雷の鳴る夜に思い出すのは


ゴロゴロと低音が響くのを体の内側に感じながら、まだ遠いかなと外を見ることなく近藤は考えていた。
それでも先程より少しづつ近づいて来ているのであろう雷を感じながら、思い浮かぶのは夢子の事であった。

「恐がったりしてないかな」

雷を恐がる女の子も多いだろう。
彼女はどうだろうか?
まだここに来て数日。もし恐いのであれば、とても心細いのではないだろうか。

下心が無いとは言いきれないが、近藤は夢子を案じて、ポツポツと降り始めた雨を横目に見ながら夢子の部屋へと向かった。


「夢子ちゃん。起きてる?」

障子から漏れる光が足元を緩く照らしていた。
バタバタと慌てるような音が聞こえたかと思うと、勢いよく障子が開かれた。

「近藤さん!?どうしたんですか?」

夢子の姿を見て、ドキリとした。
いつもは少し高めの位置に結われている髪が下ろされていた。
その髪は少し濡れており、肌は心無しか上気している。

「あ……いや、雷鳴ってるから…夢子ちゃん大丈夫かなって…」

「すいません、ありがとうございます。ちょうどお風呂いただいたところで…えっと…雷は…大丈夫です……多分」

多分…?と少し不思議そうにする近藤に対し、夢子は焦っていた。
こういう時、どう答えるのが正解なのか。
お妙さんならどう答えるのか。
その迷いがそのまま出てしまった。

「まあ…大丈夫ならよかった。邪魔してすまん、おやすみ」

照れたように笑いながら、近藤は部屋をあとにしようとした。
せっかくわざわざ来てくれたのに。
もう少しこのまま一緒にいたい。
そう思うのに夢子は動けなかった。

ドォォーン!

「きゃあ!」

すぐ近くに落ちたのだろうか、全身を震わすような轟音が響いた。
それほど雷を恐がらない夢子でも思わず恐怖を感じてしまう程だった。
だからだろう。思わず近藤の着物をギュッと掴んでしまった。まるで引き止めるかのように。

「す、すいません!」

「…やっぱりこわい?」

慌てて離した手を握り、小さく頷けば「そっか」と優しい声が降ってきた。

「…だから、あの…よかったらもう少し…一緒にいてくれませんか?」

自分を見上げる瞳に、近藤は心臓が高鳴った。
返事をすると夢子は嬉しそうに笑った。



一緒にいるからといって、別段何かをするわけでもなく、会話が盛り上がるわけでもない。
しかし、お互いに不思議と居心地の良さを感じていた。
ぽつりぽつりと交わされる会話。

いつの間にか雨もあがり、雷などいつ鳴っていたかも思い出せない程になっていた。

「そろそろ眠らないとな。夜遅くまですまん」

そう言って立ち上がる近藤に慌てて首を振り、お礼を伝えた。

「じゃあ、おやすみ」

廊下まで見送ると、名残惜しさがどんどんと胸に広がっていった。
「もう少し一緒にいたいです」
そう言いたい気持ちでいっぱいになるが、彼の迷惑になってしまわぬよう胸の奥にしまう。
しかし、近藤も同じく離れ難い気持ちになっていた。
じっと自分を見つめる夢子を見ていると、どうしようもなく焦がれる。強く抱き締めてしまいたくなる。
しかし、いくら婚約したとはいえ、まだ出会って間もない彼女にそこまでは出来ない。してはいけない気がする。

少し間を置いて、彼女からの「おやすみなさい」が聞こえた。

「また、明日」

そう言って微笑んだ彼女は、いつもより数倍綺麗に感じた。
そうだ。明日がある。俺らにはまだまだ先があるんだ。焦らなくてもいい。ゆっくり距離が近くなればいい。その時にはこの気持ちを我慢せずに強く彼女を抱き締めてしまおう。




 





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