あれから五日が経った。
見回りの兵以外には誰にも会っていない。
皆はどうしているのだろう。
ここは皆のいた世界ではないのか?
何故皆は会いに来てくれないのだろう。
何故、何故。
「おい、起きろ。」
膝に埋めていた顔を軽くあげ、目だけを格子の外に向ける。
この五日間、睡眠も食事もろくにとっていないせいか体が気だるい。
「お前が言っていたお方を連れて来た。」
頭がぼうとする。
彼が何を言っているのかわからない。わかろうとも思わない。
「あんたか?俺に会いたいってぇのは。」
聞き覚えのある声が耳から鼓膜を伝わり脳まで届く。
ハッとなってそちらを向くと、赤とピンクの服に金の胸当て、茶色と赤の髪、見慣れた顔に、いつもとは違うが見知った姿がそこにあった。
「さこ…ん…」
ずっと、ずっと待っていた人がそこに居た。
立ち上がるのも煩わしく、這って格子へと近づいていく。
「左近、良かった。会いたかった。皆は?」
「…皆って誰だ?てかあんたと俺、どっかで会ったことある?」
左近は怪訝な顔でこちらを見ながら質問を返してきた。
「え…ちょっと、左近。何冗談言ってるん。夢女やんか。忘れたん?」
「夢女…?悪ぃけど知らねぇなぁ。」
頭から冷水をぶっかけられたような感覚になった。
こんなタイミングでこんな酷い冗談を左近は言ったりしない。
ならば、この世界の皆はうちが知っている皆とイコールではないのだろうか。
「何だ、人違いか?」
それでも。
「どうした?」
「……皆は…秀吉と、半兵衛と…三成と、刑部は…元気?」
「は?何で三成様達の事…」
「答えて!」
更に怪訝な顔でうちを見る左近に心を締め付けられながらも、まだ見ぬ彼らの安否を問う。
なかなか答えない彼に苛立ち、ついつい声を荒げてしまった。
「…?あぁ。」
その声に気圧されたのか、左近は疑問を浮かべながらも答えてくれた。
その一言にホッとする。
こんな戦国の世の中じゃあ、いつ、誰が死んでもおかしくない。
皆の無事を聞けただけでも。
「良かった。…ありがとう。」
そう礼を言って笑顔を左近へとむけた。
「あ…うぐ…ぁ……」
その直後、左近が急に頭を押さえて膝を付いた。
「左近!?どうしたん!?」
「左近さん!?」
兵が左近のそばに走り寄り、おろおろとうろたえている。
自分の右手を左近の方に伸ばすが、格子が邪魔で届かず、触れることも出来ない。
くやしくてもどかしくて…その憤りをぶつけるように格子を力強くぐっと握り締めた。
「…夢女…ちゃん…?」
ぽつりとうちの名前を呼ぶ懐かしい響きが届いた。
「…左近?」
「……何で…俺…忘れてたんだ?」
「左近さん?どうしたんで…」
左近は手を伸ばそうとする兵を無視して立ち上がり、驚いた表情を浮かべながら真っ直ぐこちらに近づいて来た。
「夢女ちゃんじゃねぇか!何でそんなところに!?」
先程までの左近と纏う空気も様子も全く異なっている事に混乱する。
しかし、それはとても懐かしく感じた。
「左近?…え?」
「すまねぇ。何故だかすっかり夢女ちゃんの事、忘れちまってた。ちょっと待ってな。おい、今すぐここを開けろ。」
「えっ!?ですが左近さん…」
「いいから急げ!責任は俺が持つ!」
怒鳴られた男が慌てて錠を外して扉を開けた。
開いた扉をくぐり、数日ぶりに牢屋の外へと足を踏み出したうちは、左近の前へと歩み寄った。
涙で視界が歪む。
両手で左近の腕に掴まり、ぎゅうと握りしめた。
「左近…ありがとう。」
「俺こそすまねぇ。もっと早く来ていれば…」
「ううん。来てくれただけで…思い出してくれただけで充分やから。」
嬉しさで涙が溢れて、ぽたぽたと足元を濡らしていく。
左近の手が頭を優しくぽんぽんと撫でてくれた。
それだけで全身が、心があったかくなった。
しばらくそうしていた後、左近は思い出したように声をあげた。
「今、刑部さんも城にいるんだった!ちょっと呼んでくるから!」
そう言ってうちを兵に預け、脱兎のごとく階段をかけ上って行ったのを見つめていた。
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