他の誰でもないあなただから


いつもより賑やかな声と、乾杯の音が部屋に響いた。
何やら大きな事件を解決したようで、屯所内はお祝いムードで大宴会が開かれているのだ。
そうなると、料理の準備や配膳、お酌等やる事はたくさんある。
忙しくはあるが、楽しそうな皆の顔を見ると、こちらも不思議と嬉しくなってくる。

宴会もずいぶんと進み、皆のお酒を飲むペースも落ち着いて来た頃、手を挙げて私を呼ぶお客様の元へと一升瓶を抱えていった。

「おっと。もっとたぁーっぷり注いじゃって!もっと!まだ入るから」

「これ以上入れると零れちゃいますよ。欲張らなくてもおかわりはまだまだたくさんあるので大丈夫です」

「ちゃんと俺の分残しておけよ。あ、そっちの瓶キープね」

そう言って嬉しそうな顔で表面張力ギリギリでコップに盛り上がっているお酒を啜り、銀さんは美味そうに溜め息を吐いた。

「あー!うめぇ!!やっぱりタダ酒は美味いな!なぁ、新八!」

「やめてくださいよ、銀さん。恥ずかしいですよ。それに僕はまだお酒は飲めないのでわかりません」

ごくごくと喉を鳴らす銀さんの隣りで新八君が若干引き気味の表情を浮かべながら、料理へと箸をのばしていた。

「かまいませんよ、今日はお祝いですし。好きなだけ飲んで食べて行ってください。万事屋の皆さんも、事件に協力していただいたそうで。ありがとうございます」

新八君にはジュースを注ごうとすると、すいませんと恐縮しながらグラスを持ち上げてくれた。

「そうそう。俺ら大活躍だから。おかわりちょうだい」

銀さんは、つい先程なみなみと入れたはずなのに、もうからっぽになったグラスをフリフリと振りながら催促を始めた。
はいはいとおかわりを注いでいると、隣りから可愛らしい声が聞こえてきた。

「銀ちゃんばっかりズルいネ!私も夢子にお酌して欲しいヨ!」

どこから持ってきたのか、神楽ちゃんの顔程もありそうな大きなジョッキをずいと前に突き出していた。

「すみません、お待たせしました」

ジュースを注いでいくが、明らかにジョッキの方が大きい。新しく瓶が何本いるかなぁ…そんな事を考えていると、ふと視線を感じて前を見れば、凝視といっていい程私を見つめる可愛らしい目と目が合った。
何かと笑顔を浮かべて首を傾げる。

「やっぱり、あのゴリラの彼女とは思えないネ」

「え?」

「何か弱みでも握られてるアルか!?安心するネ!私が守ってやるヨ!」

「いや、そんな事は…」

「遠慮しなくていいネ!私と夢子の仲ヨ!」

ほぼ初対面と言っていい程度の仲なのに、ヤル気満々なこの子をどうしようかと慌てていると、

「落ち着け神楽。こいつはな、マジであの変態ゴリラを保護してくれてる奇特な女なんだって」

「銀さん。もうおなかいっぱいですよね。お帰りですよね。おいとましますか」

「嘘嘘!すっごいお似合いカップルなんだよね!ね!!すいまっせーん!」

スっと飲みかけのグラスを引いてやれば、慌てて謝る銀さんを見て、笑いが込み上げてくる。
大事にグラスを抱える銀さんを横目に、次へとお酌をしに移動する。
スっと背筋を伸ばして楽しそうに優しく笑う彼女の前へと座って向かい合う。
遠くから眺める事は何度もあったが、ここまで近付いたのは初めてかもしれない。

「お妙さん、今日はありがとうございます。どうぞ」

お酒を注げば、ありがとうと受け取る所作も美しくつい見とれてしまう。

「どうかしました?」

そう声をかけられてハッとした。

「あ、いえ、すいません!あまりにも綺麗で見とれちゃって…」

ブフッとお酒を噴き出す音と、それがかかったらしい新八君の怒鳴り声が聞こえた気がした。

「えっ!やだ!夢子ちゃんったら!お世辞が上手なのね!」

「いや、お世辞じゃなくて本当に美しくって…」

「もー!本当に夢子ちゃんったら!」

嬉しそうに照れながら、神楽ちゃんとは反対側に座る隊士の人に張り手をひとつ。
当たり前のように吹っ飛んで行ってしまった。


美しくて綺麗で笑顔が素敵で強くて

そりゃあ近藤さんも好きになるよなぁ


はしゃぐお妙さんとは反比例して少し沈んでしまった。
こんなことじゃあ余計に駄目なのに。

「おーい夢子。酒入れてくれー」

銀さんの呼ぶ声でハッと気がついた。

先程吹いたせいで、せっかくのお酒をこぼしてしまったのだろうか?
そう考えて向かえば、銀さんが使っているグラスとは別のグラスを差し出していた。
何故だろうとは思いつつ注いでやると、そのまま私に渡してきた。

「お前も飲めよ。ずっと働いてて疲れただろ」

「でも、まだ仕事が…」

「そうよ!夢子ちゃんも飲みましょう!始まってからずっとお酌して回ってたじゃない。私が代わりに回ってくるから、少し休憩してて」

立ち上がったお妙さんが私の手から一升瓶を奪うと、笑顔で隊士達の元へと行ってしまった。

「待ってアネゴ!私も手伝うネ!」

楽しそうにお妙さんを追いかけて神楽ちゃんも行ってしまった。

「ちょっと、神楽ちゃん!そんな事しちゃ駄目だよ!」

一升瓶を無理矢理口に突っ込んで飲ませている神楽ちゃんを止めに、新八君も行ってしまった。

いいのかと近藤さんの方を見て見れば、松平さんと何やら話をしていて、まったくこっちを見る様子も無かった。

まぁ、皆の飲むペースも落ち着いて来たし、料理も粗方出してしまっている。
じゃあとグラスを受け取り、一口飲めば、気づいていなかったが喉が乾いていたようでごくごくと喉を通っていった。

「いい飲みっぶりだねぇ」

ニヤリと笑いながら、私のグラスへとおかわりを注いでいく。

「いや、さすがにそんなには飲めないですよ。片付けも残ってるし」

誘惑に負けないよう断るが、お酒の味を思い出した私は、手の中のグラスが眩しく見えてしまう。
心を強く持つために、近藤さんの方へと視線を向けた。

すると、そこには楽しそうに笑う彼と彼女。

きゅうと心臓が痛くなる。
お妙さんは私の代わりにお酌をしに行ったのだ。それならば当然近藤さんの所へも行くだろう。当たり前だ。仕方がない。頼んだ私が悪い。楽しそうなのも当たり前だ。元々好きな人だもの。嬉しいよ。あんなに綺麗な人だから。好きになって当然だ。惚れ直したって仕方がない。やっぱり私より全然凄いもの。また好きになっても……

「おい、夢子」

銀さんの声で現実に戻った。
どうしたと問う銀さんに頭を振って、手の中のお酒を一気に飲み干した。

「お、おい。何も一気飲みしなくても…」

「おかわり!」

「おいおい…どうしたんだ」

先程よりも少なめに注ぐと、銀さんは視線を上げて周りを見回した。

「…なるほどな」

そう呟くと、銀さんは私の頭にポンと手を乗せた。

「心配すんなって。前も言っただろう。あのゴリラは夢子が思ってる以上にお前の事好きなんだって」

「でも…実際にお妙さんをこんなに近くで見て、やっぱり敵わないなって思い知ってしまったから…」

口を尖らせて、ぶつぶつと反論すると、はぁと銀さんの溜め息が聞こえた。

「じゃあ、もし俺が夢子と付き合いたいって言ったらどうする?」

「え?」

「ゴリラと別れて俺の女になれよ」

「近藤さんと……?」

別れる?

「ゴリラより俺の方が断然イケメンだし、元カノがどうのとか悲しむ事もねぇ。好きだっつっても付き合ってる女悲しませて、昔の女選ぶような男フってしまえばいい。どうだ?」

真っ直ぐ目を合わせてくる銀さんの言葉を飲み込んでいく。
頭へと届くほどにじわじわと涙が溢れていった。

「や…だ……」

「ん?」

「近藤さんがいい…」

ぽろぽろと零れていく涙が、握りしめるグラスへと落ちていく。

「フラフラしてダラしない銀さんより近藤さんの方がかっこいいもん」

「おい」

「近藤さんは…私を悲しませたりしないもん!お妙さんじゃなくて、私を選んでくれたんだもん!」

涙をいっぱい溜めながら銀さんを睨みつければ、私の表情とは反対に笑いながら頭へと乗せた優しい手でわしゃわしゃと頭を撫でた。

「ちゃんと解かってんじゃねぇか。あのゴリラはメスゴリラじゃなくて、お前を選んだんだろ。自信持ってればいいんだよ。お前と同じで、あいつもお前しか見てねぇよ」

「銀さん……ありが…」

「おい!万事屋!!何、夢子ちゃん泣かしてんだ!」

バタバタと遠くから近藤さんがこちらへと駆け寄って来たのを見て、余計に胸が締め付けられる気がした。

「何だよゴリラ。メスゴリラおっかけんのは終わったのか?」

「ハァ!?何言って…」

「近藤さんッ!私…近藤さんと…別れたく…ないよぉ…」

「えっ!?何!?別れる!?ちょっ、どういう事!?」

「うえぇぇぇぇん!」

ボロボロと涙が止まらない私と事態が飲み込めない近藤さんとニヤニヤとそれを見守る銀さん。
解らないなりにも、近藤さんは突然の別れの話に焦りと汗が止まらなくなっていた。

「待って待って、夢子ちゃん落ちていて!俺、別れるなんて一言も…」

「あーぁ、ゴリラが夢子泣かした」

「てめぇ、万事屋!お前が泣かしたんだろ!」

「ちょっと銀さん。誰がメスゴリラだって?」

わぁわぁと騒いでいる私たちの元へと、黒いオーラを纏ったお妙さんが一升瓶を握りしめ、ゆっくりと銀さんへと近づいて行った。

「げ。お妙…いや、違うんだ。それは言葉のあやというか…」

「うえぇぇぇぇん!こんどうさんがいいよぉぉぉぉ!」

「あ、近藤さんが夢子泣かしてらぁ」

「ゴリラ!お前夢子泣かしたアルか!?最低ネ!近寄るんじゃねぇヨ!」

「ちょ、違う!誤解だって!」

「元々見損なってはいましたが、更に見損ないましたよ、近藤さん」

騒ぐ私たちは注目を集め、どんどんと人が集まり、更に騒がしくなっていく。

「あーもう!だから誤解だってば!」

一際大きな声でそう叫ぶと、いまだ泣き続ける私をひょいと担ぎ上げて、騒がしさを残したまま部屋を出て行ってしまった。

あまりにも一瞬の事で唖然としたまま私は、賑やかな声が遠くなって行った頃、やっと我に返った。

「あ、あの、近藤さん…」

恐る恐る声をかけると、近藤さんは足を止め、ゆっくりと私をおろした。
そしてそのままどすんと縁側に座ってしまった。
薄暗い外では近藤さんの表情が見えなくて、不安になる。いや、おそらく怒っているのだろう。

「夢子ちゃん」

静かな声で名前を呼ばれ、ビクリと肩がはねた。

「夢子ちゃんは俺と別れたいの?」

「いや…」

「俺と別れて、万事屋と付き合う?」

近藤さんの瞳は真っ直ぐと、月に照らされて悲しげに私を見上げていた。

「違います!私は…近藤さんと別れたくなんかないです!私を捨てないでください!」

膝まづいて近藤さんの手をぎゅうと握りしめる。緩んだままの涙腺からは案の定ぽろぽろと涙が零れていく。

「俺が夢子ちゃんを捨てるわけないだろう」

ぎゅうと強く私を抱きしめてくれた。
その強さと温かさを感じてじんわりとあたたかくなる。

「何で突然そんな話になったんだ?」

「だって…お妙さんを実際に近くで見たら凄く素敵で…そんなお妙さんと楽しそうに話してるし…」

「それは…ごめん…」

「そしたら銀さんが近藤さんより自分の方がかっこいいとか、近藤さんと別れてしまえとか…」

「あんの…万事屋…ッ!」

「違うんです。銀さんは私を元気づけようとしてくれただけで……私、近藤さんがいいです。他の誰かじゃ嫌なんです」

「俺も…夢子ちゃんじゃなきゃ嫌だ。他の人なんて見えてないから、安心して?」

お互い赤くなった顔を見合って、くすりと笑う。
どちらともなく、唇を重ね合わせた。
チュッと音をたてながら離れるも、まだ足りないと感じているのは私だけではなさそう。
再び近づく二人の耳に私の名前を呼ぶ大きな声が届いた。

「オォィ!近藤ォ!どこ行ったァ!二次会どこに行くかまだ決めてねぇぞォォォ!」

「夢子ちゃーん!大丈夫!?ゴリラに襲われてないー?」

「夢子ー!どこ行ったアルかー?おかわり欲しいネー!」

「お前ら、野暮な事すんじゃねぇよ。今頃二人でピーーーしてんだからよ」

「総悟ッ!お前直接的すぎんだろ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ皆を感じて、二人でまた笑い合う。
そろそろ戻ろうかと繋ぐ手はいつもよりしっかりと繋がれていた。

続きは、みんなが帰ってから。ゆっくりと。




 





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