眠い目を擦りながら夢女は廊下を歩いていた。
いつもより早い時間に目が覚めたのには理由がある。
「まったく、何でこんな朝っぱらから騒がしいんよ。」
人が忙しそうに行き交う大坂城内を三成の部屋へ向けて歩いていた。
「おはよー……あれ、三成?おらんの?」
いつもの様に三成の部屋の障子を勝手に開ける。
だが、いつもはため息をつきながらも政務を中断して振り返る三成が今日はいなかった。
何か用事があるとか昨日は何も言ってなかった気がするが……
バタバタと走り回る女中の一人を引き止めて話を聞く。
「ご存知ありませんでしたか?明け方より石田様は……」
「え……」
バタバタと長い廊下を走る音が広い大坂城に響く。
「半兵衛ッ!!」
夢女がいつも以上に勢いよく障子を開けると、いつもと変わらない彼が微笑みながら振り返った。
「おはよう、夢女君。どうしたんだい、そんなに慌てて。」
「三成が出陣ってどういうこと!?」
半兵衛は綺麗な微笑みを消して問いを返す。
「……そんなこと、一体誰に聞いたんだい?」
「そんな事どうでもいいねん。何でうちに黙って出陣なんか……」
「君に話すと止めるだろう?」
「当たり前やんか!戦なんか……もしもの事があったら……」
「夢女君。」
静かに、しかし諌めるように強い口調で名前を呼ぶ。
「残念だけど…今、君や僕達がいるのは戦国乱世の世界なんだ。迫り来る敵は討たなくてはならない。わかるね?」
「わかるよ……わかるけど…ッ!」
夢女も頭では解っているつもりだ。
でも、感情はそれに付いてこない。
見慣れたゲーム画面が頭をよぎる。
バタリと倒れる武将。
―討死―
ゲームならばコンテニュー選択でいくらでも甦る。
でも、今、夢女がいるこの世界では……
「みんなで話して、君には心配をかけないように黙っておくつもりだったんだけれどね。」
俯く夢女の頭をさらりと撫でながら、優しい声色で話す。
「大丈夫、大きな戦ではないし、家康君も一緒に向かわせている。」
「……家…康…………」
「心配いらないよ。無理はしないように言ってある。彼等を信じて欲しいんだ。」
「……………うん。」
「ありがとう。」
半兵衛は優しく微笑みながら夢女の頭を撫でていた。
縁側に座ってぼんやりと中庭を眺めている夢女のもとに左近が笑顔でやって来る。
「夢女ちゃん!夢女ちゃんの好きな城下の団子屋がまた限定の団子売ってるみたいでさ、一緒に食いに行かねぇ?」
「うーん。……やめとくわ。左近買ってきてよ。待っとく。」
笑顔で返事をするがいつもとは少し違うのを左近は感じていた。
「そっかぁ、残念。じゃあ俺が夢女ちゃんの分も買ってくるよ。」
左近は元来た道を戻りながらふと後ろを振り返り、さっきと同じように中庭をぼんやりと眺める夢女を見て悲しそうな表情を溢した。
「刑部さん……ずっとあの調子っすよ。城下に行こうって誘っても団子買ってきても少ししか食わねぇし……夕餉も殆ど食ってねぇんすよ。」
自室で政務をこなす大谷の背へ向けて左近は愚痴を溢す。
「仕方なかろう。夢女は戦から戻らぬ三成が心配故なぁ。」
「俺らは夢女ちゃんの方が心配っすよ!」
三成が出陣してから一月が経とうとしていた。
その間、一見いつも通り過ごす夢女だったが、日を追う毎に元気がなくなっているのは誰もがわかっていた。
「そうよなぁ。しかし先刻、戦が決したと伝達があった故、三成も直に戻って来よう。」
「マジッスか!じゃあ早く夢女ちゃんに知らせに行きましょうよ!」
「待ちやれ、この刻限であれば夢女も身を休めておろう。まだ戻るまでに数日はかかるであろう。夢女に話すのは明日でよかろ。」
浮き足立つ左近を諌めて、大谷が左近の方へと振り返る。
その時、すっと廊下に面した障子が開いた。
寝間着に着替え、眠る準備を整えた夢女だったが、今日も眠れず布団の上に座り、障子の隙間から射し込む月明かりを見つめていた。
半兵衛の言葉を…三成の強さを疑っているわけでは無い。
しかし、日に日に増していく不安が胸を覆い尽くしていく。
誰かを、三成を失うのが怖くてたまらなかった。
ぼんやりと見つめていた月明かりがふっと消える。
月が陰ったわけではないのは、部屋の奥に伸びた月明かりが示していた。
恐らく、ここ数日ろくに眠っていない事に気づいている半兵衛か刑部あたりが自分を心配して様子でも見に来たのだろう。
そちらに視線をむけようとした時、その声が耳に届いた。
「夢女。」
夢女の動きが一瞬止まる。
この声は……
勢いよくそちらへ顔を向ける。
月明かりを背にして立っているその人物は、帰りをずっと待ち望んだ彼であった。
「三……成……?」
「今、戻った。」
そう遠くはない距離を夢女は手を伸ばし、三成の元へ駆け寄ってその体に抱きつく。
「良かった……ほんまに……良かったぁ……」
流れた涙が着物を濡らす。
「すまない。遅くなった。」
「ううん。…無事で良かった。ほんまに…会いたかった……」
「…夢女……」
三成は少しやつれたように見える夢女の頬へ手を伸ばし、顔を上げさせる。
夢女の潤む瞳に自分と月が映るのを見た。
「夢女……」
「三成……」
ゆっくりと三成の顔が近づいてくる。
夢女は瞳を閉じて三成の唇を受け止めた。
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