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「オイ、ダリア、はぐれるなよ」

紅茶を求めるためにリヴァイ兵士長と一緒に訪れた街は、思っていた以上に人で賑わっており、私は既に目が回りそうになっていた。

そこへ兵士長からの一言。
はぐれるな、と言われても今歩いている場所は、自分の意思では足を運ぶことがままならない。
まさに歩くことに必死の私は、返事を返すことすらできていなかった。

それを見かねた兵士長は、何の前触れもなく、ぐっと私の手首を捕まえるのだった。

「す、すみません…」

「もうすぐだ。しっかり歩け」

深く頷き、捕まえられた手首を少し気にしながら、一生懸命歩いた。少し目の前で兵士長の黒髪がさらさらと歩みに合わせて揺れている。

しばらくの間、人を避けながら歩くと、少し人が少なくなったのか、道が拓けたような感覚が訪れた。
着いたぞ、といろいろな意味で待ちに待ったリヴァイ兵士長の言葉が聞けた時は、心の底からホッと安堵した。

更には、目の前の建物が目的地のものと認識できた時は面を食らったものの、何だか安心感を覚えた。

そこは、いわゆる雑貨店と呼ばれるような可愛らしさだったり、お洒落さだったりを携えた建物ではなく、レンガ作りで少し古びて味のある商店のような出で立ちだったのだ。

リヴァイ兵士長が扉を押すと、そこに現れたのは、どこか職人風な年配の男性。

「いらっしゃいませ……これはこれは…リヴァイさんじゃないですか。久しぶりですね。…珍しくお連れ様までいらっしゃるとは。どうぞどうぞ」

店内に入ると挨拶もそこそこに、リヴァイ兵士長は店主と紅茶の吟味を始める。
私はというと、初めて訪れた紅茶店で整然と並ぶ茶葉たちの種類の多さに目を引かれ、兵士長の後ろで店内をぐるりと見回していた。

「新しい茶葉を入荷したので、試飲されますか?」

「ああ、頼む。いつも悪いな」

あれこれと話をしていた2人だったけれど、それもひと段落したんだろう。
店主は奥に引っ込み、リヴァイ兵士長は案内されずとも店内の端に佇む簡素な作りのテーブルについた。
もちろん、私も一緒に。

しばし店内に静寂が訪れたと思ったら、兵士長から口を開いた。

「さっきの様子じゃ、お前、あんまり出掛けないんだろ」

「ええ、人が多いのは得意じゃないので。みっともなくて恥ずかしいです、すみません」

「謝ることじゃねぇけど、お前くらいの歳の女は買い物やら何やらを好みそうだがな。つくづく面白い女だな、ダリア」

ククッと喉を鳴らして笑うリヴァイ兵士長。
何がそんなに面白いのかわからなかったけれど、兵士長のこういう笑った顔は見ていて嫌じゃない。
少なくとも眉間に皺を寄せている顔よりいいと思う。

そうしていると、店の奥から店主が再び出てきて、シンプルな白い陶器のシンプルなカップが載せられたトレーを慎重にこちらに運んできた。
テーブルに置かれたカップからは紅茶特有の奥深い香りがしていて、琥珀色がとても美しかった。

「どうぞ、ごゆっくり」

再び店の奥へと戻る店主。
また私たちは心地良い静けさに包まれる。

淹れたての紅茶をゆっくり、リヴァイ兵士長に倣って運ぶと、今まで飲んできた紅茶を紅茶とは呼んではいけないと思ってしまう程の美味しさだった。

「…どうだ?前にお前が淹れた紅茶を中の下と言った俺の気持ちがわかるだろ」

「ええ…本当に美味しい…。どうすればこんなに美味しいものを淹れられるんでしょう」

「さあな…。まぁ、こんなに上等な紅茶は淹れられねぇけど、コツくらいは教えてやるよ」

「ぜひ、お願いいたします」

「じゃあ帰ったらすぐ食堂に来い。そのくらいの時間なら邪魔にはなんねぇはずだ」

これまで何度か紅茶の淹れ方を練習してきたけれど、なかなか成果が伸びず、めげそうになっていたところだ。
ありがたく指導を受けることにしよう。

飲み終えたタイミングを見計らっていたかのように店主が店に顔を出した。
リヴァイ兵士長が私の茶葉も選んでくれたようで、2つ小さな包みを手渡されていた。

「ごちそうさまでした。店主の紅茶をいただいて、私の中の紅茶に対する世界観が変わりました」

「そうですか。嬉しいことを言ってくださるね、お嬢さん。またいつでもどうぞ。お待ちしてますよ」

にっこりと微笑まれた私は、久しぶりに暖かな気持ちで満たされた。
ありがとう、とたくさんの感謝の想いを込めて店主に伝え、微笑みを向ける。
リヴァイ兵士長は、扉の側でそんな私と店主のやり取りを黙って見つめていた。

来た時よりもいくらか行き交う人々が減り、兵士長と並んでゆっくりと歩くことができる帰り道。
途中、すっかり頭から抜けていた紅茶のお代をお渡しすることを口にすると、気にするな、とだけ返されてしまった。

「そんなわけにはいきません。支払わせてください」

「うるせぇな。じゃあ、いつか紅茶の淹れ方が上達したらそれを飲ませろ。それでいい」

ま、いつになるか、わかったもんじゃねぇがな。
そんな意地悪なことを言われたにも関わらず、私は兵士長の横で小さく笑うだけだった。




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