邂逅


「はい、今日の練習はここまで!」

パン、と両手を打ち合わせる小気味良い乾いた音を合図に、全員の動きが止まった。
振付師の先生の言葉で、やっと練習の時間が終わったことにホッとする。周りを見渡すと他の子も同じ気持ちのようで、みんなで視線を合わせて思わずクスクスと笑った。

私たちは今、週末のお祭りで披露する神楽舞の練習をしていた。このお祭りはこの地域で一番大きな規模のもので、毎年立派な舞台を建てて、選ばれた少女達が神楽舞を踊るのが一つの目玉となっているらしい。
私はこのお祭り自体が初めての参加となる。ここは母方の祖父母が住んでいる村で、記憶にある内でこの村に足を踏み入れたのは初めてのことだ。両親はこちらの祖父母とあまり関わり合いを持ちたがらないようで、お正月やお盆はもちろんのこと、私の誕生日や敬老の日に至るまで、私が一緒に過ごしたのはもっぱら父方の祖父母だった。

そんな私がなぜ6歳の夏をこの村で過ごしているかというと、こちらの祖父母たっての願いだったらしい。なんでも、「7歳になる前に、一度でいいからお祭りに参加してほしい。一度だけ来てくれたなら、もう今後は一切無理強いしないと約束する」と必死に訴えてきた、と両親が話し合っていたのをこっそり盗み聞きしたことがある。
なぜ7歳という期限付きなのか母は不思議がっていたけれど、小学校に入ってしまったら夏休みも今ほど自由が効かなくなるからではないか、という父の説明で納得したらしい。

そういうわけで私は今、最初で最後になるかもしれない母方の祖父母の家にお世話になりながら、神楽舞を踊る巫女の一人として抜擢されて毎日練習に勤しんでいるのだ。
両親は最初の2、3日だけ滞在していたけれど、二人とも仕事の都合ですぐに帰ってしまったので、今の保護者は祖父母だけ。今日も稽古が終わったので、二人が迎えにくるまで神社の境内で待っていなければならない。

「あ、お母さんが来た!じゃあね、名前ちゃん!」

「うん、またねー!」

一人、二人と、稽古仲間の女の子達は迎えに来た大人と一緒に帰っていく。残っている子達で最初は隠れんぼや鬼ごっこをしていても、人数が減っていくごとに遊びはお絵かきやあやとりになり、お喋りになり、最後は私一人で境内の探検になった。
いつも私が一番最後。いつもいつも一人ぼっちにされる。最初は寂しくて泣いてしまったけれど、回数を重ねていく内に慣れてしまった。そんな私を気遣ってなのか、迎えに来た祖父母は必ず「今日の最後は名前ちゃんだったかい?男の子が遊びに来なかったかい?」と聞いてきたけれど、私は決まって「ううん」と答えるしかなかった。そもそも神楽舞を踊るのは女の子だけなのだから、声を掛けてくれる男の子なんているわけがないのだが、祖父母達の気遣いを無下にしたくなかったので、私の答えはいつも変えられないのだった。

きっと今日もまた同じやりとりが繰り返される。何となく気が重くて、小さく溜め息をつきながら足元に落ちている木の枝を拾って振り回してみた。周りに誰もいないことをしっかり確認して、えいっ!やあっ!なんて掛け声も加えてみると、だんだんと楽しくなってきて。
見えない敵をどんどん倒していく。今や私は最強の戦士なのだ。前の敵を倒したら、今度は後ろから迫ってくる敵を倒す───!勢いよく振りかぶって後ろを向いた瞬間、私の心臓が大きく跳ね上がった。

「───……っっ!!!!!」

「…なにをしているんですか?」

そこに、人が立っていた。
背丈は私よりも少し大きいくらいだけど、高さのある一本下駄を履いていて、あどけない顔立ちから見ても年は同じくらいだろう。それよりも驚いたのは、真っ白な長い髪と大きな宝石のような紅い瞳。何だかうさぎさんみたい、と思っていたら、本当にうさぎのようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら私の周りをくるくる回っている。

「…あ、あなた…誰…?」

「しつもんにしつもんでかえすなんていけませんよ!でもまあ、こたえてあげましょう。ぼくは今剣です!」

「いまの…?」

自分と同い年くらいの子に怒られて面食らい、聞いたこともないような名前で唖然としてしまった。更に言えば、恐らく男の子であるということにもびっくりして。
彼は必死に頭を働かせる私の前に立つと、絶妙なバランス感覚でその下駄を履いた状態のまま直立して私と向かい合っていた。まじまじと顔を見てからもう一度「なにをしているんですか?」と同じ質問をされたので、この剣で敵と戦っていたの、と説明する。正直、馬鹿にされたり笑われたらどうしよう、と話してから後悔したけれど、彼はそのどちらもしなかった。代わりに、私の手にずっしりと重量感のある何かを渡して来たのだ。

「そんなえだじゃたたかえませんよ。すこしだけ、ぼくをかしてあげますね」

僕のを貸してあげる、と言いたかったのだろうか?私の手には綺麗な鞘に収まった短刀が在った。子供ながらに、こんな大事そうなもの借りれない、と焦って突き返そうと視線を戻して、私は何度目かの驚愕を覚えた。

───今剣は、そこにいなかったのだ。

ほんの一瞬、短刀に目を遣っただけなのに。衣擦れの音すら立てず、境内の地面に足跡すら残さず一人の人間が消えたなどありえない。見えない敵と戦う遊びの延長で、いないはずの味方の空想を作ってしまったのだろうか。私の必死な言い訳を真っ向から否定するように、私の手の中で鞘に収まったままの短刀が少しだけ重量を増した気がした。




それからそう時間を置かずに、私を迎えに来た祖父母の姿が見えて来た。
この短刀の言い訳はどうしよう。どこで盗んで来た、と頭ごなしに怒られたらどうしよう、と悩んでいると、いつもよりもずっと速い足取りでこちらに向かって来た二人が私の手に握られた短刀に目を落とした瞬間、ハッと息を飲んだのが分かった。

「名前ちゃんや」

「な…なに、」

「誰か、遊びに来たのかい?」

「…あの…」

「───男の子が、遊びに来たのかい?」

返事はできなかった。
私を見る祖父母の目が、いつもと明らかに違って見えたから。怒っているのでも、悲しんでいるのでもない、むしろ───なぜか、酷く喜んでいるような。嬉しくて嬉しくて仕方ないのに、それを気付かれないように必死で我慢しているような、そんな目をして私を見て。

「刀剣様に魅入られた」

と、二人で顔を見合わせて一言呟くと、いつも通り私の手を取って神社の出口へと歩いていく。
私は何も言えなかった。言えなかったし、聞けなかった。ただ私の手を引く祖父の手が、いつもよりずっと強い力で。逃がすものか、と言われているようで。
短刀を持つ手をぎゅっと握ると、まるで応えようとしているかのように、ドクン、と小さく脈打ったような気がした。