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私の1日は、資料室の掃除から始まる。
朝一番からここに用があってくる人は滅多にいないし、何よりも綺麗な場所で良い状態で資料を保管することが務めだと思っているから。

数少ない窓を開け放ち、空気の入れ替えをした後、いつもだったら水を汲みに行くところだけど、今日はその前に行かなきゃいけないところがあった。

昨日、書棚にはたきをかけて埃を払っていたら、古くなったそれが折れてしまったのだった。これがなくちゃ掃除にならないと思った私は今日1番に備品が置いてある倉庫に行く予定だったのだ。

そこは兵団敷地内にあるとは言え、別棟に立ててある場所。
あまり足を運ぶ機会はこれまでなかった。
建物を目の前にして、あまりの老朽ぶりにゴクリと喉が鳴る。

相手がいるわけではないのに、失礼します、と独りごちてギギッと古びた扉を引いた。

からりと晴れている朝だというのに薄暗い上に、埃っぽい。
使われなくなった机や椅子が複数積み重なったり、掃除用具が置いてあったり、とにかく不用品と思われるものが押し込められている雑多な倉庫だった。

目当てのものを探していたら、目の前が影で覆われて更に暗くなった。

「おい…そこで何してる」

不機嫌そうな声を聞けば、振り返らずとも声の持ち主がすぐにわかった。
さすがに腰を屈めたまま、背中を見せておくわけにもいかず、作業を中断して、埃の付いた手を2つパンパンと静かに軽く叩き、声の発せられた方に身体を向かせる。

視界に現れたのはやはりリヴァイ兵士長だった。

「…ダリアか……こんなところで何してやがる」

「おはようございます、兵士長殿。探し物をしておりました」

敬礼をすると、この前のようにそれを解くよう身振りで指示された。
兵士長殿の私を見る表情はいかにも怪しいものを見るものだった。さっきの回答では、怪しさは晴れないようだったから、さらに私は言葉を続ける。

「資料室を掃除する時に使っていたはたきが折れてしまって…替えのものがないか探していました。…でもここにはそれがなさそうですね」

「そうか…掃除ができないのは問題だな」

「そうなんです。ところで兵士長殿は、ここに何かご用で?」

「ああ…偶然にも俺も掃除用の水桶に穴が空きやがったから、そいつを探しにな」

そうでしたか、と返事をしつつ、辺りを見渡した。
確かさっきまで探していた場所に水桶はなかったような気がする。
そのことを伝えると、小さく舌打ちされてしまった。

舌打ちしたくなる気持ちはわからなくもない。でも、無いものは無いのだから仕方ない。
どうしたものかと思案していると、1つの案が思い浮かんだ。

「兵士長殿、私は水桶を持っていますので、お貸しします。代わりにはたきを使っていらっしゃらない時で構いませんのでお借りできないでしょうか?」

少し図々しく思われるかもしれないけれど、背に腹はかえられぬとはこのこと。もしくは持ちつ持たれつかな。
多少の不安を抱えつつも、リヴァイ兵士長の言葉を待った。

「いいだろう…悪くない考えだな」

「ありがとうございます。では、1度戻って水を汲んだら桶をお持ちします」

「いや、そこまでしなくていい。俺がはたきを持って行ってやるから、お前は空の桶用意して資料室で待ってろ」

そこまで甘えるわけにはいかないことを口にすると、余計なことは考えるなと嗜められてしまった。

「わかりました。今回だけは甘えさせていただきます。申し訳ありません」

「チッ…まぁいい…」

また舌打ちされてしまった。
今後リヴァイ兵士長に何度舌打ちされるのか数えてみたくなった。

そう思うと何だが可笑しくて、思わず笑ってしまったのを兵士長は見逃すわけはなく、また舌打ちしていた。




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