「本当にすまん!」
勢いよく頭を下げながら、ぱちんと手を合わせる近藤さんに向かって気にしないでと両手を振った。
彼が謝った理由は、仕事により久しぶりのデートをキャンセルすることになってしまったからだった。
仕事優先なのは仕方ない事だし、また別の日にすればいい。
あの約束も。
でもやっぱり楽しみにしていたものだから、がっかりとしてしまう。
そんな気持ちを表に出せば、優しい彼を困らせてしまうのは明らかなので、できるだけ笑顔を浮かべた。
「映画の上映期間も終わっちまうし…」
何となく面白そうだと二人で気になっていた映画。
ギリギリ観れるんじゃないかと喜んでいたのだった。
「またDVDででも観ましょう?気にしないでください」
本当にそれについてはそれ程残念ではない。
それよりも。
「だから、気にせず出張に行ってきてください」
出張で居なくなってしまうことの方が何倍も悲しい。
「それで、その事なんだが…」
ゴソゴソとジャケットのポケットを漁り、そこから少し折り目がついてしまったチケットを取り出して私へと渡してきた。
「その代わりと言っちゃあなんだが、その出張、夢子ちゃんも一緒に行かないか?」
驚いた私は、行き先も確認せずに喜んで返事をした。
その日はあっという間にやってきた。
出張であり、あくまで仕事だが、初めて近藤さんと旅行に行けるととても楽しみにしていたのだ。
「じゃあ、俺達は用事を片付けてくるから、その間好きに観光でもしててくれ」
夜には戻ると、申し訳なさそうに言う近藤さん。
「わかりました、気を付けて行ってきてください。その間、明日の観光デートのプラン考えておきますね」
同行が決まったその日に買った付箋だらけのガイドブックを見せれば、近藤さんが嬉しそうに笑ってくれた。
そして隊士達に呼ばれた近藤さんは、名残惜しそうに手を振って皆のところへと歩いていってしまった。
「夢野」
私も同じく、名残惜しく近藤さんの後ろ姿を見ていると、土方さんが思い出したように話かけてきた。
「悪ぃが、俺らこのまま行くから部屋のチェックインと近藤さんの荷物運ぶの頼む」
そう言って鞄を私にポンと預けた。
「近藤さんだけでいいんですか?皆さんの荷物は?」
「俺らのは山崎に頼んでるからな。近藤さんのだけでいい」
「いいですけど…どうして近藤さんの荷物は別なんですか?」
「泊まる場所が違うんだよ」
何故1人だけ別行動なのか?
理由が解らず首を傾げた。
「これがあんたらが泊まる旅館の地図だ」
「え?」
地図を受け取り、キョトンとしていると。
「一応付き合ってんだし、同じ部屋でいいだろ。久しぶりの休みだ。一緒に泊まってそのまま次の日観光でもなんでもしろ」
その言葉に、驚きの余り危うく近藤さんの鞄を落としそうになってしまった。
「あ、ありがとうございます!フォロ方さん!」
「誰がフォロ方だ」
出張でデートが出来なくなり残念なこと、しかしそれ以上に一緒に旅行に行けるのがとても嬉しいと土方さんに鬱陶しがられる程話をしていたおかげか。
神々しく感じる土方さんに頭を下げて、地図に印が書かれている目的地へとうきうきしながら向かった。
まではよかった。
私は今、一人大きな湯船に浸かりながら、頭を悩ませているのだ。
嬉しさと緊張でハイテンションのまま、仕事から帰ってきた近藤さんを迎えに行き、一緒に豪華な晩御飯をいただいたのだが、1人になった今、現実に気付き怖気付いてしまったのだ。
あの雨の日の約束を近藤さんは覚えているのだろうか?
同じ部屋で一晩明かす。つまりはそういう事になるだろう。
しかし、うまくできなかったら?
やっぱり違うと思われたら?
拒否されてしまったら?
ネガティブな妄想ばかりがぐるぐると頭を駆け巡ってしまう。
しかし、いつまでも湯船に浸かっていても仕方がない。
はぁと大きな溜め息を吐いて、溢れる不安を胸の奥に押しやり覚悟を決めて脱衣場へと向かった。
支度を済まし暖簾をくぐると、そこには浴衣姿の近藤さんが立っていた。
「すいません!待っていてくれたんですか!?」
「せっかくだし、一緒に部屋に戻ろうかと思って」
へらりと笑うその表情はいつも通りで、何も知らずとも私の不安を払い除けてくれるようだった。
つられて笑う私の手を取り、仲良く部屋へと戻った。
しかし、部屋に入るとぴたりと2人の動きが止まってしまった。
わざとらしい程にぴったりと並べられた二組の布団に空気が凍ったように感じられた。
「あ、や…な、なんか近いよね!」
空気を察したのか、近藤さんが慌てて布団を引き剥がそうとするが、その手を優しく引き止めた。
「離さなくていいです。……いいえ、離さないでいてもらえますか…?」
「…いいのかい?」
こちらを振り返った近藤さんの視線が真っ直ぐぶつかってきて、更に心臓がはねた。
こくんと小さく頷けば、大きなその手で私の手を包み込んだ。
近藤さんの真剣な表情が近づくのを感じ、ぎゅうと目を閉じると、一瞬触れただけの唇はすぐに離れていってしまった。
恐る恐る目を開けると、目の前には眉を下げた近藤さんが優しく笑っていた。
「大丈夫?」
「…え」
「震えてる」
言われて初めて気がついた。
優しく包まれている手は目視でもわかるほどに震えてしまっていたのだ。
「嫌だったら、無理しないでくれ」
「そんな事ないです…ただ…」
震えを抑えようとしても、まるで自分の身体が徐々に支配されるように言うことを聞かなくなっているのだ。
「不安で…緊張しているだけです…すいません…」
「俺も、すっごい緊張してるし…」
その言葉に顔を上げれば、いつもより少しかたい表情の困ったように笑う顔があった。
「不安でたまらない」
「近藤さんも…ですか?」
「あぁ。こんな事して、夢子ちゃんに嫌われないかってな」
「そんな事絶対に無いです!」
「…夢子ちゃんは何が不安?」
優しい声のその問いかけにビクリと肩が跳ねた。
「私……実は初めてで…どうすればいいのか解らないし…失敗したらどうしようとか………私じゃ…駄目……だったら…とか……」
なんとか絞り出した声までも震えてしまっていた。
「やっぱり俺じゃあ信用無い?」
「違います!ただ、自分に自信が無いだけなんです…」
「自信?」
「こんな私が近藤さんと一緒にいていいのかなって…近藤さんにはもっとふさわしい人がいるんじゃないかって考えてしまって」
「そんなの、俺なんかいつも考えてる事だ」
えっと驚き、近藤さんを真っ直ぐに見つめる。
「こんなゴリラより、もっと似合う男がいるんじゃないかとか。夢子ちゃんは優しいから、本当は俺に嫌気がさしてるのに言えないでいるんじゃないかとか」
「そんな事無いです!」
「こんなに幸せだなんて実は全部夢で、夢子ちゃんは本当はいないんじゃないかとか。そんな馬鹿な事よく考えてんだ」
近藤さんが悲しそうな笑顔を浮かべていた。
「朝起きる度に不安でな」
ぎゅうと握る手に力が込められているのを感じる。
「だから夢子ちゃんを見るとホッとするし、俺に笑いかけてくれる度に嬉しくて抱きしめたくなるんだ。そんな事考えてるなんて気持ち悪いだろ?」
照れながら、ちらりと上目遣いでこっちを見てくるその表情にきゅんと心を掴まれてしまう。
この人はいつも底抜けに明るくて温いものを振り撒いている。
その奥にはこんなに弱くて可愛い部分がある事をどれだけの人が知っているのだろうか。
「でも私、朝から抱きしめられた事なんて無いですよ?」
そう言えば、近藤さんはきょとんとした表情を浮かべた。
「私もこの幸せな毎日が夢じゃないかって不安になるんです」
私が微笑めば、近藤さんもふっと柔らかく笑った。
「私はいつでも近藤さんと一緒にいたいし、ひっついていたいって思ってるんですけど、引かれたくないから我慢してるんです」
「…ははっ…一緒だな」
「一緒ですね」
ゆっくりと顔を近づけて、優しく口付けを交わす。
先程とは違い、震えも無い。
不安も薄らいだ。
「一緒なら、我慢しなくてもいいよな?」
「私も、我慢したくないです。心も身体も、もっともっとくっついていたいです」
そう言えばぎゅうとかき抱く彼の腕が胸が力が匂いが音が温もりが全てが心地よくて、やはり、近藤さんを好きになって良かったと心から思った。
彼もまた、私と一緒の気持ちだろうと思うのは、私の都合の良い夢なんかではなければいいと思った。
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