さんにんめ


「大谷君、ちょっといいかな。」

半兵衛に呼び止められ、廊下を輿に乗り自室へと向かっていた大谷は振り返った。

「君が女性を匿っているという話を小耳に挟んでね。」

やはりその話かと大谷は思った。

二日前に夢女と会い、大谷が記憶を取り戻した後、夢女は泣き疲れて眠ってしまった。
自室に連れて行き、寝かせてはいたが心労がたたったのかその日から熱を出して寝込んでしまっていたのだ。

夢女の体調が戻ってから会わせようと思っておったが…

「賢人よ。1つ問いたい。夢野夢女という名に聞き覚えはあるか?」

「夢野夢女?…悪いけど記憶にないね。一体誰だい?」


やはりそうか。


「賢人よ。後でわれの部屋へ来てくれぬか。」

「君の部屋へ?それは構わないけど…一体どうしたんだい?」

「…会わせたい奴が居るゆえ。」

一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、ふんわりといつもの笑顔を浮かべ、わかったと踵を返して廊下を歩いていった。

その姿を見届け、大谷は夢女の眠る自室へと輿を進めた。











夢女の世話を女中に任せ、大谷は机に向かっていた。
夢女の苦しそうな息づかいと手拭いを絞る水音だけが部屋にこだまする。
用事を済ませた女中が大谷に頭を下げて部屋を出て行った、その直ぐ後に別の気配が部屋の前にやって来たのがわかった。

「大谷君、僕だよ。」

障子を開き、半兵衛が部屋へと入ってきたのを確認し、夢女が眠る布団へと案内をした。

「この女性は?」

夢女を見ても半兵衛は顔色1つ変えることは無かった。

「…やはり何も思い出さぬか。」

「思い出す?一体何の話だい?」

大谷がどう話を切り出すか思案にふけっていた時、足元からか細い声が聞こえた。

「刑部……ありがとう。」

真っ赤な顔で手拭いを額に乗せた夢女が虚ろな眼差しを大谷に向けていた。
輿をゆっくりと夢女の枕元へ近づける。

「起きておったか。」

「うん………半兵衛…連れてきてくれたんやな。」

目を細めて薄い笑顔を大谷に向ける。

「初めまして、かな。君は何故僕に会いたがっていたんだい?」

夢女はゆっくりと声をかけてきた半兵衛の方へ顔を向けた。

「君は一体……」

夢女と目が会った瞬間、半兵衛は眉間に皺を寄せ、額を手で押さえながら目をそらした。

「半兵衛…覚えてへんかもしれへんけど…うちは…」

「夢女君…。」

「え?」

「何故君がこんなところに!?」

慌てた様子で布団へ駆け寄り、夢女の手を握って反対の手を頬へと伸ばした。

「凄い熱じゃないか!どうしてこんな…」

「五日程、城の地下牢に入れられておったのよ。その心労か二日前より熱を…」

「何だって!?何故地下牢なんかに…」

「うち…怪しかったみたいでな…捕まっちゃってた…」

はは。と笑う夢女の笑顔が痛々しくて半兵衛は眉を寄せる。

「何て事を…そんな…すまない、夢女君。」

「仕方ないって…皆忙しそうやったし…それに半兵衛も記憶無くなってたんやろ?」

その言葉にはっと思い出す。

「そうだ、何故僕は記憶がなかったのか…それに僕もって…もしや大谷君もかい?」

半兵衛の問いかけに大谷はこくりとうなずく。

「われも左近も夢女に会うまで…いや、会っても思い出せなんだ。」

「左近君もかい!?…じゃあもしかして秀吉も…」

「多分…まだ会ってへんから確かやないけど…三成もそうやと思う…」

夢女は半兵衛の手をぎゅっと握り返した。

三人は思い出してくれた。
でも、あとの二人が思い出すという確証はどこにもないのだ。

「だったら夢女君の体調が戻り次第、秀吉に会わせよう。」

「…うん。」

「夢女君は何も心配しなくていい。ゆっくり休むんだ。」

そう言って髪を優しくなでる。
それを受けながら、世界が変わっても変わらずお母さんだなぁと思い、顔が綻ぶ。

「このまま夢女君を大谷君の部屋で寝かせておいて構わないかい?一人の部屋より誰かがいた方がいいだろう。医者は僕が手配しよう。」

「あい、わかった。」

「お世話なります。」

半兵衛はふふと笑って夢女の頭をもう一撫でして立ち上がる。

「じゃあ、僕は行くよ。また様子を見にくるから。」

「うん。ありがとう。」

半兵衛は夢女に笑顔をむけ、障子を閉める。
それを見届けた後、夢女は天井に視線を向ける。

「…刑部。」

「何だ。」

「秀吉も三成も…うちの事思い出してくれるかなぁ…」

「主はいらぬ心配なんぞせず寝やれ。」

ん。と返事をしながら手を大谷の方へ伸ばす。

「何をしてる。」

「手、繋いで欲しいなーなんて。」

大谷は溜め息を1つ吐く。

「ぬしは何を寝ぼけた事を…」

「あー目が覚めちゃったなぁー。眠れないなぁー。」

はぁと再び溜め息を吐いて夢女の手にそっと触れてやると、へらりと笑顔が零れた。

「うへへ。ありがとう。」

夢女は遠慮がちに軽く握られた手をぎゅっと握り返し、笑顔で目を閉じる。
大谷は繋がれた熱い手と、頑丈に包帯を巻いた己の手をぼんやりと眺めた。




 





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