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あれからリヴァイ兵士長は、約束どおりはたきを資料室まで持ってきてくださり、代わりに桶を渡した。
おかげで私は思う存分、資料室の掃除ができ、大きな充足感を得ることができたのだった。

はたきを返すのは手が空いた時でいい、と言われたため、資料の整理をあらかた終えた昼前に兵士長の部屋へと足を運ぶこととなった。

初めて行く兵士長の執務室。
きっと掃除が行き届いてて居心地がいいんだろうな、とか、その掃除をしている兵士長殿はやっぱり舌打ちしたり、眉間に皺を寄せたりしてるんだろうか、とか、想像を楽しみながら歩みを進めていると、あっという間に目の前に執務室の扉が立ちはだかった。

軽くコンコンと2回ノックをすると、入れ、と一言返ってきた。
その声には不機嫌さが感じられる。
どうかしたのだろうか。

「失礼します…はたき、お返しに参りました」

「ああ……わざわざ悪ぃな…」

「いえ、ありがとうございました」

部屋の中央奥に鎮座している机に向かって、何やら書類を広げているリヴァイ兵士長。
仕事が山積みなのだろうか。さっきの不機嫌の色はこれが原因かしら。

あまりキョロキョロするのは不躾な気はしたけれど、好奇心には勝てなくて少しだけ部屋を見回すと、案の定、整然としており、塵ひとつないように感じられた。

さすがだわ…。

席を立って私に向かってくる兵士長に気づき、視線を戻そうとしたら、貸した桶が視界に入った。
全然水が濁っていないことから、掃除に取り掛かれていないことがわかる。

「兵士長殿、差し出がましいこととは思いますが、何か私にお手伝いできることはありませんか?」

「あ?何言ってやがる。お前も職務中だろうが」

「幸いにも少しだけなら時間が取れますので、書類の整理のような簡単なことならお手伝いできます。そしたら、兵士長殿はその作業時間が浮いた分、お掃除ができると思うのですが」

きっと兵士長は、ご自身で掃除がしたいはず。
そう思った私は、リヴァイ兵士長が掃除できる環境を作るお手伝いをすべきだと判断した。

「ダリア…お前、資料室の管理なんて辞めて、俺の補佐に来ないか?」

リヴァイ兵士長はさも真剣だというような表情…無表情に近い真顔で思いもよらないことを言ってのけた。
本気か冗談かわからないところがややこしいと思う。

「光栄です、兵士長殿」

だから、私も兵士長と同じような顔を作って、本気とも冗談ともどちらとも取れるような声色でそう答えた。

「てめぇ、本気にしてねぇだろ」

「兵士長殿が本気であったら、きっともっと命令口調だと思ったもので。…でも、私は本気で兵士長殿のお言葉嬉しかったです」

「そうかよ。何ならもっといい仕事したら言葉なんかよりももっとすげぇ“ご褒美”くれてやるよ」

そう言うや否や兵士長殿は、滑らかな動作ではたきを持っていない手を私の顎に添えたかと思うと、ぐっと力を働かせたことによって、お互いの吐息がかかる程に距離を詰めてしまった。

すぐ目の前で挑発的な笑みを向けられた私は、ひとつ胸がどくんと鳴ってしまった動揺を押し殺して、こんなこと何てことないという顔をする。加えて余裕の微笑みを浮かべることも忘れずに。

「それは楽しみです。では、そろそろ書類整理に取り掛かりますので、私がいい仕事ができるようなご指示を、兵士長殿」

「やけに挑発的じゃねぇか、ダリア。そんなに俺からの“ご褒美”が欲しいか?」

「それはどうでしょう……さ、指示をください。お手伝いする時間がなくなりますので」

私は、このやり取りを切り上げると同時に顎に掛かっていた兵士長の手をやんわり解き、机に広がっていた書類たちに目を向けた。
若干不服さを滲ませた舌打ちをひとつしたリヴァイ兵士長は、てきぱきと分かりやすく私へ仕事を与え、自分も掃除に取り掛れるよう支度を始めていた。

さっきまでのやり取りが原因で心がゆらゆらと揺れていたので、それを鎮めようと書類に意識を持っていこうとしたものの、そんな努力は必要なかった。

視界の端に入り込んだリヴァイ兵士長。
頭の三角巾、防塵用だろうか口を覆う布。その姿を目の前にして驚かずにはいられない。

今日は兵士長のいろいろな側面を垣間見れた、そんな1日だった。




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