「ほら、おいで」
優しく微笑んで私を誘う彼の腕の中へ、迷うことなく飛び込めば、まるで子供のように軽々と抱き上げてくれる。暖かい体。逞しい胸板。少し甘い香水の匂い。私の大好きな彼を構成するその全てを、余すことなく堪能したい。お気に入りのパーカーに顔を埋めて、胸いっぱいに彼の香りを吸い込む私の頭を撫でるその優しい手付きからは、確かな愛情を感じられた。
「本当に甘えん坊だな」
困ったように肩を竦めて呟く言葉と裏腹に、彼の声音はいつもに増して甘く蕩けるような響きに変わった。きっと、彼も私と同じ気持ちなのだろう。言葉すら陳腐に感じてしまう程、私達は心で通じ合っているのだ。力強い腕に抱かれて、心地良い眠気に誘われるままうとうとと船を漕いでいた時。私の意識を再び覚醒させたのは、〔あの人〕の声だった。
「キバナー、いる?勝手に入るよー」
まただ、〔あの人〕はまた私の大好きな時間をぶち壊しにきた。私と彼の愛の巣へと、無遠慮に踏み込んで荒らしに来たのだ。いやなの、嫌いなの、早く追い返してよ。そう願う私の意思とは裏腹に、彼はどこか浮足立って〔あの人〕を出迎えに行ってしまう。
「悪い、アイツがやたら構って欲しがってさ」
「ん、いいよ。ほんとにキバナが好きなんだねえ」
やめてよ、そんな風に触らないで。私に触っていいのは彼だけで、彼に触っていいのは私だけなんだから。いくら叫んで訴えても、二人はなぜか笑って私を見ているだけだった。