけば口が勝手に泣き声をあげていた。

「あっン、や、ぁ、っ!めっ、なしゃっ...!ごめんなさ、っ、ぃ。カジノ、もう来ないぃ」
「カジノだけ?」
「わ、悪いことっ、しないっ、から」
「約束してくれ」

頷けば、アーサーはくるりと彼女を再び向かい合わせの形でシーツの波に押し倒す。両太ももをしっかり開かせて、ぱっくり口を開いたそこへ一度抜いた逸物を遠慮なく繋げていく。ラストスパート言わんばかりに一等出し入れを速めたアーサーはガクガクと揺れる彼女の体を支えながら執拗に奥をなぶる。名前の背筋をぞわぞわとした快楽が走った。

「っ、...!」
「んん゛ッ!!」

アーサーの激しい打ち付けで最後の高みへと持ち上げられた名前は一拍して目の前の男も絶頂を迎えたことを認識する。僅かに苦悶の表情を浮かべる彼の顔はこれまでの勝手な想像よりずっと色っぽく、そして美しかった。

「...もしも約束を違えたら僕にも考えがある。それで今回の件は見逃すとしよう」
「は、はぃ...」

名前の意識はすでにここにあらず、テーブルゲームの席でアーサーとはしゃいだ際のあどけなくも可憐な姿は消え失せていた。卑怯で強引極まる手だと彼女に罵倒されても彼は構わない、そんな事実は承知の上でアーサーは彼女に約束させたのだ。微かに頬を高揚させた形だけは立派な王子様の顔が近づいてくる。寸前で名前の意識は限界を迎えた。

こうして名前は今夜という日を、酷く情けない顔を男に見せてしまった屈辱の日を、その脳裏に永遠に刻むこととなる。





 全身を襲う倦怠感に名前はこれ以上ないほど不快な朝を迎えた。曖昧な意識の覚醒の最中、昨夜の出来事がぐるぐると頭の中を駆け巡った末、ついに考えるのをやめる。痛むと言えば腰くらいで後は丁寧に暴かれたせいか、疲労はあれど関節を蝕む苦痛がないことに一先ず胸を撫で下ろす。大人が5人寝転んでもはみ出さない天蓋ベッドからのそりと上体を起こした名前は暫くの間、半分夢心地の気持ちの良い時間を味わう。
 部屋の入り口から見て奥、開かれたカーテンの向こう側は全面ガラス張りになっているのか太陽の光がさんさんと降り注ぐおかげで照明を灯す必要のない造りとなっているようだ。名前は滑らかなシーツで適当に体を覆い、静まり返った広い部屋を散策する。朝になって初めて知ったのだが、この部屋はやはり特別なようだ。窓の外に広がる都会の昼景色を優に見下ろせる位置にいるとは、中々どうして立派な建物に違いない。
 太陽が高い場所に浮いているのを見て、ふと今は何時か、漠然とした疑問が浮かぶ。

「(携帯...どこだ)」

屈辱の一時をギリギリ思い出さないように、さらに前へと記憶を辿る。そう言えばソファにクラッチバッグを投げたっけな、と探してみたものの見つからない。机の上にあった資料も消え、というかあの男がいない。そこまで考えに至った時、名前は誰かの来訪を告げるノックに顔を上げた。

「失礼します」

シルバートレイ片手に入室してきた男はアーサーではない。けれど、どこか彼と同じく人間めいた美しさを軽く超越する見紛うことなき美男子だった。染めっ気のない薄灰色の癖毛で片目を隠し、同じく鮮やかにのない黄金色が一つ、名前の姿を捉える。そうして、無表情に近い顔を面白いほど仰天させた。

「なっ、何て格好をしているんですか!」
「...あ」

一瞬何を言われているのか分からず、けれどそう言えばと自身の格好を見下ろす。彼が驚くのも無理はない。如何にも情事後の雰囲気を漂わせる部屋で女が全裸にシーツを包まっている場面に遭遇すれば誰だって戸惑う。

「着替えがなかったから、仕方ないじゃない」
「ベッドの脇に用意しておいたはずです」

その言葉に今度は名前が目を丸くする。彼女の予想が正しければ彼は昨日この部屋であったことを一通り把握しているようだ。

「蹴っ飛ばしちゃったのかも」

私、寝相悪いから。そう呟きながらベッドの周りを探れば案の定、地面に落ちている洋服を一式見つける。シンプルな白シャツにこれまたシンプルなスカートだが素材の良さが素人目にも伝わってくる。まさかこれを着ろと?疑念の視線を投げ掛ければ「あんな、よれたドレスを着せる訳にはいかないでしょう」と答えが返ってくる。てっきり早々にドレスを着て出ていきなさいと言われるとばかり思っていたせいか、紳士的な対応に驚きを隠せない。

「アーサー様からクリーニングに出した後、一週間後辺りにご自宅に届けさせると言伝を承っています」
「あ、そう。あいつどこにいるの?」
「......。ご多忙な身の上ですので、本日お会いするのは難しいかと」

男は名前のアーサーに対する"あいつ"呼ばわりに眉を顰めたが、特に咎めることもなくトレイをテーブルの上に置いた。銀メッキの見るからに値の張りそうなカップに紅茶らしきものをこしらえていく。彼が背を向けているのをいいことに手早く着替えた名前はそのサイズ感のぴったり具合から脳裏に爽やかな笑顔を浮かべる金髪の男の姿が過ぎる。

「苗字名前さん」

不意に名前を呼ばれて振り向く。澄み切った男の瞳が無言のままソファへ座れと促していた。

「昨日の今日でお疲れのところ申し訳ありませんが、今回の件は他言無用でお願いします。勿論、貴女にそんなつもりはないでしょうが、念の為」
「今回の件ってどれのこと?」
「全てです」
「...はーい」

「どうしよっかな、言いふらしちゃおうかな」とか「カジノ遊び楽しかった、ってSNSに投稿しちゃおうかな」とか言い返す言葉は幾らでもあったが、それを告げたところで自分の存在が危うくなるだけであるのを彼女は察していた。何より真正面に座る男には冗談が通じそうなタイプではない。そもそもお願いします、と向こうが至極丁寧な言い方で接してくることからおかしい。名前は問答無用で脅され追いやられても仕方がない立場だ。

「偽造罪も、地下施設入場に対する罰金もありません。貴女が口外さえしなければ。高校生に出し抜けれるようではこちらの面目も立ちませんからね」

罪を不問にしてやるから黙っていろと、名前にとっては万々歳な提案だった。差し出された紅茶の温かみに息を吐きながら本格的に今日のことは忘れようと心に誓う。紅茶と一緒に食したサンドイッチはとても美味しく、朝の不機嫌さをほっぽり捨てた名前は自宅まで送るという彼の申し出を断って一人高層ビルを後にする。裏口からあっさりと見送られ、最後にちらりとビルの最上階を見上げた。昨日の夜、あそこで起きた出来事を思い返しそうになって首を振る。油断すれば想像しただけで腹の下が疼くような、こんな感覚は早々に忘れるべきだ。

もう二度と会うことはないだろう男の姿を思い返して、すぐに消した。



ep.1-END


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