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次の壁外調査に関する書類の取りまとめが終わり、エルヴィンに提出する前に、ダリアの力を試してやろうと資料室に来ていた。

どうぞ、と通された奥の事務室。
自然な流れで隣り同士に腰を掛け、手持ち無沙汰な俺は始めこそは室内の所々に目をやり、然程広くないそこで見るものはなくなったから最後にはダリアの様子をそれと無しに見ていた。

しばらく黙って書類に目を通し、たまに言葉を頭の中で巡らせてるのだろう、宙を瞬きひとつせず見つめ、また手元に視線を落とす。
その動作を繰り返しているダリアの横顔から目が離せないでいる自分がいたことに気づき、心の中で舌を打つ。
クソ……たかだか女ひとりに気を取られるなんて俺らしくもない。

内心自分に毒づきながら、添削が終わるのを待っていると、隣りから、終わりました、の声が掛かった。

「ここと、ここと、あと、ここを…少しだけ表現を変えてみました」

書類を受け取り、手が加えられた部分に意識を運ぶ。
やはりエルヴィンが認めただけのことはある。内容はそのままだが、言い回しに捻りが加わり、より説得力が増した文書に変わっていた。

「ダリアよ、いい仕事ができたな。褒めてやる。…そういや、いい仕事やったあかつきにはすげぇご褒美やるって言ったよな」

自分でもわかるくらい口角を上げながら、ダリアへ身体を向け、距離を詰める。
この前のように、少しギョッとしたような顔をしたダリアの顎に指を添えて。

「ありがとうございます。でも、正直私なんかが見なくても、すんなりエルヴィン団長に受け取っていただける書類だったと思います。ですので、ご褒美は結構です」

「随分慎み深いじゃねぇか」

「生憎そういう性格なもので。それより兵士長殿はまだお時間には余裕おありですか?」

何か一息つける飲み物を、と俺の手をやんわり払った後、逃げるように椅子から立ち上がったダリア。
狭いながらも湯茶が置いてあるスペースがあり、そこで俺に背中を向けてカチャカチャとカップを用意する音を響かせ始めた。
その背中からはいつものような冷静さは感じられなかった。

「時間はある…お前をからかう時間くらいはな」

「私で遊ばないでください、兵士長殿」

「いいじゃねぇか、それくらい付き合え。クソメガネの相手なんかよりよっぽど有益だろうが」

「冗談はそのくらいにしていただかないと、エルヴィン団長にお願いして兵士長殿を出入り禁止にしますよ?」

「言うじゃねぇか…まぁいい。そうでなくちゃ面白くねぇからな」

トレーを持って机に戻って来たダリアは、溜め息を深く吐き出し、手馴れた動作で紅茶の入ったカップを置いた。
ゆらゆらとシンプルなカップから湯気が心細そうに立っている。

ゆっくりとカップを唇に運んだ。

「…中の下だな、紅茶の淹れ方は。まるでなってねぇ」

「コーヒー党なもので」

「はっ…言ってくれるな。もっと精進しろ」

かしこまりました、と取って付けたような返事をしたダリアだが、顔を見ればどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。
俺も同じ顔をしてるんだろうか。
不味い紅茶を啜りながらふと思った。

***

ダリアに日中見てもらった書類を提出しようとエルヴィンのところへ足を運んだ。
太陽は傾きかけているこの時間、昼間の喧騒が嘘のように隠れてしまった廊下は、自分が鳴らす踵の音がやけに響く。

団長室にたどり着き、ドアノブに手を掛けようとしたら、中から聞き覚えのある声が耳を掠めた。
何を話しているかまではわからないが、時折笑い声が混じっていることから部屋の雰囲気が想像できる。

面白くねぇ。

「入るぞ」

乱暴に扉を開ける。
やはり声の持ち主はダリアだった。
エルヴィンとダリアは、テーブルを挟んでソファに向かい合う形で座っていた。

つい今しがたまで笑っていたダリアは驚いたのだろう、急に押し黙ってしまった。
それに構わずつかつかとそこに近寄り、エルヴィンの顔の前に書類を突き出してやる。

「やけに楽しそうじゃねぇか」

どちらに言うでもなく、言葉を吐き出し、俺はどかりとダリアの横に腰掛ける。
居心地が悪そうにダリアが少し俺との距離を開けた。

「そういうリヴァイは、やけに不機嫌そうだな。顔が怖いぞ」

「生憎、元々こういう顔だ」

「…だそうだ。ダリア、怖がることはないようだよ」

「いえ…怖がっているわけでは…でもそろそろ私は退室いたします、こんな時間ですし」

「そうだな、引き止めてしまって悪かった。リヴァイも明日また出直してくれ。話はこの書類に目を通してからだ」

「ああ……行くぞ…」

失礼します、と丁重に頭を下げるダリアを尻目に俺はさっさと出口に向かった。
一瞬エルヴィンと目が合ったときに、何かを推し量るような薄笑いを向けられ、苛立ちが身体中を巡った。

「随分、エルヴィンとは仲良しじゃねぇか」

「仲良しだなんて…そんな…畏れ多い…。でもエルヴィン団長にはとても良くしていただいてます」

「そうかよ…そりゃ良かったな」

「ええ、感謝してます」

静かな廊下に2人分の足音が響く。
今のダリアは俺から話を振らなければ、何も話す気はないようだった。
それがますます俺の苛立ちを大きくさせる。

「では、私はこちらなので…失礼します、兵士長殿」

「ああ…気をつけて戻れ…」

にこりともせずに歩みを進めたダリアに、怒りさえ感じた俺はどうかしてると思った。

言葉で表せない苛立ち。
それを手っ取り早く消すために、その日の晩、適当に見繕った女を乱暴に抱いた。





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