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「…で、最近、リヴァイとはどうなの?」

昼下がりの資料室。
そこそこ日差しも入っていて眠気を誘う時間帯に、書類を1枚持って現れたハンジ。

いつものようにカウンターを挟んで、渡された書類に目を通していたら、大概ハンジは室内をうろうろして資料に手を伸ばして置いてある椅子に腰掛けるか、もしくは書類に書かれていることの捕捉説明をしてくれるのだが、今日はどちらでもなかった。

若干そわそわしながら、黙って私の様子をうかがっていた。
少し不審に思っていた矢先、私に向かって唐突に放たれた言葉に思わず顔を上げてしまった。

「どうって……どうしてそんなこと訊くの?」

「だってさ……おっと、質問返しとはずるいよ、ダリア」

「ずるいも何も突然そんなこと訊いてくるから驚くでしょ?」

「いいから、いいから。ほら白状しちゃいなよ」

書類を見てもらおうという気が全然なさそうなハンジに深く溜め息を吐いて、降参したということを表現するために書類をひとまずカウンターに置いた。
何を期待しているのか、よくわからないけれど、ハンジは鼻息を荒くして、私の両肩を掴む。

少しだけ、痛い。

「何もないよ。そもそもここしばらくは兵士長殿にはお会いしてないし」

そう、あの日、エルヴィン団長の部屋で偶然会った時に、不機嫌な顔を見たのが最後。

「なんでよ!もう!ちょっと何やってるんだよ!」

ハンジは大袈裟に頭を抱える格好をして、項垂れた。
本当に意味がわからない。
けれど、ちょっと面白い。

私からリヴァイ兵士長の執務室に足を運ぶ用事もなければ、理由もない。
どこかで偶然バッタリ会うか、兵士長がここに来るか、どちらかしかないのだ。

そう説明すると、今度は急に声のトーンを落として、カウンターに身を乗り出してきた。

「ダリアはそれでいいの?寂しくないの?どうなんだい?」

寂しい?
矢継ぎ早に繰り出された質問だったけれど、この言葉だけは私に強く印象づいた。

黙っていて答えないでいる私を凝視するハンジは、瞬きひとつさえしない。

「わからないわ……お茶でも淹れましょう」

「逃げる気だな、ダリア。そうはさせないぞー」

「そういうわけじゃないけど、そう思うならご勝手に」

肩に置かれた手を下ろして、腑に落ちないという顔をしたハンジを置いて事務室に向かった。
私に一体どうしろと言うのか、わからないまま。

後ろからついてくるハンジはまだ何かブツブツ言っていた。

「あ…紅茶が……」

「何?」

もうこれでなくなっちゃう、とポットに葉を入れながら答えると、興味なさそうにハンジはふーんとだけ返事をした。

「そろそろなくなるとは思ってたけど、何を買おうか悩んでたから兵士長殿に相談したかったのよ。詳しそうだしね」

「すればいいじゃん、そんなこと」

「だって…さっきも言ったけど、最近兵士長殿には会えないから聞こうにも聞けないの」

お湯を注いでポットの蓋をする。
一連の動作を机に頬杖をついて見ていたハンジは、はぁっと溜め息を吐いた。

しばらく蒸らした後、カップに琥珀色の紅茶を注ぎ、テーブルに並べる。
早速、それを口にしたハンジから意外な言葉が出てきた。

「うま!正直ダリアの紅茶あんまり美味しくなかったけど、どうしたの!?」

「失礼ね。でも同じようなことリヴァイ兵士長殿にも言われて、ちょっと悔しかったから、練習したのよ。今度は美味しいって言ってもらえるようにね」

「なんか安心したよ。あなたにもそういうところがあるってことがね。うんうん、そうかい。リヴァイに認めてもらいたいよね」

「だって悔しいじゃない?」

「ダリア、難しい文献ばかりじゃなくて、たまには恋愛小説でも読むことをお勧めするよ」

「ご提案ありがとう」

それからはいつものように私は書類、ハンジは文献を手にして、お互いが黙って同じ時間を共有した。
頭の片隅にリヴァイ兵士長の顔があったことはもちろん秘密。

ハンジとこんなやり取りをしてから、しばらく経ったある日。
資料を借りにくる人もなく、自分のペースで資料の修繕にあたっている時だった。
目の下の隈を深くした人物が何の前触れもなく、静かに現れた。

「紅茶、買いに行かねぇか…」

私の顔を見るや否や、おもむろにそう呟いたリヴァイ兵士長。
確かにお誘いの言葉だったけれど、それはまるで独り言のように小さく呟かれた。

ぜひ、と何の迷いもなく即答してしまう自分に内心驚いたのを慌てて隠すように、手元にあった資料たちを掻き集めたのだった。




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