屯所についた頃には冬だというのに額に汗が滲んでいた。
呼吸を整えて近藤さんの部屋に向かった。
近藤さんの部屋の方を見ると、この時間は部屋にいるはずなのに電気が点いていない。
「近藤さん、居ますか?」
一応障子越しに声をかけてみるがやはり返事が無い。
諦めて山崎さんの部屋で時間を潰そうかと思ったその時、鼻腔を霞める臭いに気付いた。
…血?
イヤな予感が頭をよぎる。
「近藤さん!居ませんか!開けますよ!」
スパンと勢いよく襖を開けて部屋に入ると、目の前に広がる光景に頭から血の気が引いた。
薄暗い部屋で月明かりを反射して鈍く光る刀が二本。
近藤さんは床に片膝をついて片手で刀を受け止めていた。
反対の腕はぶらんとおろされ、床には血溜まりができている。
「お嬢ちゃん、来るな!」
近藤さんがこっちを向いた隙をついて相手が踏み込み、近藤さんが吹き飛ばされる。
「近藤さん!!」
急いで近藤さんの元へ駆け寄り助け起こした。
脚もやられたのだろう、うまく立てないようだ。
「う…ぐっ…俺の事はいい、逃げろ…ッ!」
否定の言葉を言おうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「よう、夢野。いいところで会ったな。」
「ッ!風間!何でここに…!」
「テメェの報告がおせぇから上が痺れを切らしちまってなぁ。かまわねぇから頭取ってこいって命令だ。」
「報告…?お嬢ちゃん…どういう事だ?」
…知られてしまった。
一番バレてほしくなかった人物に。
近藤さんの方を見れなくて俯いて拳を握りしめる。
「そのゴリラが意外に抵抗するからよぉ、なかなか仕留めらんねぇんだよ。この後見てぇドラマあんのに。夢野。そいつ押さえとけ。すぐ終わらせる。」
近藤さんを支えていた手を離し、懐に忍ばせていたクナイを取り出して握りしめる。
「お嬢ちゃん!」
振り向きざまに投げたクナイは風間の頬をかすめ、血が一筋流れた。
「夢野。テメェ…クライアントに傷をつけるたぁどういうつもりだ?」
「近藤さんは殺らせない。」
「!?」
「近藤さん。刀、借ります。」
近藤さんの近くに転がっていた刀を拾い上げる。
こんな時に限って所持武器はクナイが1本とは。
自分の甘さに嫌気がさす。
刀を握りしめ、小太刀とは違う慣れない重さに戸惑うが、それでももう退けない。
床を蹴って風間との間合いをつめる。
「なに言ってんだ。金が欲しくねぇのか?」
「いらない。」
ガキィン
刀がぶつかり合う。
「…うちより高い報酬でコイツらと契約したってことか?」
「違う。」
ガキィン
力の差を痛感する。
「なら何故……」
キィン
「初めて惚れた男を守りたいだけだよ。」
「!?」
「……ふ…フハハ!ミイラ取りがミイラになったってヤツか?しょうもねぇ。」
「お嬢ちゃん…。」
間合いをとって刀をもう一度構えなおす。
その時、ふと空気が変わるのを感じた。
「もういい。お前らまとめて潰してやるよ。」
風間が刀を構えて突進してくる。
防ごうと後ろにさがるがそのまま押し切られ壁に叩きつけられた。
「う…ぐはぁ…ッ…」
「やめろ!目的は俺だろ!殺るなら俺を殺れ!」
「…何言ってんですか、近藤さん。……せっかく…近藤さんを守るために戦ってるんですよ。そんなこと…言わないでくださいよ。」
刀を床に突き立ててなんとか立ち上がったが、頭を打ち付けたらしくズキズキと酷く痛む。
「お嬢ちゃん!もうやめてくれ!」
「嫌ですよ。後少し…もうすぐ終わりますんで……」
後少し…少しでいい。
私の体、もう少し頑張れ。
「そうだな。すぐ楽にしてやるよ。」
降り下ろされた刀を刀で受け止めるが力が入らない。
腕が、脚が、ガクガクする。
キィンと音がして握っていた刀が吹っ飛んだ。
「じゃあな。ごくろうさん。」
風間が刀を振り上げた。
あぁ、ダメだったか…。
まだ近藤さんに想いを伝えてないのになぁ。
そう思ったとき、目の前に何かがバッと覆い被さってきた。
その勢いで後ろに倒れる。
「ッ!?近藤さん!!」
「ーいッ!…俺なんかの為に命はるんじゃない。」
私を守ろうと近藤さんが盾になってくれていた。
倒れ込んできたその体を抱き止め、その背中に手を回すとぬるりとした感触が手を伝う。
「なんで私なんかを庇うんですかッ!?」
「惚れた女を守りたいだけだ。」
「近藤…さん…」
「ハッ、しょうもねぇ。仲良くあの世へ行きな。」
風間がもう一度刀を振り上げた。
私を抱き締める近藤さんの手に力が篭ったのがわかった。
その直後。
カラン…
風間が刀を落とした音が部屋に響いた。
「が…あ…ぐぅ…体が…痺れ……」
風間ががくりと膝をついた。
それを見てふぅと息を吐き、ぐったりと私にもたれかかっている近藤さんを床に寝かせ、風間に近づいた。
「やっと効いたみたいだな…。最初に投げたクナイに痺れ薬が塗ってあったんだ。かすった程度だったから効くまでに随分時間がかかってしまったみたいだけど。」
倒れこんだ風間の体を手早くロープできつく結び、急いで近藤さんのもとへ戻った。
「近藤さん、しっかりしてください。」
「大丈夫だ…これくらい…いつものことだから…。」
そう言って珠のような汗をかきながらいつもの笑顔を向けてくる。
「近藤さん…ごめんなさい、私…私…。」
「気にするな。お嬢ちゃんのせいじゃないからさ。」
そう言って動く方の手で私の頭をぽんぽんと撫でた。
あぁ、本当に…
「近藤さん。」
「…ん?」
「私、近藤さんのことが好きです。ゴリラだけど、馬鹿だけど、変態だけど……好きな人がいるの…知ってるけど……近藤さんが好きです。今度は嘘じゃないです。」
屯所に着くまでは何て告白しようかずっと悩んでいたのに、いざとなればすらすらと想いが口から溢れた。
涙を我慢して目を見て笑顔で伝える。
「お嬢ちゃん…俺…」
「近藤さん!何かあったんですかー!」
近藤さんが何か言おうとした時、遠くからドタドタと大きな足音と声が聞こえてきた。
さきほどまでの騒ぎを聞いて隊士の皆が集まって来たのだろう。
私は体中の痛みを我慢して立ち上がった。
「…皆来るみたいですね。それじゃあ、私は行きます。今回の事は全て隊士の皆に話してもらってかまいません。コイツの処分はそちらの好きにしてください。」
そう言ってまだ当分痺れがとれないであろう風間をチラリと見た。
「待て!行くってどこに?!そんな体で…せめて応急措置だけでも…」
「ふふ…近藤さんよりましですよ。…攘夷にも幕府にもケンカ売っちゃったし…とりあえず何処か遠くへ引っ越そうかなって思います。」
「そんな…」
障子を開けて夜空を見ると大きな満月が闇を照らしていた。
笑顔で振り返り、
「楽しかったです。お世話になりました。」
「待っ…」
後ろ手に障子を閉めて夜の闇を走った。
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