額をひんやりとした感覚が包むのを感じてゆっくりと瞼を開いていく。
相変わらずの気だるさを感じて、まだ熱が下がっていないのを痛感した。
あの雨の日、帰ってから急いで着替えたものの、やはりと言うべきかしっかり風邪をひいてしまったのだ。
なかなか熱が下がりきらず寝込んで三日目。
動ける程度だとは思うのだが、無理に働いて周りに感染してしまうわけにはいかないとおとなしく完治するのを待っていた。
寝返りをうとうとぼんやりとした視線を横へと向けると、そこに居ないはずの彼がいた。
「えっ!?近藤さん!?」
頭元で近藤さんがあぐらをかいて座っていたのだ。
「なんでここにいるんですか!?」
「今日は休みだから、夢子ちゃんの看病しに来ちゃった」
てへっと笑う彼に可愛さと嬉しさを感じるが、それを受け入れるわけにはいかない。
「ダメですよ!近藤さんに風邪が感染っちゃうじゃないですか!メールしたでしょう?」
せっかく部屋に来ないようにメールで伝えたのに。
意味が無いじゃないか。
「やっぱり心配だし…それに、ちょっとでも一緒にいたいなって」
きゅんとときめく事を言ってくれる。
嬉しい。
ずるい。
でも、だからといって許すわけにはいかない。
「ダメです。せっかくの休みなんですから、近藤さんの好きな事して過ごしてください」
「俺のやりたい事は夢子ちゃんの看病だから!」
「だっ…ダメです!」
「マスクするから!ね?」
まったく部屋を出ていく気が無さそうだ。
「それでもダメですー!」
上半身を起こして近藤さんの体を押し出そうとした。
しかし、急に起き上がったせいか、頭がくらりと揺れて力が入らず、押すどころか彼の腕の中へと抱かれに行ったような形になってしまった。
「おっと、大丈夫?」
慌てて謝り、離れようとするが、私を抱きとめる手が力強くて離れられない。
「あ、あの、近藤さん」
「んー?何?」
「…離してください…」
「やだ」
駄々っ子のように聞き分けなく私を抱きしめてくる。
この幸せな感覚についつい私が折れてしまいそうになってしまう。
「…子供みたいな事言わないでください。こんなに近いと本当に感染っちゃいます」
「いいもん!もし伝染ったら今度は俺が夢子ちゃんに看病してもらうから」
「何言ってるんですか。そんなのダメです」
「えっ!看病してくれないの!?」
「そんな事言ってないですよ。近藤さんが風邪ひいたらもちろん看病します。でも風邪ひかない方が大事です」
だからとぐいぐい彼の体を押して離れようとする。
「もう!なんでそんなに強情なんだ?」
近藤さんが口を尖らせながら不満気に問う。
「だって…そうしたらまたデートできなくなっちゃうじゃないですか」
今日だってせっかくのデートの日だったのに、風邪のせいで延期になってしまったのだから。
もちろん辛い時に近藤さんが側にいてくれるのは嬉しいが、またデートができなくなってしまうのはもっと辛い。
私の体を抱きしめる力が弱まったのを感じて上を向くと、にこにこと嬉しそうな顔をした近藤さんと目が合った。
「そんなに俺とデートしたいの?」
「そんなの…もちろんじゃないですか…」
改めて聞かれると恥ずかしい。
そっかぁ。と呟いて抱きしめる力を強めてきたかと思えば、ごろんと枕元に並んで寝転がってしまった。
「じゃあさ、添い寝だけ」
「いや、もう意味わかんないですよ!ダメですってば!」
全身の熱が上がってしまっている気がするのは確実に風邪のせいだけではないと思う。
本当に風邪をひいてしまった自分がとても憎い。
「少しだけ!」「ダメです!」の攻防を終わらせたのは、障子を開いて現れた山崎さんだった。
「局長、何してるんですか。いくら彼女だからって病人を襲うのはやめてください」
薬や水桶等の看病道具を乗せたお盆を持ちながら、呆れたため息をこぼした。
「何だ、山崎。羨ましいのか?」
そんな部下の視線など意に介していない様子で、変わらず私の隣に寝転がっている。
「羨ましいとかそんなんじゃないですってば」
「山崎さんー…助けてくださいー…」
「ほら、病人を困らせないでください。」
山崎さんはお盆を降ろすと、近藤さんの襟首を掴んで引っ張りはじめた。
「はなせ、山崎!俺は風邪を伝染されてもかまんから、夢子ちゃんといたいんだー!」
「安心してください。馬鹿は風邪ひかないんで」
大きな体をバタバタと暴れさせながらずるずると廊下へと引っぱられていった。
閉められてしまった障子をに向かって声をかける。
「近藤さん!あの、お見舞いは嬉しかったです!早く治すんで、元気になったら必ずデートしましょうね!」
障子に映る影が暴れるのをやめ、その代わりに元気の良い返事が返ってきた。
「もちろんだよ!夢子ちゃん!聞いたか、山崎!俺の彼女はなんて可愛いんだ!」
山崎さんの呆れた返事を聞きながら、早く治るようにと、少し広く感じてしまう布団へと入り直した。
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