花吐き病
彼女がまた一輪、花を吐き出す。
地に燃える真っ赤な|彼岸花《リコリス》。その鮮やかな色は、まるで彼女の命そのものの象徴に見えた。
「ごめんね、ビートくん」
なぜ謝るのか、そう問い掛けると困ったように静かに笑う。その笑顔は、嫌いだった。苦しいのなら、そう言えばいい。辛いのだと、嘆いて縋り付いてくればいい。それでも彼女は決して僕に弱音を吐かない。そして、僕の嫌いな笑顔で弱い心を取り繕うのだ。
「……どうして、君が泣くの?」
そう言って伸ばされる手を、振り払うことも出来ない僕もまた、弱い心の持ち主なのだろうか。頬に触れる指先は、少し震えている気がした。僕たちの間を遮るように地面に転がる花弁を踏み潰して、彼女の身体を抱き寄せると、腕の中にすっぽりと収まるその温もりがただただ愛おしくて、それ以上に苦しかった。離したくなどないのに。離れたくなど、ないのに。
———〔花吐き病〕なんて、初めはただの迷信だと思っていた。正式名称は〔嘔吐中枢花被性疾患〕という。遥か昔から潜伏と流行を繰り返している病。発症源も、治療法も、予防措置すらも見付かっていない。感染した人間が発症する原因はただ一つ———片想いをこじらせること。
人の身体から花が出るなんて、そんな馬鹿げた話があってたまるか。そんな僕の思考を覆したのは、咳込んだ彼女の口から零れた数枚の白い花びら。
「触っちゃだめだよ」
そう言って手の平に乗せた花びらを僕に見せる彼女。それは、アネモネの花だった。
「綺麗でしょ?でもね、触ると感染しちゃうんだって」
美しいものほど、危険な毒を孕んでいる。発症した者は、自らが苗床となって少しずつ命を蝕まれながら可憐な花を咲かせるのだという。咳と共に吐き出す花の量は増え続け、やがては宿主の喉を塞いでしまう。
彼女がこじらせた恋の病。それはまさしく命を賭した一世一代の恋なのだろう。言葉にするまでもなく分かってしまう。自分の身体を蝕む花びらを見て、彼女は心底嬉しそうに笑うのだから。
「……恋なんて、ただの一時の感情ですよ」
そんなものに振り回されるなんて馬鹿馬鹿しい。そう続けた僕の言葉は、いつもよりもずっと棘を孕んでいたと思う。愛だの恋だのと、そんな不確かなもの、早く忘れ去ってしまえばいいんだ。そうすれば、これ以上苦しむこともないのだから。
「これはね、運命なの。神様に決められた恋なんだよ」
"だから、私は自分の運命を受け入れる"そう笑う彼女の口から、また一枚、花びらが零れ落ちた。
「神様なんて存在しない。僕は、運命なんて信じない」
そんなもの、人が都合良く作り上げた偶像に過ぎない。未来は自分の手で掴み取るものだと、僕にそう教えてくれたのは彼女自身じゃないか。
「大丈夫。きっと、ビートくんもいつか分かるから。命を懸けても良いと思える、運命の恋」
知りたくなんてないし、知る必要もない。