どんよりとした雲から大粒の雨を降らす空を恨めしく見上げていた。
いくらハンカチで拭おうと意味が無い程濡れてしまった着物。
溜め息をついてぶるっと身体を震わす。
最近益々寒くなってきたところで、雨に打たれるとは。
風邪ひいちゃうかも。
早く帰って暖まりたいが、走って帰れる程近くではない。
どうしようかとシャッターの降りた店先で雨宿りをしながら、止む気配の無い空を見上げていた時。
ぱしゃぱしゃと水を蹴る音が近付いて来た。
白く煙った視界では、はっきりとは解らないが黒い人影が見える。
私と同じく雨宿り出来る場所を探しているのだろうか、それとも目的地へと急いでいるのか。
それ程興味も無く、暇な思考でぼんやりと見届けていたが、徐々に近付いてくるその人影が見覚えのある姿へと形作られていった。
「近藤さん!?」
「えっ!夢子ちゃん!?」
お互い驚いた顔で見合っていたが、ハッと我に返り慌てて近藤さんを屋根の下へと引っ張った。
「こんな所でどうしたんですか!?」
「ちょっと市中見廻りに出てたんだが、突然雨に降られてな」
そう言う近藤さんの全身からは水が滴り、足下へ小さな水溜まりを作っていく。
先程まで自身を拭いていたハンカチで、今度は近藤さんのへらりと笑う顔を拭っていく。
「夢子ちゃんは、どうしてこんなところに?」
「今日はおやすみを頂いて、買い物に来てたんですけど…」
ちらりと先程より強さを増したように見える雨へと視線を向けると、釣られたように近藤さんもそちらを見上げた。
「まだまだ止みそうにないな…」
近藤さんの方へと視線を戻すと、雨と風で乱れてしまった髪をかきあげていた。
その姿にどきりとときめく。
私の視線に気づいたのか、近藤さんが首を傾げながら私を見下ろし、何かと問うてきた。
慌ててぶんぶんと手を振り、顔に熱が集まっていくのを悟られないように俯いて足下の水溜まりに視線を落とす。
身体は濡れて冷えきってしまっているのに熱が集まっていくのを感じる。
「あ」
近藤さんが突然思い出したかのような声をあげた。
「確かトシがパトカーで見廻るって言ってたような…ちょっと電話して迎えに来てもらおう」
「そうですね。お願いします」
近藤さんはパタパタとズボンのポケットを押さえていく。が。
「あ、あれ?」
ジャケットまでもバサバサと振っている。
もしや。
「……ケータイ忘れた…」
眉を八の字に下げてしょんぼりとした目でこちらを見つめてきた。
私に助けを求めているのだろう。しかし。
「すみません。私のケータイは充電切れで…」
二人見つめ合い、がっくりと肩を落とし合った。
どうしようかと思案にふけっていると。
「ぶ…えっくしょん!!」
突然の大声に驚いてそちらを見れば、鼻水を垂らした近藤さん。
「大丈夫ですか!?ってこんなに濡れてたら大丈夫じゃないですよね!寒く無いですか?」
「今日は随分と冷えてるな。俺は大丈夫だけど、夢子ちゃんこそ、冷えちまってるじゃないか」
先程から活躍するハンカチで近藤さんの鼻水を拭いてやると、その手をぎゅうと握られた。
そんな近藤さんの手の熱もそれ程感じられないのは、彼も冷えてしまっているからなのか。
それとも私の熱が一気に手へと集まったからなのか。
きつく握り合うのは熱を逃さないようにする為なのか。
熱い視線にどくどくと鼓動が早くなっていく。
聞えるのは雨が地面を叩く音と私の心臓の音。
「あ、あの」
「何?」
私の手を指で擦りながら優しい声色を出してくる。
「このままここにいたら、風邪をひいてしまいます…だから…その…」
「ん?」
「…どこか………休める所に行きませんか?」
「…え」
「二人…だけで……」
近藤さんの手の動きがピタリと止まり、目を見開いて私を見ている。
勇気を出して言ってはみたものの、とても恥ずかしい。
返事が返ってくるまでの時間がとても長く感じてもどかしい。
でも、返事を聞くのが、こわい。
「それって…」
「め、迷惑ならいいんです!近藤さんが風邪ひいちゃったら大変だしって思っただけなんで!」
耐えきれずに慌てて言い訳を並べていく。
恥ずかし過ぎて早くここから立ち去ってしまいたい。
「私…走って先に屯所に帰ります!誰か迎えに来てもらうように頼んできますから!」
繋がれていた手を離して、雨の中に飛び出そうとした。が、その腕を掴まれた。
「…俺の勘違いとか自惚れじゃあ無ければ…さっきの…」
真っ直ぐ私を見据える彼の目が鋭く光っている気がする。
「もしかして…誘って…くれた?」
泣きそうな程に恥ずかしい。
近藤さんの方を見れずにこくんと小さくうなずくと、腕を掴む力が心なしか強くなった気がした。
「本当に…」
次の言葉を待つが、続きを紡がれる事はなかった。
「オイ。近藤さんと夢野じゃねぇか。何してんだ、こんな所で」
呼ぶ声に反応して2人でそちらを見れば、パトカーに乗った土方さんが窓を開けてこちらを見ていた。
「何だ、邪魔したか?」
「あ…」
「い、いえ!そんな事ないです雨宿りしてただけですよ。それより、丁度いい時に来てくれました!悪いんですけど、屯所まで乗せてってくれませんか?」
近藤さんの言葉を聞きたくないと、つい早口で捲し立ててしまった。
自分で言ったくせに。ものすごく後悔している。
土方さんがお店の近くに横付けしてくれるのを待つ。
後部座席のドアを開け、中へと乗り込むと、私に続いて近藤さんまでもが後部座席へと乗り込んできた。
いつもは助手席に座るのに、珍しい。
むしろ今は先程の事もあって、そばに居るのが恥ずかしいのに。
車の揺れを感じながら窓に打ち付ける雨を眺める。
頭の中は先程の後悔と不安。
私の真意は伝わっていたのか。
もし伝わっていたとすれば、引かれたかもしれない。
はしたないと思われたかもしれない。
勇気なんか出さなければよかった。
何も言わなければよかった。
この雨のように際限なく後悔が降り注ぐ。転がり落ちるように暗くなる思考。
はぁぁと深い息を吐いた時、ふいに手が温もりに包まれた感覚がした。
驚いてそちらを向けば、至近距離に近藤さんの顔が。
「さっきの、もし本気だったら……」
さっきと同じ、熱い、射抜く様な視線。
「今度のデートの時、二人っきりになれる所に行かないか」
目が離せない。
「もちろん、雨でも、晴れでも関係なく」
雨音は相変わらず激しく響いているが、それでも何故か鮮明に聞える近藤さんの声と私の血が巡る音。
こくりと頷き、近藤さんを見れば、隣で彼が鼻血を垂らしてしまっていた。
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