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「入って、ダリア」

ハンジに肩を抱かれたまま、入室を促されたそこは見覚えのある場所だった。
何回もは来たことなかったけれど、確かにそこはハンジの私室だとわかった。
相変わらず…。

「…汚い…ね……」

私は泣いているせいか言葉を上ずらせながら呟く。
ハンジは酷いな、と苦笑しながら扉を閉めて私と2人きりの世界を作ってくれた。

「みっともないところ見せちゃって…ごめんなさい…」

「そんなことないよ」

「巻き込んじゃって…ごめんなさい…本当に…ごめ……」

ぐいっと引っ張られハンジの暖かな胸におさめられた私は、子どもみたく声を上げて泣いた。
何も言わないハンジだったけれど、背中をとんとんと軽く叩いてくれることにますます泣けてしまった。

とん、とん、とん、とん、と心臓が脈打つ早さで背中に振動が伝わり、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「ハンジ……ハンジって男の人…だったのね…胸が…ない…」

「今そんなこと言う?っていうか今更感が半端ないんだけど」

戯けたハンジは私の顔を覗き込む。
涙で酷い顔をしてるはずだから、見られたくないのに。
私は泣きながら笑う。

「謎だとは…思ってたけど、どっちだって…よかったの。男でも…女でもハンジはハンジ…だから」

「ありがとう、ダリア。私は歴とした男だよ」

男宣言が何だか可笑しくて、相変わらず笑いながら泣いていると、笑うか泣くかどっちかにしたら?と言われてしまった。
じゃあ泣く、と再び私はハンジの胸に飛び込む。
しっかりそれを受け止めてくれるハンジは、安心したようで軽く息を吐き出した。

「…今夜は…ここで寝ても…いい?」

「言われなくてもここで寝かせるつもりだったよ。汚い部屋だけどいいかい?」

「…我慢…する…」

自分はソファに寝るからベッドに横になるよう勧められたけれど、一夜限りの居候とは言え、ベッドを占領するのは気が引けたから私がソファで寝ると主張する。

いいからいいから、とベッドに向かってグイグイ背中を押された。

「私はまだ報告書書かなきゃいけないし寝られないんだよ」

「壁外調査から戻ってきたばかりなのに…。身体は大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。ダリアより丈夫にできてるから。さ、寝た寝た」

「ありがとう…ごめんね、ハンジ」

程々にして寝てね、と言ってベッドに潜る。
少し埃っぽいけど、今の私には感謝の気持ちしかなかったから、いつもよりそれが気にならなかった。

泣いたせいで目が腫れるといけないから、と濡らした布切れをまぶたに乗せてくれたハンジ。

「ありがとう、ハンジ」

「どういたしまして。さ、おやすみ、ダリア」

「おやすみなさい」

今夜はもう何も考えない。
そう決めた私はハンジが走らせるペンの音を子守唄に目を閉じた。

次の日の早朝。
ほんのり太陽の薄い光がカーテンの隙間から差したことで目が覚めた私は、ゆっくり身体を起こした。
部屋を見渡すとソファではなく、机に突っ伏して寝ているハンジが視界に入る。

きっと耐えられなくなって寝てしまったんだろう。
何も言わず部屋から出ていくのは忍びなかったけれど、起こすのも気が引けたから、私はソファに転がっていた彼のジャケットを拾い上げ、そっと起こさないよう肩から掛けてあげた。

ありがとう、ハンジ。

心の中でお礼を言い、ハンジの部屋を後にした。
向かう先はもちろん自分の部屋。
仕事を始めるにはまだ早過ぎる時間だから1度部屋に戻り、少し休んでから身支度を整えるつもりだった。

まだ眠りの世界の中にある兵団内の廊下を物音立てずゆっくり歩く。
自室にたどり着き、扉の鍵穴に鍵を入れると、そこには違和感と嫌な予感しかなかった。
閉めたはずの鍵が開いていたから。
不安が私に襲いかかる。

今の私にはその不安に立ち向かうだけの勇気はなかったから、扉は開けず静かに鍵を引き抜き、そのままそこを立ち去ろうとした。
けれど遅かった。

一瞬で扉は開かれ、そのまま腕をとても強い力で引かれて、気づいた時にはもうベッドに組み敷かれていた。

「よぉ…朝帰りとはいい気なもんだな…」

今1番会いたくなかった相手。
そう、リヴァイさんだった。

息が掛かる程の至近距離で私を見下ろす兵士長の目は冷たく、目を逸らしたくとも視線だけで囚われてしまったかのような錯覚に襲われる。

両手首をぐっとベッドのシーツに押し付けられ、痛みさえ感じる。

「どこで何してたか答えろ、ダリア」

小さな声ではあったけど、有無を言わさないとでも言うのだろうか、語気はいつも以上に強かった。
それでも私は屈するつもりなんて更々ない。

「あなたには関係ありません、兵士長殿」

「…もう1度訊く。今までどこにいた」

「出て行ってください、兵士長殿」

フッと小さく笑いをこぼしたリヴァイさん。
次の瞬間、びりっと嫌な音が耳を掠めた。
着ていたシャツの胸元の部分が無理矢理破かれた音だった。
視界に入った兵士長はもう笑ってはいなかった。
私は恐怖のあまり思わず目を見開き、身体を捩る。

「離して…っ!」

「黙れ。…俺を甘く見るなよ、ダリア」

そう言うや否や私の首筋に噛み付いたリヴァイさんは、片方の手で私の両手首を頭の上で拘束し、もう片方の手で乱暴に私の着ている全ての物を引き裂くように取り去った。

「…やめ……て…」

「やめるわけねぇだろ」

私に跨ったまま、リヴァイさんも自分の着ていたシャツを脱ぎ捨て上半身を晒す。
ただただ恐怖に覆われる私。

再び首筋に吸い付かれ、そこから唇を移動させ胸の膨らみに歯を立てられる。
痛みで身体を捩るものの逃げられるはずもなく、涙を浮かべて耐えるしかなかった。

身体中をリヴァイさんの手のひらが這い回る最中、もう抵抗する気力さえ奪われた私はぼんやりと天井を眺める。
早くこの時間が過ぎ去ることを祈りながら。

カチャカチャとベルトを外す音が足元で聞こえた後、両手首を外されたベルトで拘束される。
ぎっちりと留められた手首が痛い。
何をしても無駄だと悟った私は、もうリヴァイさんの為すがままだった。

両膝を立てられ、リヴァイさんがその間に身体を割り込ませた時だった。
酷い痛みが下腹部に走った。
リヴァイさんが私の中に無理矢理入ってきたことが原因で、律動を繰り返されるたびに眉をしかめることしかできないでいた。
あまりにも性急で、快感なんてものはそこになく、ただあるのは苦痛だけ。

慣れない痛みに耐えきれず、私は泣きながら最後の力を振り絞って懇願した。

「…もう……やめて………リヴァイ……さん…お願い……やめて…ください……リヴァイさん……」

ぴたりと動きが止まる。
急に訪れた静けさの中には、さっきまでリヴァイさんの荒い息遣いが響いていたけれど、今は私の負に満ちた呻くような泣き声だけになった。

ずるりと私の中からリヴァイさんは自身を引き抜き、呼吸を整えてから、私をベルトから解放し自身に留め直す。
衣ずれする音でシャツも着たことがわかった。

その間も私は全身をベッドの上で小さく丸めて、静かに音もなく泣くことしかできずにいる。

スッと伸ばされたリヴァイさんの手に驚き、悲鳴が口からもれる。
私の顔に涙で張り付いた髪を一梳きし、すぐにその手が離れていった。

「…ダリア……俺が憎いか」

リヴァイさんの問い掛けは確かに耳に響いた。
だけど、答えられなかった。
恐怖は感じたし、その前には嫌悪だって感じた。
その事実は否定できない。
けれど、それが憎しみに繋がるかどうかまでは今の私にはわからなかった。

何も答えずにいると、リヴァイさんが立ち上がり、ぎしりとベッドが軋む。
ぼやけた視界の中に映るリヴァイさんの瞳は今にも泣き出しそうな程哀しさに満ちていた。

「俺は…憎まれても何でもいいから、お前が欲しかった」

小さな声でそう言葉を紡いだリヴァイさんは、振り返ることなく私の部屋から出て行った。

今流れている私の涙は何を意味するのだろう。
私は薄っすら赤く跡のついた手首を握り締めて、静かに瞳を閉じた。



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